第69話:魔神王の思い

「ほうしゅう…」

 ポリメロスの蹴りを見たミレハはその残像を頭に刻むかのように小さく呟く。夢中になっているミレハを横目にローゼンは微笑を浮かべて頭を優しく撫でるとミレハも勝利を感じ取ったのかローゼンへと抱擁を返す。

 崩蹴を放ったポリメロスはそのまま、地面へと落下するがオーガンによって優しくキャッチされる。

「ポリメロスさん!やっただおな!」

「嗚呼…老兵でもちっとは役に立ったかのう」

 ポリメロスが他の皆を見渡すと皆笑顔で応える。

「これで1回目。さて…どれだけのものじゃろうな」

「どうか無理はしない事よ。崩蹴はどんな事があろうと暫く禁止よ」

 テテリが近づき、オーガンからポリメロスを貰うと肩を貸しながら約束を取り付ける。ポリメロスは脱力しきった声で頷き、戦いは終わりを迎えた。

 ――――かのように思えたその瞬間、タタラの体が宙に浮き、ポリメロスによって出来た大穴から黒い影が飛び上がりタタラと二人きりの空間を作り出す。

「闇魔法によって出来た防壁は術者を上回る闇魔法または聖属性でしか打開出来ない。魔術程度の力しか持たぬお前たちは王を目の前で殺されることとなる」

 胸のコアより左半分がポリメロスの蹴りによってえぐり取られ、砕く力によってもう半分も今に砕けそうになっているソロモンがタタラを睨んでいる。

 ただタタラの顔は今までの怒った表情などではなく酷く澄んだ顔をしていた。

「ソロモン…ごめんよ。僕が君をそこまで追い詰めてしまったんだね…」

 責任の先に流す涙。正直タタラはソロモンが優秀過ぎるがゆえに、任せてしまっていた。ソロモンの苦労に労いもかける余裕もなく、世界を練り歩き、より良い国のために身分を偽り他国へと和平交渉にも望んでいた。

「その程度の涙で今更説得しようなどと…するな!」

 漆黒の棘を空間上に創り出し、自分へと歩み寄ろうとしているタタラに更なる怒りを表しながらタタラに棘を放つ。タタラは避けようとしない。急所こそ外すが自分を痛めつけるように棘を安易に受ける。普段纏っている魔力の膜も解き、直に痛みを自分へと向ける。それがソロモンへのせめてもの償いだと言わんばかりに。

「何故魔力を解いてまで…貴様…私をどれだけ愚弄すれば気が済む!」

 タタラの行動を自分をナメているものだと感じたソロモンは更に血を頭に上らせ、闇魔法で作り出した無数の矢でタタラを串刺しにする。矢はあえて急所を避け、タタラに更なる激痛を走らせる。

 その防壁外では他のメンバーたちがそれを壊そうとしていたり、必死に声をかけている様子が見えるが外の音という音が完全に遮断されている。

「老体に鞭打って必死に働いてくれている君に何の労いもせずに…無茶をして君に何度も怒られて…君の能力に頼り過ぎていたよ。本当に僕はバカな王だ。君の思っている通り、人の上に立つ人間じゃないのかもね」

 なかなか動かない右腕をソロモンへを向けて痛みで歪む顔を必死に笑顔に変えるタタラ。その見るも無残な痛々しい光景に防壁外の騎士たちは痛々しい表情をし、ミレハは泣き叫んでいる。

「だからこそ私が上に立つ。貴様などと違う強いセクバニアを作り直す!魔神の力に体が染め上がろうとも…今更貴様と手を取り合えるわけがない!」

 タタラが差し出した手を衝撃波で弾くと暫く沈黙が続く。

「……。ソロモン…セクバニアを支えてくれて本当にありがとう…不甲斐ない王でごめん。でもこれから僕は生まれ変わる。二度と国民の誰も君のような考えにさせないような王になると僕のこれからの人生をかけて誓うよ。だから君も――――」

 タタラの言葉で今までの記憶がソロモンの脳裏に蘇る。



――――始まりはあの辺鄙な路地裏での出来事。とても酷い嵐の夜。

 暴漢に襲われ、致し方なく魔術で応戦したがその暴漢にはそのまま肉体能力の差で打ちのめされ、体は滅多刺し、なぜか魔力が体の内から抜け落ちたような感覚のためか、回復魔術を使う事も出来ずこのまま死ぬと諦めかけたその時に助けてくださったのがタタラ様でした。

 セクバニアとなる前のこの土地でこの土地を救うための魔術研究に没頭し、周りから煙たがられ、時には石を投げられた事もあるこの老人に何の躊躇いもなく手を差し伸べてくださった。その時からこの方になら我が生涯を預けても構わないとさえ思ったのです。

 それからの日々は幸せなものでした。自由人なタタラ様に振り回される事さえも良しと思え、魔術研究をしていても周りの人々の声も暖かかった。ひとえに王であらせられるタタラ様の人柄あってこそなのでしょう。

