第59話:傾国の危機
プロメタルに助けられたミレハに傷はひとつもついていない。プロメタルの着地点に追いついたタタラたちはまずミレハの無事に安堵する。
「助かったよプロメタル…加速魔術は衰えていないようだね」
タタラがプロメタルを褒めるタイミングでローゼンは行商人に見える惑わしの
「あぁ…やっぱり団長だったか。アステラ聖騎士団長を連れてくるなんてアンタ以外考えられねぇや…いや、悪い。本当なら世間話で酒でも一杯飲みたいとこなんだが…そうも言っちゃいられねぇ。詳しくは城で説明するからついてきてくれ。そのほうがこの嬢ちゃんも安全だ」
ローゼンによって再び幻をかけられたタタラは真面目に説明するプロメタルに静かに頷く。そして一行はゆっくりとプロメタルの城、『大要塞ミクトラン』に向かっていくのだった。
――――大要塞ミクトラン。
セクバニア全土において最も戦火が及びやすいプロメタ聖騎士団国はセクバニアの最西に位置する。そしてこの大要塞ミクトランも国境ぎりぎりに建築され、西部からの侵略に対して全て対応出来るように要塞も横幅のある造りとなっている。その幅はセクバニア国土南北の長さに等しい。
東西にも長い要塞の後ろはただの市街。つまりミクトランの崩落は市街の崩落とも言える。
何故それほどまでの面積を有する要塞を造ったのか。波状攻撃に対応できるのか、などとセクバニア聖騎士団国で行われた会議でも5日に及ぶ議題だった。しかしその要塞を造る前提でプロメタルを西の聖騎士団長にしたのはタタラ本人であった。
当時プロメタルはアリアベールを自分の弱さのせいで失った事を後悔し、自殺未遂を繰り返していた。そこに渇を入れたのがアリアベールの妹、アステラーナだった。それからというもの、プロメタルはアステラーナに頭が上がらない。アステラーナ自身はプロメタルの事を許せずにいるが、それでも彼自身の強さを分かっているからこそ妹として彼を鼓舞した。
――お姉ちゃんが守ったこの国を貴方が一生死ぬ気で守りなさい、と。
それからというものの、プロメタルはほとんど休まず、敵国の侵略を一早く察知、応戦し、龍神王との戦いに敗れて以来、無敗伝説を築いている。
そもそも負けが許されないのだ。プロメタルの国が破られればその敵はセクバニア全土に及ぶ。それこそアルスレッドですら侵略の危険性が高い。
一行はプロメタルの執務室に入る。モノトーンで飾られたシックな空間にミレハは目を輝かせる。
「プロメタルさんのお部屋凄いかっこいい…!」
美少女のミレハの声にプロメタルは照れ臭そうに鼻をかくとタタラたちを座らせた。ローゼンは遠慮し、入り口近くの壁にもたれかかった。
「んで道中でアステラーナやローゼンさんが言ってた嫌な予感っていうのは多分当たってる。なんでかっていうと…映してくれ」
というとプロメタルの執務室に構えていた衛兵たちが懐からクリスタルを取り出し、そこに魔力を込めると部屋の天井に映し出されたのは先ほどミレハを襲ったガーゴイルの大群とプロメタル聖騎士団と思われる騎士たちが応戦している様子だった。
「こいつらはガーゴイル。調べると下級悪魔族に位置する魔の存在だ。どこから出てきたかは不明で殺した人間に擬態する事が可能だ。力は一般的な騎士団の見習い程度、だが知能…いや、悪知恵がよく働くといったところか。このガーゴイルについては多分ローゼンさんのほうがよく知ってるんじゃないか?」
プロメタル自身も分からない事が多いため、ローゼンに情報提供を求めた。ローゼンは目を伏せ、これに応じる。
