第63話:虚影
白銀に輝く水晶の柱が見える。
ここはセクバニア騎士団国連合の東に位置するハインツエム・ムローヌが治めるムローヌ聖騎士団国の郊外に位置する水晶採掘地。通常であれば採掘師たちがせっせと仕事に励んでいるようだが、見渡しても人一人見つからない異様は光景だった。
「くっそ。俺の加速魔術を逆手にとられた…すまねぇ」
「いや、逆だよ。飛ばされたのがムローヌ地方でよかった。ハインツエムにもセクバニアの状況を伝えないとね」
悔しさを露わにするプロメタルにタタラが彼の肩を優しく二度叩くと、一行はゆっくりとハインツエムのいるであろう都市部の中心にそびえたつ鋼鉄と魔力を込めた水晶で作られた塔、通称【晶城ハインツエム】へと向かって歩いていく。
だがその動きは目の前に現れたハインツエムがタタラたちの視界に移ったことで止まる。
「ハインツエム、どうしてここに?」
「急に強大な魔力を感じたから来てみたのですよ。魔力の元があなた方でよかった。最近、どうも”東”が変でして」
タタラへとハインツエムは説明を始める。
ハインツエムが城を構えるムローヌ聖騎士団国はプロメタル聖騎士団国が西側からの侵攻を食い止めるように、西側に存在するキリエル大司教国からの侵攻を防ぐ役割を持っている。
ハインツエムによると大司教国からの侵攻が昨夜ぴたりと止んだのだという。
「それもおかしな話だね。…それと僕たちが大司教の大天使たちをやってしまったから君に負担が圧し掛かってしまった事は謝るよ」
「いえいえ。名ばかりで好戦的な彼らの事です。団長たちから手を出す事は稀ですし、彼らから絡んできたのでしょう?それでしたら、私は役目を全うするのみ。西のほうで聖魔の光を見た時に助けが必要かと思いまして、マガツさんにそちらに向かってもらったのもそのためです。本当ならもう少し早く合流していたと思ったのですが…」
「そうだったのね。通りで方向音痴のマガツが私たちと無事に合流出来たわけね。…それにしても久しぶりね。ハインツエム」
アステラーナは自国にマガツが来た事に納得すると共に、皮肉のごとく、マガツの弱いところを悪気なくついた。
「…地形が難しいのが悪い。我は悪くない」
マガツが少し遅れてでも辿りつけたのもハインツエムの几帳面な性格のおかげだ。彼が描いた几帳面を絵に描いたような地図をマガツは開くと、もはやその地図は職人が手掛けたものに限りなく近かった。
「ともかく事情を説明するよ。ゆっくり出来る場所でどうかな?」
「えぇ。それがいいと思います。ではこちらへ」
ハインツエムが自分の城へ移動しようとしたところ、ドスンとオーガンが膝をつく。
「オーガン、どうした…?」
途端、オーガンが胸を掻き苦しみ始める。
「オーガン、大丈夫か?」
プロメタルがオーガンへ駆け寄るが、そのプロメタルも崩れるように倒れ、突如発生した腹の内部からの激痛にオーガン同様もがき苦しみ始める。
「二人ともどうしたっていうのよ…うっ」
二人を呼びかけたアステラーナ、そして何も口を出していないマガツまでもが倒れ、その場で苦しみ始める。
「ミレハ、ハインツエム、君たちは無事かい?!」
「私は…大丈夫…それよりも皆大丈夫かな…」
ミレハの目が潤み始める。ミレハはアステラーナに寄り添い、押さえているお腹を必死に撫で始める。
「私も何もございません…しかし一体何が―――起きたんでしょうネ」
タタラがミレハの姿を眺めるため、ハインツエムから目をそらした瞬間。タタラの胸から背中にかけてレイピアが貫通した。
そのレイピアはハインツエムの手によってタタラへと向けられたものだった事に、もがき苦しみながらも二人を見ていた4人が目を疑い、アステラーナは腹に淀む激痛に耐えながらミレハを抱き寄せる。自分の胸で彼女がタタラの状態に気づかないようにしたのだ。
「ハインツエム…どうして…」
タタラは即座に飛び退くも、胸からの出血は収まらない。
「…さすがの反応速度と言ったところデスカ。おかげで命拾いしましたね。しかし…残念です。この国の聖騎士団長のレイピアに我ら特製の毒を仕込ませてもらいマシタ。私の虚影を打倒した事は褒めましょう。しかしたかが魔力の塊を倒したところで私自身を倒す力量には遠く及びませン」
