第23話:ミレハの始まり
「仕立て屋は今日で終わりよ。仕立て屋は誰でも出来るけど、この子のために魔石を集め回ってここに帰ってくるのは肉体が武器の私しか出来ない。転送術式で体に負荷がかかるなら尚更ね。任せてくれるかしら、団長」
モンバットの瞳に迷いはない。
その決意を誰が止められようか、いや止められるはずがない。
タタラはにっこりとはにかむと拳をモンバットの顔元へ突き出す。
モンバットもそれに応え、タタラの拳に自分の拳を合わせる。
「ついでに鍛え直してきたら良いと思う。引退には程遠いよ、英腕のモンバット」
「えぇ、そうするわ。私に追い抜かれないように怠けないでね、聖魔のタタラちゃん」
男の約束を交わすとモンバットの胸板に触れるローゼン。するとそこに小さな魔方陣が刻まれる。
「これで魔石を手にすれば次の魔石の地へと飛ぶ事が出来る。先ほども言ったが我々が知らない異界に飛ぶ可能性もある。お前よりも強い輩だっている。それでも―――」
ローゼンは再度の確認を言いかけて口籠る。
モンバットがローゼンを真っ直ぐ見ていたためである。
「…では行くぞ。お前が私たちの元に帰ってこられるのは魔石を3つ集めた時か、死ぬ時だと肝に銘じろ」
「もちろん。英腕の名にかけて魔石を集めてみせるわ」
ローゼンが指を鳴らすとモンバットの胸の魔法陣が輝き始め、足元にも同じ紋様の魔法陣が展開されるとモンバットの体は光の柱と共に遥か彼方へ飛んで行った。
同胞の姿を見送るとタタラは残りの二人を見つめる。
「ルミリアはどうするの?」
「私はアルスレッドに残ってこの子たちの面倒を見るわ。そういう貴方は…愛する妻と逃避行?」
「ローゼンは連れていかないよ。ただ輝夜をこの場に置いておくのは危険だ。僕とローゼン、君たちの他に妖霊威圧の伝説を知ってる人は存在するからね。僕は輝夜を連れて行商でもしてみようかなと思う」
すかさずローゼンはタタラの頬に向かって鋭い平手打ちを入れる。
「こんなに可憐な嫁を置いていったら不倫するかもしれんぞ」
「お前みたいなのを好く人間はそうはいないよ」
再びの平手打ち。クリーンヒットと言わんばかりの気持ちのいい音が響く。
「もう一度言ってみろ」
「お前は色んなやつに狙われてるでしょ…。そんなやつらがもし輝夜に目をつけでもしてみろ。僕が大変なんだ。それとも君も輝夜を守ってくれるのかい?」
確かに、とローゼンは目を伏せ腕を組む。
「お前は弱いからな。私が守ってやらねばなるまい。それにお前の旅には大輪の華が必要だろう?」
「大輪の華は自分からそう言わないよ」
ローゼンはタタラにムッとするも平手を繰り出す事はしない。
「メローナは――――」
タタラがメローナにどうするか聞こうとした途端、メローナが抱き着いてきた。
タタラの胸板に顔を密着させ、動く様子もない。
「タタラ様についていきます…どこまでも―――こんな悪女に騙されないでください」
「め、メローナ…?」
しまった、とタタラは心の中で頭を抱える。
メローナは小さい時から自分のいる騎士団に遊びに来ては鍛錬をしたり、誰よりも自分を慕って片時も離れなかった妹のような子だ。それは恐らく恋い慕っていたとも言えよう。彼女の知らないところでタタラが誰かと結婚していたとなると、これは彼女にとっては笑って済ませられる案件ではない。
―――――つまるところメローナは異性としてタタラが大好きである。
「強力な暗示にかかっているんですよきっと。ね、そうでしょう?タタラ様」
「ほぉ…詰まる所その引っ付き虫は愛人か。通りで会いに来る回数が少なかったはずだ」
「ローゼン…君まで悪ノリはやめてくれ…メローナは小さい時から僕が教えていた立派な騎士だもの。僕みたいな騎士に憧れを抱いてくれていたんだろうね。だから事実を受け止められないんだと思うし…よしよし。暗示にはかかってないよ。僕は強いからね」
