最終話:三つ挟み

 大司教、という言葉を受けタタラたちはキリエル大司教国を思い浮かべる。

「えぇ、キリエル大司教様です。おっと…申し遅れました。我が名はミカエル」

「バカを言いなさい。ミカエルは一度見ました。貴方ではない事は確かです」

 男の自己紹介に割って入るアステラーナ。それもそのはずだ。大司教国からの刺客としてアステラ聖騎士団国へ送られてきた時に七聖天使ロイヤルガーディアンとしてアステラーナたちと戦闘を繰り広げたためである。

「人間は愚かですね…教えてあげましょう。七聖天使とは私を含める四大天使アークエンジェルの下位戦力。人間としてはある程度聖属性に恵まれたようですが…あれらがキリエル大司教国の最高戦力などと謳っては国自体が笑い者にされるでしょう。キリエル大司教と同位の地位を持ち、彼と契約関係にあるのが我ら四大天使アークエンジェルというわけです。人間でもわかりやすいように説明致しましたがよろしいですか?」

 七聖天使の上位存在がいる事はキリエル大司教を除いて誰にも伝わっていない。タタラたちが知らないのも無理はないのである。

「じゃああなた達のお仲間が宣戦布告した続きをやろうとでも言うのか。」

 マガツが言うとマルス、アステラーナが彼と足並みを揃え、戦闘の態勢をとる。

「いいえ。争うために来たのであればわざわざ話しかけず全員この場で消滅させていますとも…それにこれ以上私に近づかないように。天にいる国民たちに会う事になりますよ。では今宵はどうぞ反乱を抑えた宴を――――いえ、この言葉はあまりに挑発的でした。まずはご冥福を。それでは私はこれにて…3年後にキリエル大司教国は総力戦でセクバニア聖騎士団国を侵略致します。せいぜい人間の底力というのを最後の散り際にでも見せてくださいね。四大天使アークエンジェルとして楽しみにしております」

 言いたい事だけをつらつらと並べたミカエルはその場に羽根を数本残して飛び去っていった。

「なんだあいつ…。本当に天使かよ」

 プロメタルは呆れた様子でミカエルが飛び去ったほうを見つめる。

「実力は確かに本物だよ。皆が先走らなくてよかった。ひとまずマルスとオーガン、メローナはセクバニア中の捜索をしてくれるかい。まだ生きている人がいるかもしれない。プロメタルは疲れているところ悪いんだけど、アステラーナを連れてそれぞれの統治国の全騎士団国へセクバニアへ救援を通達してほしい。プロメタルはそのまま自国に残り西側の警備、ハインツエムは大司教国に動きがないか確認と継続的な警戒を最大限促して、ルミリアやテテリさんは一旦自分の家へ――――」

 そう言いかけるタタラをよそにルミリアたちは捜索活動に加わっていく。

「バカね。抱えすぎなのよ。その場にいる仲間の手くらい借りなさい。っていうかセクバニアが回復するまでアルスレッドまでのお金なんて出せるわけないじゃない。国を立て直すなら私も手伝うわ」

「その代わり私たちのお店を国王御用達にしてくれれば儲かるはずだわ。この際だから中心街のセクバニアに移転しちゃおうかしら」

「老いぼれだからって用済みにしてんじゃねぇぞ若造が」

 3人の言葉を笑みを浮かべながら受け取るとタタラもマルスたちと共に国民の捜索活動を開始したのだった。

「うん。一人でも多く助けたい。お母様お願い!」

「愛娘の頼みとあればしょうがない。かなり絶望的だが彼奴は国民をないがしろにするとは思えないしな」

 ソロモンの攻撃によってクレーターと化した場所には空へ打ちあがった瓦礫などが積み重なっていた。それをローゼンが全て浮かせると瓦礫の下に何やら魔術で構成された扉がいくつも姿を現わす。