その異様な雰囲気にタタラは段々と理解していった。
4人の腹の痛み方がどこかで見た風景に似ていた。それも最近の事だ。
「ダンタリウス…?」
タタラはふと黒い鎧の騎士の名を口にする。そこから繋がる点と点。途端、タタラは目を見開き、ハインツエムを凝視する。
「お判りになられましたー?そうです。あなたが聖魔によって弱体化させ、魔女ローゼンによって封印されたのは私の虚影魔法によって作られた私の断片。そして今の姿も私の虚影魔法によるもの…外見も中身も完全に他人になりすませる。だからこの聖騎士団国を乗っ取る事も容易かった。マガツを行かせたのも全ては契約者の悲願のため」
「…ソロモン」
ハインツエムの姿をした敵をただ睨むしか出来ないタタラ、マガツ、プロメタル、オーガンそしてアステラーナ。アステラーナの胸の中でミレハは事態を呑み込めていないのが救いかもしれない。
「さぁ今度こそ死んでもらいましょう。その出血量ではもう自然と死んでしまうでしょうケド!―――影!?」
ハインツエムの姿をした敵がレイピアでタタラの頭を貫こうとした瞬間、そのレイピアはタタラの影によって阻まれる。
当の本人のタタラも既に立ち上がって回避する寸前だったために、予期せぬ時代に周りを見渡す。
「私のタタラ様に何してくれてやがるんですか。同胞のカタチをした誰かさん」
タタラの影を操った猫はゆっくりとタタラの影から湧き出るように出てきたかと思えば、即座にハインツエムの姿をした敵の首元を掻き切る凶刃が寸前まで迫るも、ぎりぎりのところで敵の影に阻まれる。
体をくねらせ、すぐさまにタタラの近くに着地し、寄り添い、タタラの影で傷口を覆い応急的に止血処理をした。
「メローナ…なんで君が…」
タタラが自分の影から現れた仲間、メローナに問いかける。
「あまりに心配でしたので。仕掛けをしてくるのに時間がかかり…先ほどの一撃に反応出来ず申し訳ありません。皆…久しぶりね!」
腹を抱えて苦しむ4人にメローナは4人それぞれの影を伸ばし、腹の中へと差し込む。魔術による干渉のため出血はないが、4人の苦悶の声がより大きくなる。
声が収まると同時に4人の伸びた影が刺々しく変化を繰り返す黒い靄を取り出した。その靄は空気に触れた途端、霧散し、ハインツエムの姿をした敵へと吸い込まれるように内部へと入っていった。
「…助かったわメローナ。この子をお願い出来るかしら。この子は――――」
「うん、知ってる。刺激物は見せちゃダメなのも。もし見せたらどうなるかっていうのも。経験済みだから大丈夫!でもあなたが守っていてアステラーナ。私はここに残る」
メローナはミレハの事をよく知っている。髪色が変わろうと一度見た人の事を忘れる事はまずない。恩師であるタタラが娘のように大切に思っている存在ならば尚更。
「タタラ様。早くセクバニアへ向かってください。ここは私が食い止めます」
タタラにいつものようなやんわりとした笑みをメローナは向けない。目の前に存在する敵には片時も油断は許されない。魔術の力だけの実力差は歴然。それでもなお、メローナはタタラたちを先に行かせる決心をしたのだ。
「…頼んだよ」
戦いの結果は見えている。しかしタタラたちは起き上がりながらメローナへは顔を背ける。一度でも見てしまえば体がこの場に居座ってしまいそうになるからだ。
メローナの魔術によって傷は抑えられているが離れてしまえばタタラの傷はまた開いてしまう。
「大丈夫ですよ。その応急処置はタタラ様の影で行っていますから、離れてもタタラ様の魔力で抑える事は可能です。ですから…はやく」
タタラたちの背中から土煙が舞う。メローナと敵がぶつかったに違いない。
それを感じ取りながらタタラたちは再び、プロメタルの加速魔術によってセクバニア騎士団国連合へと急行するのであった。
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