第25話:魔術王ソロモン
「…ほう。お前も少しはやるようになったのだな」
ローゼンは目の前の光景に感心する。
入ったのはボロ小屋。
しかしその中はそれからは考えられない内装かつセクバニアでは見た事のない景色が広がっていた。
セクバニアから遥か東の果てにある倭ノ国の内装だ。
朱く彩られた檜を純金の装飾がより引き立たせる。
セクバニア人からすればそこはまさに異世界だ。
「ぅ…うぅん?」
タタラの背中で眠っていた王女が目を覚ます。
「ミレハ…ようやく起きたかい?」
タタラはミレハを背中から降ろすと、ミレハの視線と同じ高さになるように膝を曲げる。
「お父様…? 私寝ていたの…?」
その一言を聞き、タタラは笑みを浮かべるとローゼンと顔を合わせて親指を立てた。
「さっきお出かけしていたら途中で疲れたみたいだね。大丈夫、もうおうちについたから…部屋までついていくよ」
「うん、いつもありがとうお父様。大変なお仕事お疲れ様」
「ああ。それじゃいこっか!」
ミレハと手を繋ぎ、タタラは一階にある子ども用の寝室へと連れていく。
その様子を見ていたローゼンの口からは自然な笑みがこぼれる。
タタラがミレハを部屋へ入れるとその部屋全体に遮音の術式を施す。
―――不要な情報はミレハに聞かせるわけにはいかない。
暫く留守にしていたため、セクバニアの現状を知る必要があるのだ。
「…出てきていいよ。ソロモン」
「さすがはタタラ様。気づかれていたのですね。今回はいつもよりお早いお帰りで何よりです」
タタラがソロモンと呼んだ男はローゼンの前方10メートル先に白いローブを身に纏った状態で姿を現した。
ソロモンがフードに手をかけ、気の良さそうな老顔を顕わにする。
パッと見、怒る事がなく小さな子どもには余計に優しい印象を持てる彼だが、子どもに優しいという印象以外は全く逆で高官たちにはモンスターと呼ばれるほどに人を叱る事で有名だ。
10歳ごろから王族側近の業務を行ってきたため、高官たちの中で王族の事に関して彼の右に出る者はいない。
タタラはもちろんの事、王族の信頼を得ているのが何よりの証拠だ。
そして彼はローゼンを除く魔術師の中で、セクバニアの魔術師としての最高名誉である【魔術王】という称号を得ている。実力も相応という事だ。
「そして…貴女様がかの伝説の…イシュバリアの魔女で違いありませんな…?」
「ああ、間違いない。―――皆まで言うまい。魔力の質でわかるものだろう?セクバニアの魔術王よ」
「フォッフォッフォ…ご名答。さすがはイシュバリアの魔女様、勘が鋭い。それで…何故貴女のようなお方がこの居城に?」
ソロモンは長く伸ばした白い髭を撫でながら笑うと、ふと疑問に思ったことをそのまま口に出す。
タタラはローゼンの横まで移動してくるなり口を開いた。
「嗚呼、俺の嫁だ」
「…はい?」
「だから俺の嫁だ」
ソロモンは目を点にする。
軍神マルスと全く同じ反応であるのが面白いのかローゼンは含み笑いをし始める。
「えぇえええええ…イシュバリアの魔女様とご結婚でございますか!?!?」
ソロモンは年甲斐もなく大きく顎を開き、目玉が飛び出すくらい目を見開く。
「ダメかい? 特に見合い制度もないから自分で選んだんだけど」
「えぇええいや…構わないと思います法的には何の問題も…しかしですね…私はともかく、頭の固い軍神がどう仰られるか…」
ソロモンは困惑した表情を浮かべるも持ち前の思考回転の早さで冷静さを即座に取り戻し、最終的にはマルスの事を思い出して苦笑いを浮かべる。
「さっき会ったけど、お前と同じ反応だったよ…?」
「当たり前でございます!私でも戸惑ったのですからあの頭の固い軍神が、はいそうですかと認めるはずもございません!!」
「ですよねー…だから魔術王の腕《ここ》が、試されるんじゃないのかな?ね、魔術王。君の実力は何も魔術にだけじゃないよね?」
タタラは明らかに裏に黒いモノを孕ませながら、柔らかな笑顔で自分の腕をポンポンと叩きながらソロモンを説得する。
魔術王ともなればタタラの願いと言えど、その裏に何があるかなどお見通しであるからこのような我侭は通すはずもない。
「しょーーーーーーうがないですなぁ…王にそこまで言われてしまっては私の全力を以って軍神を説得いたしましょう…! この魔術王ソロモンにお任せください!」
この魔術翁は王族以外には厳しい。厳しいのだ。
その分、王族…特に自身に軍神と並ぶ称号、魔術王の名を授けてくれたタタラの言葉には非常に弱い。
そして褒められて伸びるタイプでもある。
外見は老人であるが、これでもタタラと同い年である。
ソロモンはルンルンと鼻歌を歌いながら居城の外へと出て行く。
タタラはドヤ顔でローゼンを見つめる。
「…お前よりバカがこの世にいたとはな」
「なんだよー!褒めちぎって交渉に勝ったんだから褒めろよなー」
「あれは交渉と認めない。単に相性が良かっただけの事だ。たわけ…それはそうと私もこんな薄汚れたローブでいるわけにもいかないだろう。―――何と言っても私はお前の妻、王妃なのだからな。もちろんミレハもだ」
この瞬間、この状況を一番楽しんでいるのは他でもないローゼンである事をタタラは認識した。
「…着替えたらセクバニアの今の情報を集めるとしよう。僕がいない間に、事件一つ起きていない、なんて事はまずありえないからね」
ローゼンはそれに頷く。
同時にタタラは何となく嫌な気がした。
「この気持ちがただの気のせいであればいいけどね」
そう呟くとタタラはローゼンを連れて入り口から見て最奥にある書斎へと入っていった。
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