第2話:贄の祝祭

 ―――カグヤは昏睡状態の中、この世界に来る前の事を夢として見ていた。


 カグヤがいたのは妖怪の住む世界。名はそのまま『妖界ようかい』という。

この妖界の存亡を分ける習わしが千年周期でやってくる。毎回数ある一族の中から一家が選ばれ、そこにいる齢を十に満たない子どもを一人、生贄に捧げなければならない【贄の祝祭】と呼ばれる祭りがそれに当たる。

 今回白羽の矢が立ったのは現在妖界を束ねる大妖狐【神羅かんら】の一族【美麗葉みれはかみ】。もちろん、本家の者が贄に選ばれるわけもない。話し合いの結果、分家から選ばれたのがカグヤである。美麗葉ノ神一族からすれば本家の身代わりに過ぎない。されどその事実を受け止めきれないカグヤの両親。子どものように泣きじゃくり、物心ついて間もないカグヤを優しく抱きしめては謝り続けた。カグヤは両親の流す涙の理由を疑問に思ったがそのまま聞けないでいた。

「ごめんよカグヤ…ごめんよ…」

 とうとう贄の祝祭の前日となった日、最後まで謝るのをやめなさそうな父親にカグヤは父を笑顔で抱き締めた。

「おとーさん。泣かないで。なんでそんなにごめん、って言うの?」

父親はその言動にハッとなり、涙を拭う。

「…カグヤ。落ち着いて聞きなさい。いいね?」

「お父さん!」

 事実を告げようとする母を父は何も言わず、腕を横に出し、制止を促した。

すると母親は黙って、立ち上がりかけていたのをやめ、その場に座りなおした。

「カグヤはこれから皆の住む世界の守護者になるんだ。カグヤが神羅様の言う通りに行動すればカグヤは皆からたくさん褒められるんだよ?」

「ほんとっ!?…でも…しゅごしゃ、って何ー?」

「皆を守れる英雄の事さ。凄くカッコいい事なんだよ?」

英雄という言葉を聞くとカグヤはその言葉を復唱しながら途端に目を見開き目を輝かせた。

「…でも英雄はこの世界にはいられないんだ。お父さんもお母さんも泣いていたのはカグヤと離ればなれになってしまうからなんだ。だけどカグヤは一人ぼっちじゃないよ。離れていてもお父さんとお母さんはずっと傍にいる。お父さんが約束する」

 優しい嘘と真実を織り交ぜながら父はカグヤの体を先ほどとは違い、そっと抱きしめる。綺麗な尻尾と髪の毛並みも優しくかき分け、最後には耳と耳の間でくしゅくしゅと不器用さが滲み出る頭の撫で方をするとすっと離した。

「おとーさん。おかーさん。いつか会えるよね?会えるよねっ?」

今にも泣き出しそうな顔をしてカグヤは両親に必死に確認する。

それを両親は目を細めた笑みで大きく頷いた。

「…だったらカグヤ頑張る!離れてるところからすぐ帰ってくるんだから!!ビューって風みたいにっ!」

 両親の頷きに満面の笑みになると両手で拳をつくり、それを大きく空へと掲げこれから自分の身に起こる事を知らないが故の宣言を両親にした。その言葉を両親は心の奥底に刻み込み、3人で仲良く寝室へ向かったのだった。



