第65話:救出など必要なし。
ソロモンは誤算をしていた。そもそもタタラの力量しか知らない時点で気づくべきだった。
「まさかお前達は・・・聖魔のタタラよりも強いというのか・・・」
先ほどまでの余裕とは裏腹に、怒りと悔しさが滲み出たくしゃくしゃの表情を浮かべ、ソロモンは自分の前に立ちはだかる騎士団を睨む。
「僕は一人だけじゃ弱い。だから僕が出来ない事を出来る仲間を集めたのさ。騎士団で見かけた全ての人を救えるように、全ての人の支えとなるためにね。人は一人では本当の最強にはなれない。それは君も同じだ、ソロモン」
タタラの真っ直ぐな思いがソロモンの心に突き刺さる。生唾を飲み込み思わず出そうになる言葉をぐっと堪え、自分の執念とプライドを全面に押しだし、マルスから五柱の魔神たちを紫色の靄として抜き取る。
その靄を空高く掲げ、タタラのほうへと顔を向け、喉元まで来ている言葉を心の中だけで呟く。
―――すみませぬ。陛下。もう後戻りは出来ないのです。
「どれだけ強かろうと、”人間”が集まったとて微塵の脅威にもならん!魔神を従えるこの私こそが全ての大地を統一し、全ての種族を従わせる絶対的な指導者として王座に就かねばならん!そのためには私を踏み台に信頼を得ているお前達を根絶やしにせねばならん!この儂こそがァ!王じゃァ!」
ソロモンは靄を地面へと叩きつける。すると地面に半径20メートルほどの魔方陣が展開され、周囲の魔力が魔方陣に向かって集約し始めた。
タタラたちは危険を感じ、離れた瞬間、ソロモンを中心に展開する巨大魔方陣が紫色の煙を周囲にまき散らし、爆発した。
「こいつは・・・マジかよおい・・・」
プロメタルは皮肉のように吐き捨てながら斧の持ち手をグッと握り直す。
「魔神一体でも厄介なのにね・・・これはまた」
タタラは魔力の盾と剣を持ち構える。
タタラたちの目の前に広がるのは焼け野原になった建物の残骸とそこにズラリと並ぶ70体もの魔神。
「見よ。これがお前が国を留守にしている間にかき集め契約を果たしたソロモン七十二柱の悪魔たち。我が野望のために己のプライドを押し殺してでも手に入れた世界を統一する力!お前達はこれに蹂躙され、魔術王に逆賊として刃向かった反英雄としてこの先永遠と語り継がれるがいい・・・魔女を捉えている以上、魔神に立ち向かう術はないに等しい。強いて言うならば聖魔か?人に憑依せず真なる姿を顕現した魔神に効くかは知らんがな―――性懲りもなく・・・魔力の無駄遣いとは分からぬのか」
ソロモンは再び空中へと浮遊し、高みの見物を始める。と同時にセクバニアの街全体を囲むように東西南北から光の柱が上がる。
「此処に
聖なる光にセクバニアの街が包まれる。清浄なる魔力の奔流が魔神たちとソロモン、タタラたちをも飲み込み―――突如闇に喰われた。
「いつかは放つと思っておりましたとも"元"陛下。それを放つのにあなたがどれだけの魔力をお使いになるか私が把握していないはずはないと思いませんでしたかのう?その魔力・・・ありがたく私の糧とさせてもらいましたとも。アナタは全力をこの私の手によって消し去られ、肝心の魔神の弱体化も成し得ず嬲られながらお仲間が死にゆく様を見て逝きなさい」
もはや魔術王に安定した心はない。魔神の魔力を近くに置きすぎた上に完全体として魔神を権限させた事で精神が汚染され、自身の口調の癖さえ無意識に発せないでいる。
ソロモンのセリフ通りかのように、タタラたちは魔神たちに蹂躙されていく。善戦するも、どれだけ吹っ飛ばそうともびくともしない魔神たち。のみならず魔神たちがそれぞれ従える使い魔はセクバニア全体へと飛び立っていく。使い魔といえど、人間など容易く殺せるだろう。
タタラは魔神に首を絞められ、仲間たちが傷だらけになっていく様を見て怒り叫ぶ。ソロモンは顔を歪ませ、連れてきた事を後悔させるかのようにタタラへの精神のトドメにミレハに向かって槍を持った魔神に刺突を命じる。
タタラの目は既にその様子を捉え、魔神を力任せに振りほどきながらミレハに手を伸ばす。
しかし彼女の名を呼ぶ声虚しく、槍は彼女を貫いた。