メローナの頭を優しく撫でる。するとピクッとメローナが反応すると尻尾が左右に揺れ始める。
「タタラ様にぃ!撫でられてぇ!メローナは幸せ者ですぅー!幸せすぎて死にそうですぅ!」
メローナはタタラから離れるなり機嫌よく飛び跳ねる。
何たるチョロいんなのだろうか。
もはやメローナにとってタタラとの接触は自身の機嫌取りのためなのかもしれない。
「メローナ。君にお願いがある」
タタラはメローナの両手を握り、彼女を真剣に見つめる。
「は、はひっ!タタラ様のためなら何でもっ」
「マルス・セクバニアへ、”そのうち帰る”と伝えておけ」
タタラの目つきは先ほどと打って変わり鋭い。メローナの全てを見透かす一言。
「…あー…何の事ですかぁ?」
「最初から戻らない
メローナは左の口端を少しピクピクさせ、タタラから目を逸らす。
「…やっぱり私は嘘が下手みたいです。えぇ、そうです。貴方様を国へ連れて帰れとの騎士団長からの命令です。半ば無理やりに連れて帰ろうとしていましたが…全然隙を見せてくれないし、おまけにイシュバリアの魔女を妻にお持ちだなんて…どんだけ凄いんですか…ま、さすがは愛しのタタラ様ですけどね。…その言伝、確かに承りました。それでは早々の御帰りをお待ちしていますので…」
メローナはそのまま影へと沈み、気配も消えた。
「…セクバニア騎士団国連合…あの大国と絡みがあるのだな」
「まぁ…昔ながらの付き合いでね」
ルミリアもメローナの発言に思わず目線を落とす。
「そういえば。私がお前の覚悟を見た時、背から腹にかけて穴が開いたと思うがそれはどうしたんだ?」
タタラは腹を見せる。ローゼンはその幻術の組み込み具合に感心し、ルミリアを見る。
「この場に残るのであれば私がこの幻術、肩代わりしてやろうか。どこに行くか分からない旅だ。そしてこの手の術は距離が遠ければ遠いほど魔力消費が増えていく。名案だと思うが…?」
「そうね…イシュバリアの魔女となれば安心して任せられるわ」
ローゼンの不敵な笑みに釣られたのかルミリアも微笑むとギルバートを抱きかかえ、気絶しているリリエルとオスロットのところへ向かって歩いていく。
「安心出来ないよ!?僕の命を握られるようなものだからね?!」
その後ろ姿にタタラがざわめくもルミリアはそれが聞こえていないのか、聞いていないのか、足を進める。
周りの騎士たちはせっせと復旧作業にかかっている。
まるで災いなど何もなかったように。
「…ローゼン、恐らく国王はお前を許さないと思う。捕まらない方法は知ってるかい?」
「当然だ、逃亡生活何年目だと思っているんだ、たわけ」
「それと…輝夜の名前は伏せよう。それと…髪を僕と同じにしてくれるかい?」
タタラは気絶して尚起きない輝夜を抱き上げる。
輝夜の髪の毛にローゼンが触れると髪の毛がタタラと同じくワインレッドへと変化する。
「で、私が母でお前が父か」
「御名答。瞳の色もちょうど君と近い色をしている。簡単には怪しまれないさ」
タタラは輝夜を抱えて、ローゼンと共に人の気のない路地裏へと入る。
「あと輝夜の記憶も一時的に変えてくれないかな」
何をだ、と首を傾げるローゼン。
―――これからその
タタラの言葉にローゼンはクスッと笑う。
「なんだそれは。フラれた女の名か」
「直感だよ」
「随分当てにならなさそうだな…移動先で詳しく聞かせてもらおうか」
ローゼンは小声で転移魔術の呪文を詠唱すると3人の体は魔法陣に包まれ、青い光の柱が上空へ上がるとタタラ、ローゼンそして輝夜は流星の如く、北へと向かっていった。
向かう先はセクバニア騎士団国連合。
騎士たちが治める軍事政権国家である。
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