第43話:クッション材

 ローゼンがアステラーナで遊んでいる中、タタラはガデニアと共にアステラ聖騎士団国内の最も賑わう場所として知られる大通りを歩いていた。

店という店から響く売り子の声がまるで一つの楽曲を奏でているかのようで苦にならない。

 少なくともタタラたちが通っている大通りの店では笑顔以外の表情を今のところ発見していない。アステラーナの統治が上手くいっている証拠だろう。

「ねぇねぇガデニア卿、今僕はどんな格好に見えるんだい?」

「そうですね・・・パッと見、どこかの貴族のようです」

「今の身分とあまり変わらないね」

タタラは惑わしのダズルにローゼンの天然ぶりを感じ苦笑した。

「しかし・・・呼び名をどう致しましょうか。本来の名で呼べば恐らく大騒ぎになる事は容易に思いつきますので」

「タタネンタでいいよ。もし聞かれたらアルスレッド王国の外交大使とかって紹介しておいて。それくらい大物のほうが君が直々に付いていくのも国民的に納得しやすそうだしね」

「我が身へのお心遣い、感謝いたします。」

タタラはガデニアに歩きながら拳を突き出してにっこりと微笑んだ。

その行動にガデニアは一瞬驚くも、懐かしむ様子で薄らと鎧の中で笑みを浮かべてその拳へと自分の拳をゆっくりと会釈と共に取り付けた。

「昔から変わりませんね。貴方様は・・・ご身分がありながら我々への関わり方は民同士のそれと全く変わらない」

「身分が上だからってふんぞり返るのは少し違うと思うんだ。まるで自分が神とでも言いたい人間は特に・・・ってあれ・・・何か人が集まってるよ?」

「なんでしょうね・・・行ってみましょうか」

ガデニアはタタラの指差す大通りの広場ほうへと目を向けるが人が集っていて中の様子が見えない。二人はその集まりの中へと早歩きで向かって行った。

二人が近くに行くと殴打のような鈍い音が観衆の中心から響いていた。タタラたちは目を見開き、半ば強引に観衆をかき分けて中へと入っていく。そこに広がっていたのは、薄汚れた服を着た少年少女たちが装飾品を散りばめた貴族らしき服装の子どもに馬乗りになって殴る蹴るなどの暴力を振るっている光景だった。

 それだけを見れば薄汚れた服の少年たちが一方的に悪いのだが、見に来ている最前の観衆はそれを止めようとしない。

 暴力を振るっている側の子どもたちは泣きじゃくりながら”返せ”と叫んでいる。

 そして貴族らしき子どもの手には人形がある。

「やめなさい。どんな事があろうと暴力はダメだ」

「タタネンタ様…!」

ガデニアの制止は間に合わず、タタラは観衆の中心へ走ると暴力を振るわれている少年を抱きかかえ、一見、加害者側の少年たちに制止を促す。

「うるせぇ…こんなくそ野郎に…俺たちの仲間が…!」

その言葉だけでタタラはこの貴族らしき少年が何をしたか察してしまい、一瞬眉間に皺が寄りそうになるが冷静である事を維持した。

「…君。魔術で人を人形に変えたのかい?」

「僕はこの子とお友達になりたいだけだったんだ。だけど目の前の子たちが僕の身なりは貴族だからって仲間に入れてくれなかった。魔術を使うつもりはなかったのに、この子に触れた途端、人形に変わっちゃったんだ。わざとじゃないのに…急に殴りかかってきて…何度も謝ってるのに許してくれないんだ…」

 痣だらけの顔で小刻みに震えながら答える少年の言う事が本当ならばどちらかが一方的に悪いわけじゃない。

「わざとじゃないとはいえ自分の魔術で人の命を奪いそうになった君は悪いよ。けど、そこの君たち。身なりが良いってだけで貴族と決めつけちゃダメじゃないか。仮に貴族だったとしても何で貴族をそんなに嫌うんだい?」

「うるせぇ!よそ者が口を挟むな!俺たちの苦しみも分からずに勝手に偽善者ぶってるんじゃねぇ…」

身なりの良い少年をゆっくりと下ろし、簡単な治癒魔術をかけると少年たちはどよめきケガの治った本人は目を見開き唖然としている。

「なんで…悪いのはそっちなのになんで治癒魔術なんかしてんだよ!」

 タタラは彼らに近づき、ゆっくりと腰を下ろす。馬乗りになって殴っていた子の両手をとろうとすると抵抗されるが、タタラはそれで体を攻撃されようともグッと堪えた。両手をやっとの事で自分の両手で包み込んで治癒を施す。

「痛みを忘れるくらい人を殴ったんだね…それだけ友だち思いなのはいい事だね。だけど暴力じゃ何も解決しない。いいかい? 人を身なりだけで判断する事は悪だ。この子は貴族の子じゃない。ただ着る服がたまたま君より綺麗だっただけだ。彼が貴族の子であったら君はどうなっていたか分かるかな?」

治癒が施された影響か、抵抗も自然となくなりタタラの言葉に子どもたちはほぼ同時に首を横に振る。

「護衛の騎士に君がやったのと同じ事をされるかもしれなかったんだ。それをされたらどう思う? 」

「痛いし…怖い」

「そうだね。怖いね。君がやっていたのはそういう事だ。彼もまた君と同じ子どもだ。きっとまだ魔術の制御を習う前に魔術が体からあふれ出ちゃったんだ。だから許してあげよう。それと君たちの思う理由でやった事はダメな事だからちゃんと謝りなさい」

タタラの促しに頭を下げようとする子どもたちの前に、タタラの後ろから身なりの良い服の少年が人形を両手に目をウルウルさせながらやってきた。

「ごめん!こんな事になるなんて思わなくて…戻し方…わかんないッ」

自分のやった行いを認め、自己嫌悪に陥ったのかその子どもは滝から落ちる水流のように激しく泣き始めた。それにつられるように薄汚れた服の子どもたちも泣き始める。

「ラッキーだったね、君たち。だって僕なら元に戻せるから」

泣いている子どもたちは一瞬で希望に満ちた眼差しでタタラを凝視してくる。

その時タタラは背筋に強い悪寒がした。それに加えて感じる視線のほうにタタラは顔を向ける。

「ロアクリフ様…? 国王様じゃない?!」

ふと本名を呼ばれ、目が点になるタタラと慌てるガデニア卿。

「ガデニア卿もいるって事は間違いない!タタラ様だ!」

ものの一瞬で観衆はタタラのファンクラブと化したのだった。










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