第57話:ソロモンの指輪
セクバニア聖騎士団国領土内、タタラの王宮には魔術王ソロモンの研究工房を地下に併設していた。うす暗い部屋の中、クリスタルの光の点滅が徐々に早まっている。
――――様々な彩りのクリスタルの数は67。
様々な色や形で中央に立つソロモンを称えるかのように配置されている。工房の隅っこの壁に背中を預けて腕組をしている白銀の騎士。顔は甲冑で全く見えない。
「おおぉ…素晴らしい…。これで67…あと五つもの柱が揃えば…この私が真の王…いや、真の神へと至る道しるべとなろうな。アルスレッド王国の王下騎士団か何か知らんが…その騎士団長如きがこの国を統べていいはずがない。全てはこの魔術王ソロモンのための土地、人…そして竜族。この指輪と私の力にひれ伏す事になる」
魔術王ソロモン。王に甘く、部下に厳しいとされるこの人物はその実、セクバニア騎士団国連合の聖騎士団国や一部騎士団国を除く、全ての騎士団国総勢10万もの騎士、一般市民を裏で操り、タタラたちに平和なセクバニアの風景を拝ませていただけの極悪人である。
彼の目指すものはただ一つ、真の魔術王たる実力。そのためには魔力を打ち消すタタラと、ソロモン自身より強いローゼンを排除しなければならない。
「真の神は傲りすぎであるが、その無礼を許そう。お前が白く清浄なる世界のためにその指輪を使う事を祈っている」
白銀の騎士は踵を返して外へ出ていく。
「聖なる使いをあまり信用してはいないが感謝するぞ。大天使ミカエル」
その白銀の騎士に向けてソロモンは背を向けたままで口端を吊り上げる。
「我々も邪なる力を求める人間族など信用していない。しかし主の命とあっては仕方ない。清浄なる世界に戻したのならば、指輪のもう半分を祝いとして贈ろう」
「さてはもう片方を私がつける事で自身が操られる事を恐れているな。四大天使ともあろう存在が忌み嫌う人間族に操られるほどみっともない事はないからな」
ミカエルが鼻を鳴らした瞬間、彼の足元に純白の魔法陣が出現すると共に、白銀の鎧がどさっと地面に落ちた。
鎧の中に入っていたのは大量の羽根だった。
ミカエルと入れ替わるように、ドアをノックして入ってきたのは薄汚く顔が歪んでいる騎士。しかし肩にセクバニア聖騎士団の紋章がある。軍神の直轄部隊の騎士と言うことがよくわかる。
この騎士こそ、タタラたちがセクバニア領を出る際に、すれ違った騎士団の中で唯一、タタラたちに不穏な笑みを浮かべていた人物である。
「どうじゃ、軍神のほうは」
「予想以上の堅物と見えます。魔術王陛下の言伝をさせていただきましたが断固拒否の態勢のようです。…ましてや幹部でもない私に謁見の機会など与えられるわけもなく…」
即座にソロモンをその騎士を睨んだ。騎士は即座に頭を深々と地面へ押し付ける。
「痴れ者が!門前払いを受けて良くない結果を持ち帰りおって!」
ソロモンは足元においてあった30センチもの鉄棒で騎士を殴りつけた。
騎士の結果に納得いかないといった様子で頭をかきむしるソロモン。
「もういい。こちらにはいい手がある。それに…アレを使えば軍神のみならず、セクバニア設立に携わった全ての大物が一カ所に集結する。なんといっても仲間を重んじる群れなのだから」
ソロモンは後ろを振り返る。小汚い騎士もその顔を上げて薄明かりに照らされた人ひとり収まるような巨大な縦型瓶に入っている存在に息を呑む。
「こ、これは…そんな…。ならば今あの地は誰が!」
「人の形、性格、魔力までもそっくりになれる魔神は一柱しかおるまいて」
「しかしアレは、魔女に封じ込められたはず…!」
ソロモンは喉を鳴らすように笑い、騎士に振り向く。
「この魔術王が自分より格上の術士を封じ込める策がないとでも?」
その言葉に騎士はハッとなり、小刻みに震えながら頭を再び下げる。
「たかが一つの町を覆う程度の聖魔の威力で魔神の力を弱める事など不可能。もちろん、この67の魔神たちもじゃ。あの魔女が勝ち誇って封じ込めたのは…ククク…じきに分かる。その時が来ればワシは愉快に笑いこける事が出来るだろうなぁ。…おぉそうじゃ。おぬしにチャンスをやろう。あの娘を使え。さすれば動揺を誘って一人くらいは刺し違えてでも始末出来るかもしれんしなぁ」
騎士に魔術王はガラス瓶よりも向こうを指す。
そこには無数の蔦で捕らえられて目を覚まさないアスベニ騎士団の幹部騎士、【新緑】カステリーゼ・トネルコフの姿があった。
そう、セクバニア全土は今や魔術王の手のひらの上。連合全土に張り巡らされた蜘蛛の糸は、着々と王の首へと迫っていたのだった。
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