第22話:妖霊威圧

 ―――妖霊威圧ようれいいあつ

 聞く限り、現王下騎士団が孤児院に押し掛けた際にタタラが使った【威圧いあつ】と同系統に思える。

 しかし、タタラの威圧はあくまで自身の放つプレッシャーに魔力を纏わせて相手の心を圧倒するものであって妖霊威圧とは名前は似ても、中身は似つかない。

「伝承やその関連書物によると妖霊威圧は発動者を中心とする空間に波紋のように 広がる力であり、魔力を全く必要としない。先ほど発動した妖霊威圧はまだあくまで子どもレベルの域を脱してはいないが、ここ300年で一番の威力だ。お前たち騎士団が何ともなかった事とギルバート《あれ》以外の子どもが気絶したのは恐らく寝ている狐の娘の無意識的な制御によるものだろう」

「それで妖霊威圧の力ってどんなものなのよ」

 モンバットとメローナはまだピンと来ていない。

「精神と身体の圧迫。と言えば緩いが、この妖霊威圧は様々な事が可能だ。対象者の精神を圧迫し恐怖を与える事や、文字通り身体を潰す事は造作もない。もちろん妖霊威圧をコントロール出来ればな。伝説に残っている神とやらはこの妖霊威圧で自然に干渉し、民に様々な試練を与えたとも記されている。…しかし自然へ干渉したと言うと聞こえはいいが実際は心を持たない森羅万象すらも制圧し、制御する。それらを全てをでだ。

ただし、この強大な力にはリスクがある。発動と同時の発動者の寿命を削る。その狐の娘はもう通常の半分程度の時間しか生きられぬだろうな」

「そんな…つまり妖霊威圧をコントロール出来なければさっきみたいに無意識の中で命を削ってるって事なの…?!」

 如何にも、とローゼンは人差し指を立てる。

「妖霊威圧の弊害は他にもある。それは妖霊威圧を受けた者の後遺症の可能性だ。あれだけの強い力を受けて我々はともかく、子どもたちに何もないわけがない。特に…妖霊威圧を受けて影響のないように見えるあの小僧はな」

 ルミリアがすぐさま外傷など目に見える箇所を探るがギルバートには何も残っていない。

「起きたらすぐに子どもたちの精神鑑定をしないといけないわね」

 ルミリアはギルバートを含め他の子どもたちを見つめている。他の3人より関わる時間が長かった分、子どもたちの健康にはかなり気を使っているようだ。

 そこでタタラはある事に気がつく。

「…ローゼン。少しずつ町が直っていっているのは気のせいかい?」

「気のせいだ。ましてや私が直々に直しているなんて事はありえない。もしあるとすればただの気まぐれだ。男が小さな事を気にするな、たわけ」

 ローゼンは腰に手を当てている指先だけで倒壊した建物を持ち上げ、復旧している。

 やり過ぎたという反省が入り混じっているのか、ローゼンは釈然としない顔をしている。それを見てタタラはクスリと笑う。

 ローゼンはそれだけではなく、狂戦士たちが倒壊させた建物が人に当たる直前で軌道を逸らした上で、一般騎士へ死傷者多数という偽の情報を流し国を混乱へと導いた。

 つまりはこの一連の騒動に死傷者は出なかったのである。

「…お前に言えた立場ではないな。私も相当なお人好しらしい…」

 とローゼンが口にした途端。金属が落下した音が多重に聞こえた。

 タタラたちが振り向くと50人の王下騎士が気を失って倒れているではないか。

「ローゼン…貴女…」

 この上なくジトーッとした目で空を眺めるローゼンにモンバットが呟く。

「現騎士団長の者が島へ入った途端、仲間を逸れさせる幻術をかけ、なおかつ幻術で出来た騎士たちを騎士団長へ付き添わせて私の元へ誘導した。騎士団長には本当に狂化の魔術をかけたが死んでは詰まらんから聖属性の魔術でしかどうにか出来ないように施したまでの事。決してタタラがいるかもしれない、と期待を寄せたわけではない。あくまで私の勘とこの男との縁を信じての事だ」

「それは期待していたと言ってもいいんじゃないかしら…」

「…あ”ー…そうだともそうだとも。認めよう。完敗だ。自ら墓穴を掘ってしまった。魔女としてもまだまだ半人前がいいところだな。逆に言わせてもらうが、自分の夫に期待しない嫁がどこにいるというんだ…」

 タタラはローゼンのほうを向いてため息をつく。

 お前から言うなんて、と。

「「「えぇえええええええ!?」」」

 ルミリア、モンバット、メローナは驚愕し、揃って声を上げる。

「なんだ。言ってなかったのか」

「あのね!?逆に言うタイミングがどこにあったの!?ピリピリしてたでしょ!?あの空間でいきなり”あ、嫁だ”なんて言えるわけないでしょ!? 伝説とも噂されるイシュバリアの魔女なんだからそのくらいの脳は使ってくれるかな!?」

ローゼンに対する鋭いツッコミはいつもののんびりしているタタラではなく、誰が見ても彼の素なんだと感じてしまうほどに自然体だった。

「ふむ…では信じてもらうために、たまには妻らしい事をしてみるか」

「…というと?」

 ローゼンの言葉にタタラは期待を皆無にした真顔で尋ねる。

 タタラへ言葉を返さずに、ローゼンは手をへその辺りに添えて深々とお辞儀をした。

「いつも夫がお世話になっております。…どうだ。実に妻らしい」

「あー。うん。妻みたいだね。凄い凄い。」

 腕を組み、達成感を噛みしめるローゼンに真顔のタタラが挑発的に褒め言葉を棒読みする。

「ともかくローゼン。まずは輝夜の妖霊威圧を抑制する事が大事だと思うんだけど…良い手ないのかな?」

 タタラが脳内で必死に模索する中でローゼンは人差し指を立て、あるぞ、と呟いた。

「各地に散らばる紅い魔石を3つ集め、それを加工して一つのアクセサリーとして身につければ妖霊威圧と言えどその発動を止める事は出来ような…ただその魔石の在り処は私にも分からん。反応くらいは辿って魔石のある土地のどこかへ導く事は出来るだろうが…それでは時間が足りない」

 ローゼンの最後の言葉にその場の全員が深く考え込む。

 時間がない。場合によってはもっと縮まる可能性もある。

「…魔石のある場所へ飛ばしてもらって、魔石を手に入れたら次の土地へ飛ぶ術式、なんていうのは無理かしら」

 モンバットは提案する。それは―――

「可能ではあるが…そんな術式、まず体に相当な負荷が―――」

「私が行くわ」

 ―――全てを察した男の覚悟の表情だった。



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