第19話:聖魔
―――あれから10分が経過した。残り一体の狂戦士は弱るどころか強さを増している。
「なかなかやるじゃない…燃えてきたわぁ…」
狂戦士をも圧倒するパワーを持つモンバット。先代アルスレッド王が残した書記によれば、2mの巨体から繰り出される拳は山をも砕くとされている。
素手で戦っているのも周りに被害が及ばないようにするためかもしれない。
「他の
ルミリアは手を前に翳し、狂戦士の様子を伺いながら肩に刻まれているものに気づいた。
「あらやだ…って事はあの子、元は騎士団長って事?誰がやったかは知らないけど…あれだけの手の施しようなら…かなりの術師ねぇ」
両脚でリズミカルにステップを踏み始めたモンバットが驚きと関心の念を抱く。
「二人とも~! 余計な話しないで早く対策考えてよ~…」
狂戦士はひたすら自分の影を叩いている。
影から顔を出したり潜ったりを繰り返しているメローナに翻弄されているためだ。
「再生能力とは厄介ねぇ…いくら強い私だって砕き切れないわぁ…」
「術中にはめても返って被害が出るかもしれないし…アレが王下騎士なら幻術にハメるのは気が引けるわ」
ひたすら攻撃しようと一瞬で再生する。闘っている3人が元、とは言え、同志である王下騎士を精神崩壊させ停止させる事も出来ない。
「…つまりは誰かに術をかけられたって事でいいのかな」
「相変わらずイイところで出てくるわね…もうっ良い
遥か遠くへ飛ばされたタタラがようやく戻ってきた。
モンバットとの再会に、君ほどじゃないよ、と苦笑いをして返事をする。
「さぁどうするの。元団長」
「あれは恐らく狂化の魔術。しかもやったのは並みの術師じゃない。再生能力付きとなるとかなり精密な術式展開が必要となる…もちろん、狂化をかける器も相当な許容量がないとね。王下刻印と動きの早さ、それから自我を失ってもなお戦場を見極める知的な行動で納得が言ったよ。あの化け物は恐らく…現王下騎士団長 ユクトワール・デイドリック」
その名前に4人とも聞き覚えがあった。
かつて4人が王下騎士団だった頃、一般騎士団中で最強と言われていた齢15歳の天才剣士だ。タタラの一言があったと言えど、未成年を王下騎士団へ見習いとして入団させたのはアルスレッド王国でも前代未聞の出来事だった。
「…そっか。僕は同胞を殺してしまったのか」
「タタラちゃん、気持ちはわかるけど今は目の前の相手をどうするか、でしょ」
落ち込みかけるタタラにモンバットが活を入れる。
そうだね、とタタラは気持ちを切り替えるべく目を閉じて手を一度叩く。
目 をゆっくり開いて今置かれた状況から目の前の狂戦士への対策を模索する。
「…よし。モンバット、ユクトワールの動きを物理的に止めてくれるかい?メローナはモンバットが動きを止めた時点でモンバットのサポート。ユクトワールを影で縛ってくれるかな。それからルミリア、彼の精神に幻術を。3人で徹底的に鎮圧してくれ」
タタラが指示を伝えると3人は同時に頷く。
「あらやだ、それなら得意分野よ!任せなさいっ!」
「タタラ様のご命令とあらばッ!」
「無理難題を押し付けてくる男ね…10分は善処するわ」
「さぁいこうか…元王下騎士団の腕の見せ所だよ」
タタラの号令と共に、モンバットとメローナは戦陣をきり、ルミリアが両手を前方へ翳し詠唱を開始すると、ルミリアの足元に魔法陣が描かれた。それが二重になったかと思えばそのうち一つがアルスレッド上空へと上昇していく。
タタラは魔力で左手に盾、右手にバトルメイスを形成し、ゆっくりと狂戦士に向かって歩いていく。
狂戦士がメローナとモンバットに拳を放ってくる。
「行くわよメローナッ!」
「まっかせて!
拳が迫る中、モンバットの目の前と狂戦士の拳の目の前に影で形成した円盤を展開する。狂戦士の拳がその円盤の中に入った途端、狂戦士の足元前方にある影からその拳が放たれ、狂戦士は自身の拳でよろける。するとモンバットは同じく自分の目の前に展開された影に向かって飛ぶと、その先は既に敵の目の前。
よろけた狂戦士の顎へと左拳のアッパーを浴びせると、体重およそ200㎏はあろう肉体が宙へと浮く。
すかさずモンバットは右手を開いたまま振りかぶり、狂戦士の顔を鷲掴みにするとそのまま地面へ叩き付けた。
爆発音と砂埃がその場に広がる。狂戦士はモンバットの腕を両手で掴み脚をじたばたと動かし、引きはがそうとするがモンバットは微動だにしない。
「私の究極の美による聖属性の魔法はどうかしら」
「…ただの
メローナがモンバットの説明に訂正を入れ、呆れ顔で見ながら狂戦士の影で手足と首を拘束する。まず身動きは出来ないだろう。それでも絶叫し、暴れようとする狂戦士。
「ルミリア!」
タタラはルミリアへ呼びかけると同時に狂戦士の上空へと跳躍する。
「分かってるわよ…
上空の魔法陣から紫の糸が無数に伸び、狂戦士の頭を包み込み縛り上げると、狂戦士は沈黙する。
『団長ッ!』
3人がタタラへと呼びかけると、辺りの地面が光を放ち始め、複雑な文様と文字が刻まれた巨大魔法陣が浮かび上がる。
時を同じくしてアルスレッド王国を中心に東西南北それぞれ5マイルの位置に同じ魔法陣が出現し、十字架を描くように魔方陣を点として純白の魔力が線として繋がっていく。
「…いつの間にしかけたのよ…」
「もしかして蹴られた後に!?…さすがタタラ様っ」
「ほんっと、恐ろしい子…感服ね」
タタラは狂戦士の真上に浮かんだまま、メイスを天高く掲げる。
「此処に、
タタラの上空からその一帯を飲み込む暖かな白い光の柱。
この魔術こそ聖魔のタタラの所以。
古代魔法と呼ばれるもので、魔術による拘束を解き放つ強制解除魔術だ。
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