第15話:いざ収穫祭へ

 ―――翌日になり収穫祭当日。収穫祭本番は日暮れ時から行われる。

 大人たちは士気を高めるためだ、と言って祭りの日だけは仕事を休んで朝から酒を呑みはじめる。これがアルスレッド王国建国からの伝統だと言う。

 昼下がり、孤児院の入り口から男女一組が降りてくるのが分かる。オスロットとリリエルだ。リリエルは普段着ている修道服に似たものではなく、ブラウスとスカートにスカーフを両肩にかけ、コルセットの内側に入れ込んだヨーデル衣装に似たものを着こなし、肩につく程度の髪の長さなので特に髪のセットはしていないようだ。

 隣にいるオスロットは膝が見えるか見えないか程度のレーダーホーゼンをブレイシーズで止めていて、上はカッターシャツに似たシャツを着ている。頭には彼の頭の賢さが際立つようなボーラ―ハットを被っている。

「オスロット凄い似合ってるねっ!なんか見直したかも」

「リリエルも凄い似合ってるよ。これもシスターが用意してくれたおかげだね」

「気を付けていってらっしゃいね。他の子たちはあとで私と一緒に向かうから」

 オスロットとリリエルは手を繋ぎ、リリエルに至っては他の子どもたちとなんら変わらない様子ではしゃいでいる様子でオスロットを引っ張り気味にしながら走って町へと下っていった。

 そしてシスターが二人を見送った後、踵を返すなり二階からゆっくりと降りてくる男女の姿が見えてきた。その二人の姿にシスターは目を見開き、同時に胸に感慨深さを感じた。慣れない衣装での覚束なさはあれど、二人とも孤児とは誰も思わないだろう。

 ギルバートはまるで王族さながらの煌びやかな宮廷衣装を模したものだ。袖にフリルのついたインナーにチョッキを着て、豪華な刺繍を施された上着、白いタイツを履き、ズボンの丈も膝が隠れるものだった。荒っぽい性格とは裏腹に中性的な顔立ちのギルバートは前髪を7:3で分け、ツンツンとしていた髪を全ておろしている。

 彼の隣を歩く輝夜はギルバートの衣装と打って変わり、町娘のような印象が深いチョッキタイプのディアンドルを着ている。アルスレッドの町の高級レストランのウエイトレスに馴染のある服装だ。両肩を大胆に露出させ、どことなく大人の色気と娘の可愛らしさを併せ持った雰囲気に仕上がっていて、履いているヒールに至っては輝夜が躍りやすいようにとヒールの高さを最小限に抑えている。そして後ろ髪全てを太めに編み込んで一括りにしたダウンスタイルな髪型にセットしていて、町娘のような恰好でありながら、どこかエレガントな雰囲気も出ている。元々美形な顔立ちとの相乗効果で一国の姫が付き人と共に町へ降りてきたようだと言われてもおかしくない二人組だ。

「二人とも見違えたわ…この衣装どこで…?!」

「偶然立ち寄ったところがタタラ先生の行きつけのところだったみたいでさ。なんだかタタラ先生が俺たちのために予約と支払を済ませてくれてたみたいなんだ」

「町の貴族さんたちや大きいお店を構えている店主さんくらいしか普段は来ないお店なんだって…私たちもびっくりしちゃった」

シスターは二人の話を聞きながら、外見と喋り方とのギャップに微笑むと二人の身なりを確認して二人の両肩を優しく叩く。

「楽しんで…私からはそれだけよ」

二人はシスターに大きく頷くと二人は手をゆったりと繋ぎ、ゆっくりと歩いていくのだった。

 シスターは二人を見送った後、ふっと肩をなでおろす。途端にシスターの肩を叩く軽鎧の人間が1人とその後ろに鎧と言うには軽装な女性が一人。

「お勤めご苦労さま。シスター。…いや、もうこう言うべきかな。ルミリア・ノーネッツ」

鎧から若い男の声が響くと、男は頭部の甲冑を脱ぎ腰に挟んだ。

「…正直3年前からシスターって呼び方には違和感しかなかったのよね。ようやく…彼らを上手く引っ付けられたわ。タタラ様」

「孤児院の他の子どもたちは…?」

「…何を言っているの?孤児院にいる子どもはあの4人だけよ…?」

と言った途端、部屋から50人近い子どもたちは食堂へ移動してくる。

「50人くらいいるじゃないか…4人だなんて…嗚呼、そうか。君の術か」

シスターもとい、ルミリア・ノーネッツの使う幻惑術はタタラのその場限りのまやかしではなく、実体を伴うもの。まさに幻術のスペシャリスト。ルミリアが指を鳴らすと食堂に集まっていた50人もの子どもの幻影は煙となって消えていった。

 タタラが家を燃やした際、国で騒ぎにならなかったのも彼女のよる有幻覚の賜物。彼女も先代王下騎士団の団長であるタタラの部下の一人で、その中で唯一の”聖騎士”である。

 聖騎士とは騎士でありながら修道士を務める人物の事。だからシスターを装っても何ら問題はないのである。

「ひとまず…明日には王と王下騎士団に動きがある可能性がある。今日は早めに休んで明朝、日の出が見える前に南側の港へ集まろう。イシュバリアのほうから嫌な気配がする。公国からの侵攻部隊かもしれないし、大司教国のかもしれない。僕は念のため、国全体に結界を張りにいく。被害は免れないかもしれないけど、最小限に留めなきゃね。メローナは悪いけど引き続き南の灯台から監視を。何かあったら知らせて。ルミリアは町の中央で子どもたちを」

 メローナは無言で頷き、すぐに影へと潜り消え、ルミリアは再び指を鳴らすと修道服が純白の鎧に変化して顔がバレないように頭部も甲冑で覆うと町へと下っていく。

「…いい思い出作りをするんだよ。リリエル、オスロット、ギルバート…輝夜」

誰もいない孤児院でタタラはそう呟くと甲冑を頭に被り、王城へと急行するのだった。

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