「全ては貴様の失態。お分かりかロアクリフ王!これが!貴様の死に際の光景だ!よく覚えてあの世へ旅立て!さらばだ!王下騎士団!聖魔のタタラ!」
ソロモンがミレハに刺さった槍と同じものを作り出し、タタラへと放つ。タタラは魔神たちによって身動きを封じられ、その槍を心臓に受けてしまった。暗くなっていく意識の中で仲間たちも同様に殺されていくのをタタラはただ何もする事なく、地面へと倒れた。
体から何かが抜けていく感覚の中、タタラは何故かセクバニア地方からアステラ地方へ向かっている馬車の上での会話を思い出していた。そこでローゼンの言葉が耳に響いた。
――――お前は弱いからな。私が守ってやらねばなるまい
何かが割れた音が聞こえた。気づけばタタラも仲間も、ミレハも何事もなく倒れているだけ。ゆったりと目を開けそれを確認したタタラは顔を上げる。目の前には赤い紋様の入った黒衣に身を包んだ見慣れた妻の背中があった。
「貴様・・・どうやって・・・それに・・・なんじゃ今のは・・・確かに殺したはず・・・」
ローゼンは口を開く事もなく、鍔がより広いエナンを揺らして混乱の渦中にいるソロモンの真下に向かって近づいていく。
ソロモンが命令する間もなく、魔神たちは”似た匂い”のするローゼンへ矛先を変え、向かっていくが近づく者は見えない壁に阻まれ、遠くから魔術の波状攻撃をすれどもローゼンに届く様子もない。
狼狽える魔神たち。人の世で龍神族にも引けをとらないと自他共に誇っている最強の悪魔たちの力すら及ばないのだから無理もない。
「アザリンデ・クレオス」
ローゼンは指先に小さな黒い炎を点すとそれを地面へ向け、息で飛ばした。地面についた炎は地面を這い、全ての魔神へと分散し、足下で小さな爆発を起こし、残って体の自由を奪おうとする魔神達もタタラたちから強制的に引き離された。
「ソリンデル・ライデン」
ローゼンは歩きながら次にゆっくりと人差し指を空へを向け、細々しい電撃を放つと空の雲が黒く染まり、落雷が次々と魔神達だけを狙い撃ちにする。
「フォエール・ダイミング」
狙い撃ちにされた魔神たちは突如起こった水渦の中心へと吸い込まれるように流されていく。
「何がどうなっている・・・魔女の力は死なない程度に抜き取ったはず・・・それなのにこれほどの力があるなどありえん・・・それに」
ソロモンはある一点に強い苛立ちを覚えていた。タタラたちが水中に巻き込まれているにも関わらず息をする事も出来れば、渦の力に影響される事なく、その場に留まっている事に。これだけ大規模な魔術でありながらピンポイントで水流を調節し、なおかつ一人一人に息が出来るように空気の膜を形成する繊細さ。一流中の一流魔術師である自分でさえも成し得ない超異次元的な高等技術。それを彼女は体の一部を使った繊細な操作さえもせず、何食わぬ顔で何も体を動かさず行っている。
それによってソロモンは怒りと共に劣等感も感じていた。
「アンザス・テンペスト」
魔神全てが渦の中心に集まった途端、竜巻が魔神達を上空に巻き上げる。ローゼンは既にソロモンの目の前をわざと通り、更に上空へ。一斉に巻き上がった魔神達が体勢を整え、各々翼を広げた途端、地面へと叩きつけられる。
何が起こったのか、この場の誰もが分からない顔をする中、ローゼンは背中にかけている赤渕の黒衣を風に揺らしながら両手を交差させている。広げている指をゆっくりと握っていく度に魔神達が苦悶の叫び声を上げながら地面深くへとめり込んでいく。そして彼女は目を閉じこう呟く。
「メリオ・グランデ」
同時に指を握りきると魔神達の体は爆音と共に土煙をまき散らし地面の更に深みへと押しつけられた。
「侮るなよ魔術王。全ては”儀式準備の整っていないお前”を炙り出すための策略だ。たかだか”魔神ごとき”で私を止められると思うなよ」
その光景、この状況を誰が想像しただろうか。ソロモンは万全を予期して臨んだつもりがローゼンの魔力を得た事で計画の実行を急いで表沙汰にした。それがローゼンの狙いだとも気づかずに。
――――ソロモンは気づいていない。
自分が奪ったローゼンの力は1%にも満ちていない事を。
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