第35話:魔神降臨
今この場に、魔力は存在しない。
タタラの聖魔によって全ての魔は一時的に無効化された。
「う、ぅううううッ!アァァアアアアアッ!」
その中に一人、苦しむヒト。
黒い甲冑を身につけたアスベニ騎士団の一角。
ダンタリウス・マローズだった。
「どうしたでありますか!ダンタリウス・・・!」
カステリーゼが駆け寄るが、それにも気づかないほどダンタリウスは甲冑越しに体をかきむしり、全身が大きく痙攣している。
彼の甲冑から黒い靄のようなものが煙のように上がり始めると、やがて彼は苦しむ様子はなくなり、ピタリと動きが止まる。
「ダンタリウス!ダンタリウス!・・・そんな・・・ッ・・・」
カステリーゼはヘルムを外し、三つ編みの髪を垂らしながらダンタリウスに体を預け、小さく体を震わせていた。
「おいックソタタラッ!何が起きてるッ!ほんとに聖魔だったんだろうな!?」
アスベニウスは怒りを露わにし、タタラの胸ぐらを掴むと地面へ叩きつける。
「僕がいちいち釈明しなくても分かってるはずさ」
「じゃあ何故ダンタリウスが苦しんでいるんだッ!答えろ!」
「それはその男が魔なる存在だからではないか?赤い騎士の小僧」
アスベニウスの疑問に首元にもこもことしたファーをし、重厚で端々がボロボロとなっている純黒の装束をはためかせながら切り分けたパイを片手に、もぐもぐと食事をしながら宙から降りてきたローゼンだった。
「誰だお前は」
「・・・バラしていいのか。旦那様よ。」
「僕もバラしちゃったしねー。ベニーとその仲間たちなら問題ないと思う。もし何かあった時の隠蔽は任せたよっ」
少しため息をつきながらもローゼンはアスベニウスに向き直り、自分の胸元に手を当てる。
「我が名はローゼン・アルブレヒト。お前たちがイシュバリアの魔女と呼ぶ人間そのものだ。あとついでにお前が胸ぐらを掴んでいるバカの嫁だ、よろしく頼む」
「・・・は?」
アスベニウスは頭の処理が追いつかないのか間抜けな声を上げてしまう。
「なんで皆こういう反応なんだ・・・?」
「普通に考えて!?一国の王族と得たいのしれない魔女が交際どころか結婚してるって結構な問題だよ!?」
タタラのツッコミをスルーし、ともかく、と話を戻すローゼン。
「そこの緑の娘よ。離れる事を勧める。何故ならその男は初めからなのか否か、人間ではない存在によって作り出されている虚の影。ダンタリウス・マローズとか言ったか、その男―――想うのは勝手だが今のソレはヒトの皮を被った魔の存在だ」
「そんな・・・違うであります!何かの間違いであります!ダンタリウスは・・・魔の存在なんかじゃ・・・」
ローゼンはやれやれと両手を広げて首を傾げる。
「では何故光属性で非殺傷系魔術の聖魔で苦しむのか。聖魔は中心を含む5点に術式を設置、それを同時展開する事で十字架を象り、中心から十字架の端々までの範囲にいる全ての魔術を強制解除、一時的に発動を禁止する魔術だ。展開される十字架が大きければ大きいほど魔力も多く消費するし、発動までの時間も長い。最初にも言ったが生物や無機物に何ら影響を及ぼさない。ただし、例外はある。お前たちも魔法騎士であるのなら聞いたことくらいはあるだろう。光属性の魔術は殺傷性の有無を問わず死霊、悪魔なる者たち『魔なる存在』には絶大な被害をもたらすとな。俗物の脆弱な魔術ならともかく地方四大騎士団長と渡り合う王の魔術なのだ、魔なる存在が苦しまないはずはない。分かったか?」
横目でローゼンはカステリーゼのほうを見るが彼女はローゼンを睨み、ダンタリウスを守るように両手を広げる。
「たとえそうだとしても・・・ダンタリウスは私が守るであります・・・!騎士団の大切な仲間ですから・・・」
今にも泣き出しそうなのを堪えて、ローゼンと対峙する。
ローゼンは情に流される事なく、大きくため息をつく。
