第31話(裏) 魔人族

 「随分と廃れている…ここ数年くらい人間が立ち入った形跡がないな…それにどこか懐かしい。故郷を思い出す…そうそう、この魚肉と獣肉を腐らせて糞と混ぜたような臭い、まさしく故郷そのもの。人間で言えば腐臭とも言うか。この臭いに慣れている者でなければまず近づけなかろう」

 タタラがポリメロスの宿屋の前に人を誘き寄せている間、ローゼンはアスベニ騎士団国の北側の領土にある粘土がよく採れる―――正確には数年前まで粘土が採れていた鉱山の麓へと体を浮遊させてやってきた。

 ポリメロスはバケモノと言っていた。

 ローゼンはそこで考える。

 タタラの騎士団にいた程の男がバケモノと称する存在の事を。

「懐かしい臭いといい…バケモノという表現といい…魔物種でもいるのだろうか。そうであれば私を見た瞬間に怖じ気づ…いや、魔物でなくともタダのバケモノであるなら私を見て驚かないはずはない。なんといっても私は―――ん?」

 浮遊移動しながら独り言を呟いていたローゼンだが、途中で足下に紫色の肉片を発見し、それを浮かせて眺め始める。

「あからさまに魔物種の確立が高くなってきたな。…凝縮された魔界側のエネルギーを感じるという事はどうやら”タダのバケモノ”の確率は限りなくゼロになったわけだ。肉片でこれほどのエネルギー、本体はかなりの力を持っているはず…引き受けるんじゃなかったな。疲れそうだ」

 依然として浮遊速度を落とさないローゼンは肉片を地面に落とすと心底不満げな顔をしてはため息をつく。

 実際はタタラより実力があるローゼンは自身の事を極度の運動嫌いと称している。

 もはや戦闘行為を戦いとも思っていないローゼンの実力の裏返しともとれるが、今この時点でのセクバニア騎士団国連合に存在するヒトの中でローゼンが一番の平和主義者の可能性は無きにしも非ずである。

「草木が枯れ果て…土も水を吸われている。一部は砂塵と化しているか。このままでは北側の鉱山ごと風化して砂漠に成り果てるかもしれん。それは私としても好ましくない。レンガで作るゴーレムがどんなものか試してみたいしな…」

 ローゼンが少し視線を落としてまた自分の世界に入ろうとすると、どこからかクチャクチャと音が聞こえてくる。

 そこからの地面はまだ比較的湿っていて、辺り一面粘土である。

「粘土を食料にするといったか…という事は」

 ローゼンは移動速度を上げると一気に上空へ飛び上がる。

 麓をぐるりと半周すると、表面が岩石のようにゴツゴツしている巨人が一心不乱に粘土が混ざった土を噂話の通り食している。

「おい、そこのロックゴーレム」

「…誰だ。オレの食事を邪魔するヤツは」

「喋った。ロックゴーレムかと思ったが違うな…。お前は何の種族だ。魔物か?」

 岩の巨人はローゼンの問いかけに答えず、腕を振って追い払おうとしてくる。

 ローゼンはそれを難なく避ける。

 巨人をよく見ると頭には二本の角、そして背中には畳まれているゴツゴツした黒い翼がある。

「魔物なんて下等生物と一緒にするな…オレは100年前にただの下級魔人から上級魔人へ成り上がってこの街に住み着いてやっているシュタイン様だ。お前のような生物が立ち入っていい場所じゃねぇぞッ」

 再び振るわれる巨大な腕。あくまで食事の場を動きたくないのか座ったままでいる。

「ほう。お前のようなのが上級魔人族の新人か。魔界も随分人手不足なのか」

「人間如きが魔界を語るなど100年早い…私のように700年生きてこそ、魔界を語るに値する」

 ローゼンは怯えるどころか、魔人の言葉を鼻で笑い、わざとらしく大欠伸を咬ます。

 食事の邪魔をされ、ただでさえ機嫌の悪い魔人は立ち上がり、ローゼンを掴もうとするもローゼンは目にも止まらぬ速さで魔人の手から逃れる。

「…おかしい。どうもおかしいぞ。魔人。上級魔人と言えど、単身では魔界から出る事は叶わないはず。従属する主人が必要なはずだ。それにお前の依り代となる生物もな」

「うぐ…そ、そんな事はない。オレは単身で来た」

 魔女の問いかけに一瞬うろたえる魔人の周りを翡翠色の竜巻が覆う。

「お前は魔人のくせに”素直”らしい。上級となったのならもう少し捻くれて欲しいものだ…いや、賢くなれと言った方がいいか。木偶の坊」

「こんなものォ―――!」

 魔人が竜巻を無理に超えようとするが指先を近づけた瞬間に指先が切り落とされる。

 声にならず重苦しく叫ぶ魔人シュタイン。

「魔人シュタイン。白状した方が身のためだ。もう一度だけチャンスをやろう。―――お前の主人はどこの誰だ」

「そんなお方はいな―――」

 シュタインの言葉を待たずに竜巻は魔人の体を切り刻む。

 その肉は一瞬にして辺り一面に散乱し、腐敗臭を撒き散らす。

「低級の魔人の肉は腐るのが早い事だ。実験道具にもならん。…さてバケモノ退治は済んだ。…小賢しい主人はどこへやら…そう遠くはないはずだ」

 ローゼンは考え込む暇なく、何かを思い出したかのように踵を返す。

「ひとまず帰るか」

 去り際に魔人の肉片に自身の生き血を一滴零し、ローゼンはゆったりと町の方へと向かっていった。






―――そう。ローゼンは思い出したのだ。






―――朝から何も食べてなかったのである。






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