第8話:一難去ってまた…

 タタラがパメルスのところへ行って翌日の朝。

 シスターの元へタタラから手紙が届いた。


―――シスターへ

 やはりパメルスの狙いはカグヤの毛でした。それだけに留まらず、国王までもが一商人を協賛し、カグヤ本人は国王が買い取ると言っているそうです。

 僕はひとまず物資支援を他の商人たちに呼びかけてみます。とにかく、パメルスの申し出は断ってください。幼い頃から悲しい思いをさせるわけにはいきません。 特にカグヤはこれ以上…。三年前のあの日、死んだ魚のような目をしていて心が壊れてしまっていたカグヤを思い出してしまいます。物資は僕が何とかします。シスターはどうか、子どもたちをよろしくお願いします。

                                タタラより



 シスターはその手紙を読み終えると机の引き出しの中に隠した。

パメルスが来る時間帯には子どもたちには昼寝と称して孤児院の外に出さないように準備を整えた。

 夕刻まで待つと言っていたがパメルスは昼過ぎにやってきた。ちょうど子どもたちは昼寝をしているため、シスターにとっても好都合―――のはずだった。

 パメルスの後ろから来たのは王下騎士団。現アルスレッド国王直属の騎士たち…総勢100人を引き連れてその集団の中央で馬に騎乗しているのは何と手紙にあったアルスレッド国王その人ではないか。国王自ら赴くとはシスターも、タタラですら予測出来なかっただろう。

「今日はこの孤児院を支援してくださるという御方が直々に来てくださいました」

 シスターは慌てて頭を下げる。

「構わぬ、面を上げるがよい」

 シスターがその言葉に頭を上げてよく見ると、白髭を生やしている国王の後ろには王子も馬に乗っていた。

「此度はこの施設が物資に困っているという事で参った。国の総力を挙げて支援したく思うがこれには交換条件がある」

「…カグヤを差し出せ、でしょうか?」

 国王が交換条件を述べようとするのをシスターが遮った。

「…如何にも。こやつが街角で見かけた半獣族であるその娘に一目惚れをしたようでな。折角じゃから妃にしてやろうと思ったのだ。悪い話ではあるまいて。人攫いに攫われるわけでもなし。その娘も幸せになる事間違いなし。当然、定期的にこちらの子どもたちとも話をする機会を与えよう」

 シスターはその話を聞きハッとなった。

 ―――これのどこが悪いのか

 王子の妃となれば荒んでいたカグヤの人生も一生薔薇色。孤児院も物資を支援してもらえてこの先も安泰。

「この話を受けてくれるか、シスターよ」

 馬から降りてシスターの目の前で手を差し出す国王。

 その手を握ろうとするシスター。

「…では何故王下騎士団を連れてきたのですか? ラピス・アルスレッド陛下」

 その声、その言葉にピクリとシスターの手が止まり、そして後ずさった。

「パメルスの報告通り、か。この愚かな叛逆者め」

「叛逆者とは…随分な言われようですね。あれほど、貴方の剣術指南をしたというのに」

 国王がタタラへ罵声を浴びせるもタタラはものともせず国王をじっと見つめる。

 自分とシスターの間に立つタタラを見て国王は驚愕する。

「何故年老いていない…。どのような魔女の術だ」

「この国に魔女は存在しないのは御身もご存じの筈ですよね。それに若かりし頃の貴方に申し上げたはず。そういう類の病だと」

 王下騎士たちは先日タタラが相手をした騎士とは違い、堂々と構えている。

「誇り高きナイトくんたち。ここで戦いはダメだよ。子どもたちは今お昼寝の時間なんだ。出来る事なら退いてほしいんだけど―――そういうわけにもいかないか」

王下騎士団にとって王の命令は絶対。断るという選択肢すらない。王の意思こそが 自分たちの行動意義であると、タタラは十分に分かっている。

「叛逆者を殺せ!」

 という命令に騎士たちは一斉にタタラへと襲いかかるはずなのだが、騎士たちは一歩も動こうとしない。

 ―――油断ならない相手にはすぐには突っ込まない。

 タタラのいた頃と何ら変わっていない教育方針。

「…意外とお利口さんたちなんだね。王下騎士団の教育が維持されていて結構な事だ」

 タタラが口を開いた矢先、既に剣が迫っていた。それを紙一重に避けてシスターを抱きかかえ孤児院の玄関口まで後退する。シスターを降ろすと斬りかかってきた騎士を見据えていた。

「…少しは人の隙をつけるような人間になれたようだね。ユクトワール」

「今はこの俺が王下騎士団長だ。もう師匠面などするなッ!聖魔のタタラ!」

 タタラは数メートル前に出ると自分の後ろ、シスターを含む孤児院全体に透明な結界を張り巡らせた。後ろの王下騎士たちは張られた結界に警戒を隠せない。

「なぁに。子どもたちが音で起きないように遮音する結界を張っただけさ。君たちを攻撃するための結界じゃあないよ」

 ユクトワールを含め、王下騎士団全てがタタラを取り囲むように突撃していく。

「…ユクトワール。一つ忘れていないかい…?」

「ッ!!―――全軍下が―――」

 ユクトワールが騎士たちに下がるように命じた矢先、次々と騎士たちが持っている剣や盾を落としていく。

 威圧―――名の通り、敵を威圧するプレッシャーを魔力に乗せて周囲に放出する術。

 人が放てるプレッシャーを魔力で増幅し、戦わずして勝つという言葉を実現出来ないか、とタタラが思い失敗を繰り返しながら編み出したものである。

「アルスレッド最強と謳われる王下騎士団がそれくらいで手足が怯えてどうするのかな…」

 騎士団がタタラの威圧に畏怖し、脳が理解するよりも先に、手足に力が入らなくなったようだ。しかしそれは全員ではない。

「…これが歴代の王下騎士団長の中で三本の指に入ると言われている聖魔のタタラの実力か…。これほどとは…」

 国王がタタラの実力を目の当たりにし感心しているところで、騎士団をかき分けて手足を震わせながらも剣を両手で握り、タタラに剣先を向けるアルスレッド国王の息子。スピネル王子。

「父上の言う事は絶対なんだ…父上がカグヤを差し出せというのなら黙って差し出せこの叛逆者ァアア!」

 覚束ない動きで大きく剣を振りかぶり、タタラへと振り下ろす。しかしそれは魔力を纏ったタタラの右手で止められ、スピネルが必死になっても剣は離れない。

「…殿下。黙りやがれくださいませ」

 タタラは剣を止めている力とは裏腹に爽やかな笑顔で言い放った。

 スピネルは怖気づいて剣から手を離し、もうダッシュで国王の後ろへと戻る。

 そして、タタラは魔力を手に集中させ鉄製の剣にヒビを入れながらこう言う。

「昨日パメルスにも同じような事言ったけど…改めて言う。


                    ―――俺の生徒たちに手を出すな」

 タタラの表情は怒りに満ちていて、その身に纏う雰囲気に国王陛下一行は撤退を余儀なくされるのだった。

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