「やはり魔なる存在はヒトをおかしくする。一概に敵とは言えないのが面倒なところだな。現に人間と繋がり、番となっている魔族もいるだろう。しかし今この場は民衆が見ている。さすがにあれだけ離れれば声は聞こえないだろうが、その男が苦しみから目覚めた時には民衆には認めづらい状況となるのは明白だ。果たしてそれがお前にとってはともかくとして、『騎士団員に魔族がいて、騎士団を操っていた』などと法螺を吹かれでもしてみろ。この国を守護するアスベニ騎士団の信用低下どころか、民衆による大反乱が起こるかもしれん。それともアレか?お前たちアスベニ騎士団は反乱分子は全て排除する類の人間なのか?それなら話は別だが―――」
「魔女ローゼン、貴女の言い分は正しい。しかし、彼女の気持ちも汲んでやってはくれませんか・・・アスベニ騎士団団長として部下の非礼にはお詫びします」
アスベニウスはタタラから手を離し、ローゼンとカステリーゼの間に入ると片膝をつき、頭を深く下げる。
「謝るとか気持ちを汲むとか、そんなのは私にはどうでもいい事だ。私の経験上、その娘の行いはその娘にとっても悪い事が日々付きまとうだろう。その覚悟があるのか、と聞いて―――来る、全員下がらせろ、タタラ」
ローゼンは話を途中で切り上げ、指を鳴らし、カステリーゼとアスベニウスをタタラの元に瞬間移動させると痙攣がピタッと止まったダンタリウスを凝視する。
「一体何が来るっていうんだ。僕もやるよ」
「民衆を守れるのは聖魔を持つお前だけだ。アレの相手は問題ない、私は強いからな」
「はいはい、弱い僕は引っ込んでおくよ」
タタラはアスベニウスを起こし、アイコンタクトを送るとアスベニウスもまたタタラを見ながら頷く事で彼のアイコンタクトの意図を察した。
アスベニウスはダンタリウスの元に行こうとするカステリーゼを気絶させ担ぎ、メリオロスに預けると同時に、アスベニ騎士団の一般騎士団員に民衆の避難誘導をさせるように命令した。
ベリメロスの巨体はいくらなんでも運べないため、アスベニウスはこの場に残った。
タタラも民衆の避難誘導を補助しようとしたが、ミレハとポリメロス、テテリが目の前に残っていた。
「ポリメロスさん、ミレハを―――」
「いざとなったら儂の脚で逃げてやる。じゃがどうしてもミレハちゃんが言う事を聞かなくてのう・・・お前さんには世話をかけるかもしれないが」
「私たちもミレハちゃんを守るから、父親として傍にいてやってくれないかい?」
タタラは気の抜けたような息を漏らし、鼻で笑うとミレハの近くに寄り、片膝をつく。
「ここを離れない事。いいね?」
「うんっ!お母さんってお父さんより強いんでしょ?」
「ああ、そうだよ。とっても強いから見ていようね」
ミレハはタタラたち育ての親が思った以上に戦いというものに興味を沸かせている。ミレハの双眸が今にも星を象るほどに輝いている。
ポリメロスやテテリも魔法騎士であった頃を思い出しているのか、はたまたタタラの戦いで思い起こすことになったのか、口をつり上げ自分たちの騎士団長であるタタラに強いと言わしめるローゼンの戦いを待ち望んでいるようだった。
ダンタリウス・マローズから吹き出る黒い煙のようなものに釣られてか、暗雲が空を覆い、今にも死霊系のモンスターが姿を現しそうな雰囲気が漂い始める。
動かなくなったダンタリウスの胸が心臓の鼓動に連動するように上半身が跳ね上がり始める。
そしてダンタリウスの胸を引き裂き、中から顕現する魔なる存在。
実際に引き裂いたわけではない。恐らくはダンタリウスの体に憑依していたのだろう。
「・・・アー。クルシカッタ。アレが王の力かー」
それはゆったりと二本脚で立ち、体と呼べるものなのかは定かではないが、ローブのような靄には至るところにセメントで造形されたようなヒトの顔がいくつもある。
肌の色は黒、もはや闇そのもの。
ローゼンのほうを向くその顔のパーツは左右非対称にズレている。口も真ん中で寸断されていて、片方は笑みを浮かべ、片方がへの字になっている。
ミレハは息のペースが上がり、過呼吸寸前になるほど。
目の前にいる異形は彼女にとって恐怖の対象だ。
あの異形にはポリメロスやタタラ、テテリも最初の一瞬ビクつくほどの圧迫感がある。
タタラたちはミレハをすぐ抱きしめて落ち着かせるように背中をさする。
