第45話:大喝祭

果たしてこの状態を誰が望むのか。

タタラが望んだわけではないが国中の女性という女性がタタラと乾杯しようと寄ってきている。全員が一斉に動き出したものだから食事会も最初から大混乱を極めていた。

「ちょっと待って!?もはや乾杯の列じゃないよね?!群衆に揉みしだかれてるよね…あっ、いい弾力!」

「もはや楽しんでおられませんか!?タタラ様っ!」

ガデニア卿もタタラのボディガードとして近くにいたため、彼と同じくして群衆の波に攫われているのだ。

国民の声は重なりに重なって誰が何を言っているか分からない。だがこの場にいる全員が楽しんでいる事は誰が見ても明白だった。

「…全くタタラ様ったら…太っ腹すぎて騎士団の経費が赤字になりそうです」

民衆から隠れるように杯を持ち、エールを嗜むようにちょびちょびと飲みながらアステラーナは頬を膨らまし、タタラの気前の良さに呆れを通り越して諦めていた。

「あれがやつの強さであり、器の広さだからな」

ローゼンもまた本来の姿でアステラーナの向かいに立ち、壁にもたれながらアステラーナ秘蔵の赤ワインをグビグビと飲んでいる。

「というかおかしいでしょう!何故私が安酒のエールで貴女が私の秘蔵コレクションを飲んでいるんですか!」

「お前が弱いからだ」

弱いからは理由にならないと猫のようなかわいらしさで牙を剥くアステラーナ。

それを勝ち誇ったようなドヤ顔で眺めるローゼン。

ローゼンの表情にアステラーナは苛立ちながらも勝てないのが分かっているため、悔しそうにエールを近衛兵に注がせては飲むことを繰り返している。

 そうしているとタタラたちへ集まる群衆が収まってきた。そのタイミングを見計らってか二人の大人が駆けてくるなり両膝を地につけて頭を深々と下げてきた。

「うちの息子がロアクリフ様へ多大なるご迷惑をおかけして誠に申し訳ございませんでした!この罰は父親である私めが…!」

隣で頭を下げている神父が頭を上げるなり隣の父親へと首を振る。

「いいえ…あなた様方は悪くありません…。孤児院兼教会の神父であるこの私の教育のなさのため…資金を上手く調達出来ず子どもたちの精神面へ影響が出るほどに貧しい生活を送らせてしまった事によるものです…どうか裁きは私め一人に…!」

「へ…?」

タタラは情けない声を上げて目を点にすると途端に笑い出した。

「…いやいや、びっくりした。大の大人が急に謝ってくるから何事かと思ったけど、話の内容から察するに貴方は”急に魔術が使えるようになってしまってこちらの神父の経営する孤児院の子を人形に変えてしまった子”の父親で、隣の神父さんは”お父さんの子どもは決して悪くなくて自分の経済的支援が至らなかったせい”だと謝っているわけだね? それじゃあ罰を与えようかなぁ~、二人とも目を閉じて!」

タタラのにんまりしている顔をよそに二人は怯えながら体を震わせる。周りの観衆も緊張が一瞬走るもタタラの行動に目を疑った。

「手を前に差し出して、何か手のひらに感触があったらそのまま握ってね?」

「か、畏まりました…!」

タタラが何かを手に持ち、男二人へ差し出す。

「はい、握って目を開いて?」

二人ががビクつきながら目を開くと手にはキンキンに冷えたエールが握られていた。

「こ、これは!?ロアクリフ王…私たちは罰をと申し上げたはず…!」

「神父さんへの裁き、神父さんは普段お酒を飲んじゃいけない事が多いだろうから、その掟を今日だけ破りなさい。一人だけではお父さんのほうも報われないだろうから同罪で同じ酒を飲む事?いいね?楽しまないと末代まで僕が目を付けるよ? 」

タタラの寛容な措置に涙ぐみ、深く頷く大人二人にタタラをにっこりと笑うとエールの杯でカコンと乾杯した。

 民衆の盛り上がりが最高潮に達した瞬間に一人一人に杯一杯の水が降りかかる。民衆の気分は一瞬で冷めると共にまだ水が苦手な子どもが泣き出している。

――――そこに響く乾いた一人分の拍手。

「我が聖水のおかげで落ち着きを取り戻したのだね? それすなわち!余興は終わりだ。魔の力を持つ愚かな民たちよ」

 白い法衣を目元と手以外に纏ったおよそ7人が一列に並んでやってくる。タタラはその法衣で誰が来たのかハッキリと察した。

「キリエル大司教国…」

ありえない人物たちの登場にタタラとガデニア、そしてアステラーナと近衛兵たちは目を細めて心の中で警戒態勢を取るのだった。


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