第55話:龍神王たるその力、人に敵う術なし。
アステラーナは膝をついているが、それより上は起こしたまま腕はだらんと下ろしている。アステラーナの使う破壊魔術は魔力の消耗が他の魔術に比べて著しく激しいため、
彼女の奥義で生きている人はいない。そもそも使うほどの相手がいなかったのだ。彼女が破壊魔術を発動するだけで人は恐れおののき、向かってきた者は逃げる事を考える間もなく更なる力をつける事なく命を破壊される。
「やったな、アステラーナ」
プロメタルが先陣を切り、今にも倒れそうなアステラーナに肩を貸す。
「さすがに竜族と言えど、アステラーナの一撃を貰ったら細胞一つ残らないさ」
プロメタルに続いてタタラを含む残りの者たちがやってきた。タタラは顔を俯かせ疲労しきっているアステラーナの頭を優しく撫でると頬は淡く染まり、にこやかな笑みを口元に浮かべていた。アステラーナの
人の無限の可能性を信じ続け、修行を続けた結果、このように竜という人でない存在にも対抗出来たのだ。加えて大好きなタタラからの褒め言葉と頭を撫でられるという行為はアステラーナにとっても感無量のはからいだった。
その時、辺り一帯の空気が張りつめた。否、厳密にいえば張りつめてなどいない。これはタタラを含む”もしかして”という極微量な不安の顕現とも言えるだろう。
―――熱き暴風が舞い戻ってきたのだ。
背中から体に合わない龍の翼を生やし、人でいう心臓部分を中心に胸元がひび割れ、ひびの中から熱を帯びた光を放っている。
「人間族にしては中々の力を感じた。ほとんど自然治癒で治す事が出来たものの…直接触られたところだけが治らぬ。破壊魔法の下位互換と言えど、人間の身でよくもまぁそれほど諸刃の剣を背負っているものよ」
竜人はタタラたちの全力の連携攻撃を受けたにも関わらず、呑気に呆けている。
即座に動き出したのはマルスとタタラだ。
タタラとマルスの交錯する剣技は人の身に似ている竜人の手に鷲掴みにされ、マルスの剣は折れ、タタラの魔力剣は竜人へと吸い込まれてしまった。その状況に一瞬気を取られたマルスは竜人が放ったリバーブローで5mほど宙に浮いた後すぐさま地面へ落とされるとそのままの状態で動かなくなった。
タタラに裏拳を放った竜人だがタタラは既に万能魔術中にある形成魔術を使い、折れたマルスの剣から”鉄の盾”を形成。すかさず盾ごと、吹き飛ばされるもタタラは致命傷を免れた。
アステラーナに肩を貸していたプロメタルは竜人を見るなり尻餅をつき、口を開いたまま震わせ始めた。そのままアステラーナは地面へ倒れ、既に気力もないためか微動だにしない。
竜人がそれに反応した隙をつき、ハインツエムの突きが竜人の手のひらに刺さる。
竜人はそれをものともせず、レイピアの根本まで自分の手のひらをやると長い指でハインツエムの手とレイピアの柄を尋常ならざる握力で握り潰し、絶叫を上げるハインツエムの顔面を左拳で突いた。
ハインツエムの顔面はガラスが砕けるような音を立てながらタタラと同じほうへ飛ばれ、それをオーガンがキャッチする。
オーガンはハインツエムをアリアベールの元へ連れていった。
すぐさまにアリアベールは再生魔術を発動、緑の光がハインツエムを包み込むと彼の潰れた顔が即座に回復し、元の状態に戻ったのだ。
その光に反応したのか、龍神王はアリアベールの前へ半歩で歩み寄った。
―――龍神王にとっては100mなど一歩にも満たない。
アリアベールと龍神王の間にオーガンが入り、金棒”絶砕”が龍神王の顔を砕くはずが、龍神王の拳に打ち砕かれ、オーガンの鳩尾へそのまま龍神王の拳が深く突き刺さり、オーガンの巨体が九の字に曲げられる。血反吐を吐き、飛ばされたオーガンはアリアベールの遥か後ろの小山にめり込んだ。
「その力…いいな。我に寄越せ、人間の小娘」
アリアベールは戦槌を龍神王に振り回すが龍神王はそれをアリアベールの手元から払って離れた地面へと落ちる。もう少しズレていたら倒れているアステラーナの頭蓋を砕くところであった。
アリアベールに龍神王の手が迫る。そこに白い光の柱が立ち始める。
「これは古代魔術の匂い…いや、魔法と言い換えるべきか。人の身でよくも扱えるものだ…」
白い柱は龍神王の元に立っているものを中心に東西南北に一点ずつ光の柱が上がっている。
「ここに永久の魔を砕く!聖なる十字架よ!竜人に裁きを!
五点の光の柱が龍神王を覆う。その光で龍神王の魔力は消失するはずだった。
アステラーナを含め、タタラの一撃によって敵は退く事を願った。アステラーナの一撃、そしてタタラの聖魔によって著しく体と魔力の損傷があると仮定したうえで。
―――しかしこの場で意識を失っていない者は見てしまったのだ。
―――魔術は喰われる。
白い光は龍神王の息を吸い込む動作と共に龍神王の体に吸収されていき、やがて光度が頂点を迎えるはずだった聖魔は綺麗さっぱり消え去った。
一人を除いてその場で見た者は驚愕を隠せない。
しかしそれがタタラによるブラフだとしたらどうだろうか。
光が消え去った目前に迫るは白い焔の紋様の入った黒い鞘を天に突き上げるように構え、深い姿勢で愛刀を抜刀途中のマガツだった。
「
鞘から抜かれた黒刀は神速の一撃を以て龍神王の体を引き裂く。例え、その一撃を手で捕まれようがマガツが持つ世界に一振りだけの業物には関係ない。
マガツの編み出した抜刀奥義には全ての物質を切り裂く事を目的とした最善の速度、角度が詰まっている。加えて、何が振れようとも絶対に斬れる刀。
それが
マガツの奥義『零』はこの刀の性質、犠牲にする自身の記憶が多いほど威力を増す事を最大限に活用する事で、防御不可能の一撃必殺と化す。
「骨の髄まで割かれよ。そして我が記憶と共に散ってゆけ。竜のヒトよ」
深編笠の中で赤い眼光が光ったように見えた。仲間の仇討の念を込め、ゆっくりとした納刀と共に呟く。
龍神王は確かに手で受け止めたのだが、刀身はそれを容易く切り裂き、龍神王の体を両断した。
しかしマガツは何もされていないはずが、深編傘ごと頭蓋を砕かれ、飛ばされる。
マガツの不意を突いた神速の抜刀よりも早く龍神王はマガツへ一撃を入れていた。攻撃に体が追い付かないほどの速さはもはや人間業に非ず、龍神王だからこそ出来る所業である。
しかし龍神王の体はもうない。相打ちではあったが勝ったのだ。
―――そう、これは龍神王にとって戯れ相手を選定するためのものに過ぎなかった。龍神王が人であるはずがない。
未だに龍神王と知らないタタラたちは、龍神王の真の姿を目の当たりにする。
漆黒に満ちた鉱物のように分厚い鱗を帯び、胸に太陽の如く輝きを持つ禍々しくも神々しい人型の龍を。
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