 ある日の事。タタラ様は自分が成し得ないといけない事と、倒さなくてはいけない敵の事を教えてくださいました。

 世界平和と、ある一匹の竜人族。世界平和を成すためには確実にその竜人が壁として立ちふさがる事、そのために私などの力を借りたいと仰ってくれた事、頭を下げられお願いされた時には感極まって年甲斐もなく泣いてしまったのを今でも覚えています。

 タタラ様たちが総出で立ち向かい、団員様方は重傷を負い、仲間のお一人を失ってしまった事を元に、私なりにかの竜人を倒すための秘策を入念な研究の元、考えてまいりました。ですがどれほどの策を考えても我々が人間である限り、かの竜人には敵う想像が何度の想定を繰り返しても浮かび上がらないのです。ですから…私だけ…私だけなら人の道を踏み外してでもいい。もう歳も歳だ。最後のご奉公として悪魔に魂を売りました。それでかの竜人の匹敵しうる策を講じられるならと。悪魔の知恵を借り、数々の戦略や専用武装、皆様の力の分析結果から数々の勝利パターンを割り出し、より少ない犠牲で済む方法を導き出す事に成功したのです。

 ですがあなたがいくら待っても帰ってきませんでした。アルスレッド王国の親善大使をしている者に聞いてみるとアルスレッド王国の孤児院で教師をされているとか…秘密裏にイシュバリア島への侵入形跡があったと私にとってはあまりにも無頓着な事ばかりを聞くようになり、そして私が反旗を翻そうと決めた瞬間が"魔女"です。

 よりにもよって悪魔に魂を売った私よりも有能そうな魔女を妻として迎え入れたなどとあなたは戯言を抜かした。当初は魔女に洗脳でも受けているのかと思いましたがそれを看破する魔術を使えども洗脳が一瞬でも解ける事はなく、私の知るタタラ様はもういないと確信致しました。洗脳されているかどうかなどはもうどうでもいい。魔女といるだけでタタラ様は私を頼りにしようとはしてくださらなかった。

 ですから軍神へ交渉すると見せかけ、拘束のために守衛という守衛を操り、あなた様がセクバニア聖騎士団国から出国なされた報告を聞き次第、軍神を捉え、他の憲兵たちには軍神の持病が発症していて長期療養を行っていると情報を流し、代理として私が騎士団を指揮し、ムローヌの聖騎士団長ハインツエムへ悪魔を憑依させ、東の大司教国へと牽制を行った。

 アスベニ騎士団の団長と親交が深かったのも知っていましたのでダンタリウスという架空の人物を魔神ダンタリオンの影を使って作らせ、団員に記憶改ざんを行いアスベニ騎士団国で悪魔の研究データを集めていました。影人間のダンタリウスと人間の小娘カステリーゼ・トネルコフが恋に落ちたと見せかけ、一方的にカステリーゼに情を持たせ、わざとダンタリウスを貴方の聖魔の餌食にし、こちら側につくように仕向けました。藁にも縋る思いで駆けこんできた彼女を見た時には人の可能性を感じましたとも。その後、彼女にダンタリウスを生き返らせて見せ私を信用してもらったところで魔神と人の間に子どもは形成されるのか実験を行いました。悪魔と人間の間の子はなんと1週間で赤ん坊へと成長したのです。赤ん坊の時点でセクバニアの聖騎士を超える魔力量と強靭な肉体を得ていましたのでを今後の研究のために地下へと時間停止空間で封印を行いました。聖騎士としては才能のないカステリーゼでしたが、悪魔を受胎する器として非常に優秀でした。今後も彼女を使おうと思っていた矢先、早くもプロメタ聖騎士団国へとたどりついたという話を聞きましたのでカステリーゼなら器として申し分ないと思い、魔神アスタロトを受肉させ眷属の悪魔と共に向かわせました。どうやらあなた様に打ち破られたようですが魔女ローゼンを拘束する事に成功したというわけです。

 彼女の因子を私へと打ち込み、魔神との適合が叶いました。結果としてあなたは素晴らしい因子をこの国へ運んでくれたというわけです。

 …私が王に成り代わるという野望は討ち果たされ、もうこれ以上あなた様と一緒にいるわけにはいかない。

――――悪魔に心を売り、人の負の感情を何度も植え付けられた私はもう正常な状態ではありませんでした。だからどうかあなたは…己の信念を忘れぬよう…。

 心残りといえば…あなたが世界平和を体現する姿を見て逝きたかった。




「どうか…お元気で」

 心に思った数々の記憶や感情は一切口にせず、タタラの心身を気遣う言葉だけがその場に残され、魔神の体に付与された砕く力によって体が砕かれていった。ソロモンによって形成された防壁は彼と共に消え失せていったのだった。

 ソロモンだったものは粒子となり、風に吹かれて天へと昇っていこうとしていたその時、何者かの手元にそれは吸われていった。

「セクバニア騎士団国連盟の盟主諸君ご苦労様でした。おかげで悪を断つ事に成功致しました。天界を代表して最高の謝辞を送りたいと思います。さぞ大司教様もお喜びになられる事でしょう」

 翼を広げる謎の男にタタラたちは顔を向け、心を落ち着かせる間も無く警戒を余儀なくされたのである。

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