「ガーゴイルは小僧が言うように下級悪魔だ。タタラと私の見た魔神ダンタリオンよりも下、下級魔人族の配下となることが多い。しかし個体ごとに我が強いため、制御はしきれない。つまりはこれは召喚だけされて放たれたという可能性が高い。西のほうから来たと考えるのが無難なんだが…どうも引っ掛かる。道中に聞いた話によれば、今の今まで一度もガーゴイルが来た記録がないそうじゃないか。飛来するようになった時間と私たちの行動を比べるとアステラ聖騎士団領の関所を抜けた時間と被る。偶然にしては妙でな。推測の域を出ないが、もしかすると敵は西よりも東かもしれん」
それに対してアステラーナが勢いよく席を立ち、目を見開く。
「それって…マルスが裏切ったっていうの!?誰よりもタタラ様を信じているあの頭でっかちの軍神が。それにハインツエムだっているのに!」
感情的になるアステラーナにタタラが制止をかけるように彼女の頭に手を置く。
「いや、多分そうじゃないよ。マルスやハインツエムじゃない。僕らと同じくらい強大な力を持つ人間。重鎮の彼なら兵を懐柔する事も可能だ。頭も切れるし…そして…魔神族をこの世界に呼び出した張本人なのだとしたら」
それを聞いてローゼンはアスベニ騎士団国で魔神ダンタリオンの発した言葉を思い出す。
――――覚えていロ…あの方の力の前には貴様でさえ及ばない事ヲ。
「…魔術王ソロモンか」
ローゼンの口から出た一人。
ローゼンに及ばないものの、強大な魔力量を持ち、その魔の力の知識量たるやローゼンにも匹敵するかもしれない。
タタラに忠誠を誓っている重鎮ならば周りの兵士の信頼も厚い。タタラの命令と嘘をつこうとも軍神の管轄外の場所でならばバレる事はない。むしろ魔術王の魔力と魔界に存在する七十二柱もの魔神を制御する術を得ているとすればまず狙われるのは誰か。
「そう。貴女よ。可愛い魔女さん」
部屋の角に背を預けていたローゼンの後ろから艶のある声が響きタタラたちが振り向くと同時に、ローゼンが壁に発生した魔法陣に吸い込まれていく。
ローゼンはすぐさまに壁へ衝撃波を放ち、その反動で逃げようとするもその力は何かによって打ち消され、ローゼンは魔法陣へ吸い込まれ、消えた。
「ローゼン…くそ…。プロメタル。今すぐセクバニアに戻る!頼む…相手がソロモンなら尚更、君の力も必要なんだ!」
プロメタルに呼びかけるもプロメタルは首を横に振る。
「俺とオーガンがここを空ければ、一気に西からの軍勢が国を超えてくる。団長の命令とはいえ、それは承諾出来ない」
分かっていてもタタラは拳を強く握る。ローゼンなら大丈夫と思っていた。しかし、実際は違ったのだ。誤算でないわけがない。
一同が悩んでいるところで扉が開き、騎士がプロメタルに助けを求めるもその場で倒れる。
執務室にくる一本道の道中に大勢の騎士たちが部屋に入ってきた騎士と同じように気を失ったように倒れているのが見えた道の先からカツカツとわざとらしく音を立てながら歩いてくる人影。
若干のウェーブがかかった毛先やきめ細やかな髪質がワインレッドに彩られ、極東の倭ノ国の衣装とも見える肩出しの和服を着こなすその姿。九本の尾を揺らめかせ、耳はその人物の性格を表すかのように堂々とピンとしている。一本道の暗さからか、黄金に輝く瞳がより濃く輝いているようにも感じられる。
部屋の光でようやく顔が見えると、それは誰もが振り向く可愛さも若干残しているような絶世の美女だった。
「なればこの国が傾くか否か、この行商人に賭けてみぬかえ?くふ」
行商人の名は誰も知らない。侵入者である事に間違いはないはずなのに、誰も手が出せない。
―――彼女には手を出せる隙すらない。力の差を感じたあの日――龍神王を思わせるあの日以来の重圧がタタラたちにのしかかったのだった。
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