 タタラたちが扉に触れると中から国民たちが周りの状況がつかめないままの状態で扉から出てきたのである。

「ソロモン…君はなんで…」

 ソロモンが施した事なのかそうでないのかは誰にも分からない。それでもタタラは彼が予めやった事なのだろうと思い込む事にして、少し涙ぐんでしまった。

 そうして反乱の終息とその後始末から始まる新生セクバニア王国の建国物語が幕を開けた――――












 ――――セクバニア西端より南西に位置するムシガ公国 王宮

「おかえり。どうだい、あちら様は何か気づいたかい?」

 王宮に聳え立つ朱色の王座に君臨するはムシガ公国 国主たるルベライト・ムシガ・アルスレッド。アルスレッド王国 前国王モルガナイト・アルスレッドの甥である。

「強力な手札を切った大司教国にセクバニアは東の警備を手厚くせざるをえない。東にはムローヌの壁しかないからね。攻め入られればすぐさま首都へとキリエルの聖剣が刺さる事になる。ま、あの様じゃ”本当に侵略行為があったとしても”首都の修復は間に合わないだろう。もちろん、東への出兵、そして首都の応援。セクバニア各国の戦力は東へ寄るわけだ。…君が立てたこの予測を彼らは超えてくるかな?」

 王座の後ろからくるりと現れた男がルベライトの肩を叩く。

「ああ。当然だ。昔も今もあの男は変わらない。筋金入りのお人好しだ。ダメ押しするように万全の策も講じた。バレない程度にセクバニアへの牽制戦力を削減しつつ、本隊は3年後の決戦に向けて訓練を行い、”心身ともに壊れない体”を作る。全員セクバニアを打倒すべく軍に志願している。雑念を抱く者は何人もいない。自身の身にどれだけの苦痛が伴おうとも、本国で待つ家族のために戦いぬくだろう。この境地に至っているからこそ我が”魔神兵団”は完成する」

 王座の向こう側へ広がるのは無数の巨大フラスコの中に入っている人間たち。全員がムシガ公国の精鋭部隊。基準と指し示すならば全員がセクバニア騎士団国連合の各国騎士団長クラス。彼らを包み込む翡翠色の液体は悪魔の血、フラスコを見ると血の染みこみ具合に個体差があるようだ。

 王下騎士団を去った聖騎士、ヴァイゼン・ルヒト。黒い甲冑の隙間はあたかも生き血をすすったかのように真紅に染まっている。

「西が手薄になるとプロメタルは間違いなく西を警戒する。そしたらこっちの手の中だ…あの艦隊がやられたのは少し手痛い出来事だったが今の戦力でも十分セクバニアの首を噛みちぎれる」

 ルベライトはヴァイゼンのほうを向いてニヤリと笑みを浮かべる。

「しかしよく四大天使だなんて存在の情報を得られたね?大司教国でも折り紙付きの秘匿情報だったんだろう?」

 ヴァイゼンはルベライトの問いに顔を歪ませる。

「敵国の重鎮に協力者がいるというのは戦いを有利に進められる。まずはセクバニア、

 次にアルスレッド、最期はキリエルすらも蹂躙して…東へ進軍する。アルスレッドから湧き出た肥溜めなどと呼ばれる我らの軍の恐ろしさを世界に知らしめる。それでいいだろう?ルベライト」

「うん、当然だよ。全ては叔父でもなし得なかった世界統一国家の実現のため。それを成した時、この国は大きく生まれ変わる。その手始めであり、最大驚異のセクバニアを初手で食い潰さなきゃね」

