第51話:三大神災
話し始めたローゼンの口は止まる事を知らないかのようにこう述べる。
世界には始まりと終わりが存在する。
しかしその全てが創生と崩壊で締めくくられるわけではない。
一角の崩壊はやがて世界を混沌と破滅の世界へと誘う。それぞれの隔離された空間で存在しながら世界全体の均衡を保つ強大な力、それが三大神である。
三大神の力は同等に非ず。必ず一強を作らなければならない。さもなくば基盤となる世界に隔離されているはずの別世界が衝突し、世界の道理を崩してしまいかねないからだ。三大神の中で最も人間と相性が良いのは龍神の王だ。魔界の王と妖界の王どちらかが一強となるようでは世界はたちまち人々からこれまでの生活を奪うだろう。
ローゼンの言う覇権争いとは三大神の中で一強を決めるに他ならない。一強となった神が基盤世界の神となり、眷属ごと世界へ接触する。その接触によって引き起こされる世界の融合を”三大神災”という。
三大神災による世界と世界の融合は神によって過程が違う。
龍神王の場合は共存融合、今のように人々と龍族が争いながらも共存する世界。
ローゼンが仕える主、魔界の王の場合は侵略融合。魔界が世界を侵略し、魔族の下僕として世界が付き従う世界。ローゼンは己が主が魔界から出てこれない事を良いことに龍神王の共存融合を後押ししている。
そしてアステラーナもタタラも気になるのは目の前にいる妖神が本来の力を取り戻した上で覇権争いを勝ち抜いた場合だ。
ローゼンの口にした言葉に二人は生唾を飲み込む。
「世界が融解…」
タタラが目を妖神のほうへ向けながらローゼンからの言葉を復唱する。
「それってどういう…」
アステラーナも言葉の規模が大きすぎるためか困惑して言葉が出ない。
「言った通り、世界が融ける。融けてヤツの腸を満たす。そして新たな世界を孕み、産み落とす。と聞いている。断片であれほどだ。なんとなく想像はつくだろう?妖神はこの世に住まい、このまま平和に生きたいヒトにとっては絶対的な悪神であり、世界を作り変えたいと願う革命家にとっては最高の神だ。だが妖神が産み落とす世界が果たしてヒトのためになるか否かを私は考える。用意されたテーブルの上で用意された遊びをするより、自分で作ったテーブルでどんな遊びをするかを選んだほうが楽しいに決まっている。人の世もそうだ。ヒトに関心を持たない存在が創造した世界など有益であるわけがないどころか…ヒトが住める世界である保証はない。ならば龍神王が覇権を握ったほうが幾分マシだ」
ローゼンは広場からゆっくりと飛び立つ。タタラとアステラーナもローゼンに引っ張られるように体が宙に浮いていく。ローゼンの術にアステラーナもタタラも今更驚く様子はなく、地上からおよそ10メートルもの高さに浮遊している三人はまじまじと妖神を眺める。ローゼンによって展開されている二枚の魔法陣が妖神の頭上と足元でそれぞれ停滞し、白い電撃を互いに行き来させながら魔力の濃度が上がっているのがタタラとアステラーナには分かる。
タタラはそこである事に気づいた。
「あれ?マガツは…」
「用だったのか急にいなくなったように見えたが…?」
タタラはぽんと掌の上に拳を置く。
「ああ…腕を上げたね。マガツ…あれが残像だなんて誰も思わないよ」
その場にいないマガツに対して賛美を送るタタラ。どうやら少しは余裕が出てきたらしい。
「だとしたらタタラ様、あの男…あの化け物を前に物怖じしていなかったという事になります…タタラ様でさえ怖がっていたのに…」
「そうだね…怖いよ」
タタラは妖神をじっと見つめる。
ローゼンの魔法陣がひきつけあうように妖神の胴体辺りで重なり、小さな衝撃波がその場で起こるとどさっとその場に倒れる人影。場所は広場の中心地、先ほどまで妖神がいた場所だ。
そしてローゼンとアステラーナは目を見張り、タタラは肩を撫でおろし、ローゼンに下ろしてくれと声をかけた。
「…ローゼンが言うほどの神様に、娘が人質に取られる事ってどんな事よりも恐ろしいよ…」
タタラは脈を確認すると大きく深呼吸をする。安堵している表情から生きているだとローゼンとアステラーナも確信した。
タタラはいつも通りに疲れて眠っているミレハを抱き上げて背中をさすりながらもう片方の手で頭を撫でる。
「まさか断片の依り代にされていたとはな…私も驚いた。…無事で何よりだ」
ローゼンもミレハの寝顔を見るなり、未だかつてないほどの愛おしさを覚えると抱き上げているタタラごと、ミレハを優しく抱きしめた。
アステラーナはその瞬間頬を膨らませヤキモチを妬いていたが、タタラたちが一向に3人の世界から帰ってこないためか、大きくため息をついて先に帰る旨を伝えてゆっくりとその場を後にした。
踵を返した時にはアステラーナの口にはこの上ない笑みが浮かんでいた時の天気は晴れ。いい月夜の日。突然の土砂降りの中、アステラーナは広場から立ち去ったのだ。
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