ミレハはタタラの背中に手をまわし、ギュッと掴んでいる。
「お前、その
ローゼンは身震いもせず、目の前の異形に質問を投げかける。
「イチド・・・いちど・・・一度に何個も質問をスルナ。マァいいよ。私は魔王に仕える魔神、序列七十一、
「ほう。魔神ともなると喋られるんだな」
ダンタリオンは首を揺らしながら動かずに話を続ける。
「失礼な奴。私は魔神。魔神の序列を与えられる者の力ならば人間にとりつき、言語を学ぶ事も可能。故にお前たちとも会話が成り立つ。上位魔人が喋られるのはヒトを媒介として召喚したから、ダ」
ローゼンは手を前に翳し構える。
そうか、とダンタリオンの言葉を一蹴すると氷の槍がローゼンの背後からダンタリオンに向かっていく。
ダンタリオンの脳天を打ち抜く必殺の一撃。
「クロキマユ」
高速で放たれた不可避の一撃、ダンタリオンは自身の前方に暗闇の繭を発生させ、槍はその中へ入り込み見えなくなる。同時にローゼンが前方へよろけた。
タタラはいち早くその正体に気づいた。
「ワープゲートの類か」
前によろけたローゼンの体は岩石のように砕け、地面へ落ちる。
「
「
ローゼンは空中で右手の人差し指を空へと翳し、振り下ろすと雷がダンタリオンへと直撃する。
息をつく間もなく、ダンタリオンの足下の大地は突如浮き上がり、その両横には既に大人二人分はあろうかという巨大な火球と氷の塊が迫る。
「
「ナんだこの力はッ・・・!」
ダンタリオンの頭の中は完全にパニックに陥っていった。
魔神族は人間族よりも上位に位置する存在。
それは魔神族側としても人間の間でも周知の事実であり、歴史上その道理が覆るほどの実力者が現れた試しもない。
それを知っているポリメロスは自然と口が開きっぱなしになってしまっていた。
「なんて子じゃ・・・」
氷塊と火球が同時にダンタリオンに直撃し、空中は高温の蒸気に包まれる。
かと思えば、突然辺り一面を冷気が漂い始める。
「お母様凄い…けど寒いよお父様・・・」
「ああ、ごめんね。これでも着ておいて」
タタラはミレハを離すと上着を脱ぎ、ミレハへと被せる。
「まさかローゼンさん、空気を瞬時に冷やして・・・」
テテリはローゼンの狙いを理解すると同時に慌て始める。
「
氷塊と火球によって生じた蒸気が地面に向けて垂直に放たれると直線状の冷気は次々と膨張を始め、ダンタリオンの体を地面へと叩きつける。
それによって生じる衝撃波は容易に人の体を鉄砲玉の如く飛ばす圧力を誇る。
「助かったよ、テテリさん」
だがタタラたちは吹っ飛ぶどころか微動だにしなかった。
テテリの魔術によって張った風の球形防壁によって衝撃波が受け流されたためである。
「ローゼンさん凄まじいわね…さすがイシュバリアの魔女ってところかしら。敵の強さは未だに測れないけど、感じる魔力からしてタタラくんの聖魔による弱体化も十分にありそうね。何にしろ、生き急いでもいけないけれど決着は早いほうがいいわ」
「テテリさん…いやぁそれがですね…」
タタラはテテリに申し訳なさそうに耳打ちをする。
「えーっ!?」
オーバーリアクションをするテテリの口を苦笑しながら抑えるタタラ。
「まぁあとで分かる事ですから、ポリメロスさんやミレハにはあえて秘密で。戦いの後のお楽しみということで」
「なんじゃ儂らには秘密か!気になるとこじゃが…それ以上に…恐ろしく圧倒的な力じゃ…ちなみにタタラくん。ローゼンちゃんの魔術は何という魔術なんじゃ?」
「んー詳しくは僕も教えてもらってないんですけど、ただ”お前の上位互換だ”だとだけ言われました」
ポリメロスはほー、とタタラを横目を見ると再びローゼンへと向き直る。
「
ローゼンの手のひらから作り出され投げられた白く輝く鎖がダンタリオンを何十二も縛り上げ、端々が黒い楔で打ち止められる。
ローゼンはそこへ降り立ち、もがくダンタリオンに対してしゃがみ込み顔を覗き込む。
そしてタタラたちに聞こえない声で話し始めたのだ。
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