「おまけにあと1年で北の大地も動く。セクバニアは東の警戒を行いながら龍族と戦う事になる。龍族とセクバニア、どちらか勝者にせよ…我らが最終的な利を得る」

 国王は立ち上がり、ヴァイゼンと共に王宮の外へと歩く。ムシガ公国民にその覇道を示すために。








 ――――セクバニア東端より南東に位置するキリエル大司教国。

「ミカエル貴様一体何をしおった」

「何をって…同胞と思っている人間を助けるために動いたまでの事。手をこまねいている大司教殿とは違って」

 人間が座るには大きすぎる玉座に座るはこの国の主、大司教キリエル。齢80歳ともなろう体は誰かのために動くなどは出来ぬほどに老衰しきっている。

「ワシは若返りの薬を探してこいと命じたはず。どうしてそんな”汚物”を手に持っている…四大天使アークエンジェルともあろうお前が!」

 キリエルは顔一杯に嫌悪感を現わし、ミカエルが手に持つ邪悪なオーラを放つ小瓶を指差した。

「人の世に本物の若返りの薬があるとお思いで?今までに国の金銭を使って買ってきた薬とやらは効果が一度でもありましたか?まさか、我々と対等だという立場を締結しておいて脳まで老衰したわけではありませんよね?時に劇毒でも飲まないと若返りは叶いません。貴方と同じくらい老衰した体のセクバニアの魔術王がこれに耐え、若返りと更なる力を得ていました。恐らく真正面からやりあえば私たち四大天使一体分に匹敵する力をです。貴方の持つ光の加護があればきっと耐えられるでしょう。ですがこの劇毒が人間にどれほど影響が出るか心配でしたらと思い…そこの今にも死に絶えてしまいそうな七聖天使の二名に使ってみましょう。大司教様が若返るかもしれない薬の被検体とあらば彼らは喜んで受け入れるでしょう」

 ミカエルの言葉の数々は次々とキリエルの本音を正確に刺してくる。黙り込むキリエルに玉座のふもとに苦しみながら横たわっている七聖天使のミカエルとアズライールの体に四大天使ミカエルは目を落とす。

 七聖天使を蝕む謎の赤黒い靄、それは侵食が進みもうすでに体の9割が死に絶えている。生きているのが不思議な状態であるというのに彼らが無事なのは偏に彼らの聖属性の魔力による加護であろう。

「よろしいですか?」

 選択の余地はないという言葉を含ませたような笑みを浮かべ、四大天使ミカエルは大司教キリエルに今一度問う。

「ぐ…七聖天使ミカエル!アズライール!我が大司教国の勇敢なる聖騎士よ。対等なる我が友、四大天使ミカエルの行いに意義はあるか!命があるならば今ここに宣言せよ!」

 七聖天使ミカエルとアズライールは苦悶の表情を浮かべながら必死に歯を食いしばり思い切り息を吸う。

「「異議なし!我が魂は大司教国と共にあり!」」

 それだけ言うと二人は気を失った。

「さぁどうなろうともあなた方はキリエル大司教国随一の英雄と称されるでしょう!」

 今ここに魔神王となったソロモンの魔力を七聖天使ミカエルとアズライールの口に一滴ずつ垂らす。途端に激しく揺れ動く二人の体を見ながらミカエルはキリエルに見えないように小さく肩を揺らすのだった。






 ――――北の大地。その頂。

 人間からすると咆哮にも聞こえる大欠伸をして龍神王は立ち上がる。

「あと1年か。ウロノーゲン」

「えぇ。ですが本当にお守りになるおつもりで?人間との約束なぞ破棄して今すぐ人間を支配してしまえばよろしいのではないですか?龍神王」

「約束を守るのはついでだ」

 龍の王は心の底から強者との戦いを望んでいる。彼の中には人間の支配も、共存という道もありはしない。自身の本能の赴くまま、弱肉強食の頂に立ちたいのだ。であるならば協力して封印した妖の神を単体で殺しきるための力をつけなければならない。この世界の実験を実力で握る事に生きる価値を見出している。そのためならば、時を待ち、人間の中から育った強者を喰らい、更なる力を得るのも厭わない。純粋なる竜の血が人間の血で穢れようとも強さ以外に彼の求めるものはないのだ。

「そういえばこの前生まれた子はどうしている?」

「姫様でしたらボルノーゲンと共に修練に励んでおります。まさか極東の鬼神王と龍神王様が結ばれようとは…」

「であればよい。我は強い者が好きだ。その通りに見合った存在だっただけの事…だが我らの子、死鬼しきは真の覚醒をした時、我ら両翼を超える存在となるだろう。そうなった場合は我は喜んで新たな龍神王の誕生を心から祝う」

 龍神王は娘の力を信じる言葉を口にするとともに、1年後に人間たちへどういった宣戦布告をするのか、それを考えながら悦に浸り始めたのだった。







 ―――――。一年後、人と龍は争乱を呼び起こす。





 妖狐の娘の道すがら-ミレハ帰郷記・序- 完



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

妖狐の娘の道すがら-ミレハ帰郷記・序- そばえ @sobae_

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