―――翌日の夜明けと共に贄の準備は進められる。

「お迎えに上がりました。美麗葉ノ神 輝夜かぐや様。」

「お迎え…?」

「はい。これからこの先、この家に戻ってくる事はありません。貴女は一族に見捨てられた神への生贄なのです」

そう淡々と言っているこの人物こそが贄の祝祭を執り行う祭司である。

「…見捨てられた…?な、何言ってるの?私は…カグヤは英雄になるんじゃなかったの!?」

「英雄?いいえ。英雄とはかけ離れた供物に他ならない。さぁ、行きますよ。輝夜様」

残酷な真実をカグヤに伝える祭司。その言葉の全ての意味を理解出来ずとも、それとなく察してしまったカグヤは大粒の涙を流し始め、やがて見送る両親のほうへ振り返った。

「お父さんの嘘つき!カグヤの事なんかどうでもいいんだ!要らないんだ!!二人なんか大嫌いッッ!」

悲しみと怒りが入り混じった声色で両親へと考えうる限りの罵声を浴びせる輝夜。

その言葉に、両親は返す言葉もなく、拳を握りしめて耐える事しか出来なかったのである。





 ―――贄に選ばれた者はまず神へ失礼のないように滝壺にてみそぎを行わなければならない。

祭司が輝夜を連れて滝壺近くの小屋へと連れていく。そこで死装束を着せるとすぐさまに滝壺近くへと出させた時点で祭司の役目はここで終わり。

「待っていましたよ。輝夜」

聞き覚えのある声に輝夜が顔を上げると滝壺の中心には妖界の長、大妖狐の美麗葉みれはかみ 神羅かんらが立っていた。

「さぁ、我が一族の誇りよ。私が直々に禊を行って差し上げましょう。こちらへおいでなさって?」

神羅はその美貌とカリスマ性から美麗葉ノ神一族の誰もが羨み、憧れる存在であった。輝夜も当然のように憧れていたため、その言葉を聞き、落ち込んでいた事を忘れ目を光らせて彼女の下へと駆けていった。

「それでは早速…参りますよぉ…うふふ」

そうして近くに寄ってきた輝夜の後頭部を片手で押さえ込み、彼女の頭を全て水の中へと浸からせたのだ。突然の行為に輝夜はパニック状態へと陥る。神羅の手を振りほどこうとするも子どもの輝夜ではどうにもならず、ただ腕を水面でもがくように振り動かす事しか出来なかった。

輝夜が意識を失いかけたその時、髪を引っ張られ、水上へと顔が上がると新鮮な空気が口の中に入ってくると同時にむせ込む。涙目になり何で、と神羅を見つめる輝夜。

「本家を穢すお顔を綺麗に掃除しようと思ったのです。美麗葉ノ神の名を冠するにはあまりにも貴女は醜い。やはり分家は混血という噂は本当のようですね。別に贄は死に体でも問題はありませんから…!」

再び、滝壺へと叩き付けられる。今度は完全に輝夜の体が水中へと入る。息継ぎの間もないため、再びどうしようも出来ない息苦しさに襲われる。必死にもがくが今度は体が引き上げられる様子がない。幼い輝夜でも自分がもうすぐ死ぬ事は分かるようで死にたくないと訴えるように首を必死に横に振る。

 …輝夜の様子がおかしいと気付いたのはそれから3分程経った後だった。

引き上げてみると気を失っているものの、死んではいなかった事に神羅は血相を変えて輝夜を引きずっていくと小屋の中に入り、そこで輝夜を放り投げた。その振動で輝夜は意識を取り戻し、同時に再びむせ込んだ。

「何故分家が…何故…。認めません、そのような事絶対にありえません。…祭司、禊はもう終わりです。この後、礼拝堂で儀式の時間まで断食させてください」

怒りに満ちた表情で輝夜を睨む神羅。その様子に祭司が慌てふためいていると神羅は輝夜の今後の処遇を伝え、その場を去って行ったのだった。


 ―――夜。

「紛う事なき贄。美麗葉ノ神 輝夜。この者は我が本家に代わり、美麗葉ノ神一族を救い、そしてこの妖界をも救う。この小さき命を以って我らはまた千年生きながらえるのです。さぁ、この小さき贄に最期の喝采を。今宵は宴です、輝夜の胃が満ちるほどに食べ、飲み、騒ぐのです!」

 この光景はまさに祭り。生贄の儀式だと言うのに妖界にしんみりする様子はない。強いてあげるならば祭りの会場にいない輝夜の両親くらいであろう。

「輝夜、貴女は贄として我が本家を救うのです。悲しむ事もありません、喜ぶべき事なのですよ?」

「…はい…神羅様…」

「まだ禊の事を気にしているのですか?大丈夫です、私は気にしていませんから。本家として分家に真実を叩き込むのも務めの内。ですのでその暗い顔はよしてください」

「…なんで…」

神羅は何ら悪気もなく、嫌味もなく、あたかも自分がした事が正しい事で輝夜が不満に思っている事は間違いだと思わせてしまうほどに声が透き通っていた。

「…何か?」

「なんで誰かが死ぬっていうのに皆悲しまないの?」

「嗚呼、そのような事、少し考えれば分かりますよ




















―――自分と他人、どっちが大事かなんて考えるまでもないと思いますが。」

 その間にどれだけの気持ちが消え失せただろうか。いや、実際は消え失せてなどいないはずなのに、輝夜は謎の喪失感を得てしまった。つまるところ自分の考えがどこか甘かっただけで現実を見ただけなのでは?といったニュアンスが頭の中の結論として出てしまった。

どうでもいい他人が自分へ行う親切など、大して脳には残らないのだと。

だから悲しむ必要なんかない。死ぬのは輝夜で自分たちは無事なのだから。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る