第52話:蹂躙の傷痕

 翌朝。

 国民から生き残ったアステラ騎士団叩きつけられる怒号、慟哭、罵倒。

 貴族や商人からは安全面に対して懸念の声が上がっている。

 それもそうだ。ただの騎士団国ならば警備の緩いところもあるかもしれないが、セクバニア全土において強大な力を持つとされる聖騎士団国の一角にこのような事があってはならない。

 国民からすれば自国が堕とされる寸前に見えた者も少なくない。中でも今回の一件で散っていった聖騎士団員の遺族には耐えられない事件になった。

 今朝から急ピッチで騎士団の英雄たちの葬儀が執り行われた。埋葬した騎士、埋葬出来なかった騎士。国民で知る者はいなかったが、妖神の犠牲となった者は遺品すら残らなかったため、どれだけ遺族に罵倒されようと騎士団長のアステラーナは喪服で深々と頭を下げる他なかった。

「遺族も遺族だ。目の前で部下が呑み込まれるアステラーナの身にもなってみたらいい…ああ、タタラ。何も言うな。分かっているとも。失う悲しみはヒトである限り皆平等にある。だからこそ…アステラーナの気持ちも汲んでやるべきだ。気持ちの整理もつかない状態であろうに遺族のためを思って疲れている部下に鞭打って自らも疲弊しきった心を叩きながら準備したのだ。少しくらいは…」

 広場を聖騎士団のとある一室の部屋から眺めるローゼン。そこにタタラも寄っていき、一時は発言を止められるもローゼンの隣に移動すると彼女の腰に手を添えて同じく広場の光景を眺める。

「アステラーナ率いる騎士団だったからこそ、民を気遣って葬儀の準備を出来たんだ。普通なら国民のように他人を気遣う余裕すらないのが当たり前さ。…アステラーナは優しい子だからね。…でもガデニア卿は本当…ベニーに匹敵するくらいの実力を持っていたし…何より人望が厚かった。かなり残念な事だよ…」

 タタラが落ち込んでいるとローゼンは拳を握り締める。

「すまない。私が早々に処理していれば…あんな事には」

 ローゼンの拳の隙間にタタラが優しく手を入れこみ絡ませる。

「君のせいだけじゃない。僕のせいでもある。あんな突然現れたらいくら君でもあれだけ精密な術式を展開させるのには時間がかかると思う。だから気にしないでいい」

 未来を見る事が出来ると言えど、目の前の一瞬一瞬の出来事まで見る事はローゼンであろうと叶わない。あくまでローゼンの未来視は今のルートから考えうる最悪のルートの結末だけがローゼンの脳裏に浮かぶためだ。

 ローゼンの未来視は便利なものではない。おいそれと人に未来視の事を話せば恨まれる事のほうが多いのだ。

 ミレハは寝ている。いつものようにすやすやと、その寝顔とタタラの手の温もりだけが今のローゼンの癒しなのだ。

「…なんか弱ってる君可愛いって言ったら怒る?」

 今日くらいは甘えてもいいかとローゼンが考えていた矢先、その気持ちと空気をぶち壊しにくる残念系好青年のタタラ。

 即座にローゼンはタタラの脇腹に肘打ちをするが、タタラはミレハを起こさないようにと苦悶の表情を浮かべて口から声が出ないように歯を食いしばった。

 この場合、タタラに皮肉を浴びせるのがローゼンの常であったが今日は違った。

「物好きめ」

 タタラから顔を背けながらも肩を寄せてくるあたり悪い気はしていない様子のローゼン。

「で、これからどうするんだ?予定ではアステラーナも西へついてきてもらうような算段だったのだろう?」

 タタラはローゼンを見ず、窓の向こうのアステラーナを見ながら小さく頷く。

「アステラーナがいたら顔パスでいけたんだけどなぁ…セクバニアの西って割と激戦区だから厳重な関門があってね…団長のプロメタルは…ああ、そうか、ローゼンには話していなかったね。何故アステラーナを連れて行けば顔パスなのか。プロメタルと彼女の関係性についてちょっと人間からすると昔の話をしよう」

 タタラがローゼンの腰に手を添えてくっと自分へと引き寄せる。ローゼンはタタラの肩の上に頬をぴたっと置くと目を閉じてタタラの話に集中するのだった。


 

 

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