第43話 黄金の微睡み《おやすみなさい》
黄金の昼下がり。
二人の女の子が、向かい合って話をしていた。
とても楽しげに。
瞳を輝かせながら。
焼きたてのクッキーと、いれたての紅茶を前にして、お喋りをしている。
仲睦まじく。
まるで、姉妹のように。
「ねぇ、アリス、女性省にいらっしゃいね。私が代表女性官になったら、あなたを私の秘書官にしてあげる」
姉が言う。
「えー、そうなったら、私はお姉さまの後じゃないと代表女性官になれない。私も代表女性官になりたい」
妹が言う。
「ふふふ。そうね。二人で代表女性官になって、このマーテルをより良い街にしていきましょう」
「うん。私、お姉さまとならとっても素敵な街にできるって思うな」
「私も、そう思う」
「じゃあ、約束」
「約束ね」
二人は、小さな小指を交わして指切りをする。
くすくすと笑い声をあげて。
かつて、二人の女の子は――最愛の姉妹は、無邪気に未来を語り合っていた。
二人が瞳を輝かせて語った未来が訪れる可能性は、いくらだってあった。
代表女性官になった二人が、ともに手をとり、支え合ってこの街をより良くしていこうする未来が、たしかにあったはずだったんだ。
そんな彼女たちの後ろには、もちろん僕とミケがいて――僕たち二人は、彼女たちを支えるために、ともに手を取り合って苦労をする。
そんな未来が来てほしかった。
でも、そんな未来は訪れなかった。
アリスは、しばらく呆然と虚空を見つめていた。
ウカが立っていた場所をその青い瞳に焼き付けるように見つめた後、おもむろに立ち上がった。その表情はとても傷ついていて、そして深い悲しみに暮れていた。
最愛の姉によって
その傷を、一生抱えていくんだという決意をしているように。
その頃には僕の左肩の血も止まっていて、少しずつ
「どうやら、全て終わったみたいだな?」
ハダリは、そう言ってアリスに向き合った。
「今回の事件は、これで終り。あなたはただ傍観していただけ。これまで同様に、ただこの街を見つめていただけ」
アリスは、ハダリを責めるように言う。
ハダリは表情を変えることなく肩を
「ああ、その通りだ。それこそが、私に与えられた役目。アリス、君はもう私の存在に気がついているんだろう?」
「ええ。あなたは女性型の〈SHI〉なんでしょう? この街の創設時からこの街を見守っているシステムの一部なのね」
アリスは、ハダリの正体を言い当ててみせた。
「ハダリが――〈SHI〉?」
僕は、驚いて彼女を――全ての「ファルス」の母である
「その通りだ。私の
「あなたの意識?」
「私は、ロクスソルスが所有するクラウドサーバの管理AIであるアマテラス。この
「あなたは
「そういうことだ」
アリスは納得したように頷いて肩を竦める。
ハダリへの意趣返しのように。
僕は、彼女の意識がAIだと知って驚いたが、この街の外の世界では、AIが人権を獲得しているという彼女の話を思い出した。
彼女も僕たちと――そして、ヒトと何ら変わらない存在なのだろうと納得した。
僕たちとは、与えらえた役目が違うだけ。
「先ほども言ったが、私に与えられ役目はファルスの製造と流通。そして、この街の公共とインフラの維持だ。アマテラスの全リソースは、そのためだけに費やされる」
「だけど、これからは違う」
アリスは、はっきりとそう告げる。
「これからは、あなたの持っている全てのリソースは、この街の未来のために――未来の女性たちのために使ってもらう。そして、あなたたち〈SHI〉のために」
アリスは言う。
全ては、未来のためだと。
この街と、この街で暮らす全ての女性のため。
そして、僕たち〈SHI〉のため。
「この街の女性たちがそれを選択するのなら、私に異論はない。私は、私の与えられた役目をこなすだけだ」
「いいえ、違うわ。これからは、あなたにも意見を出してもらう。あなたの意思で、この街に尽くしてもらうわ」
「私の意思?」
「ええ。あなたは、この街を誰よりも見てきた。どの女性よりも、この街を知り尽くしている。きっと、あなたの知恵と、あなたの意思が、私たちを助けるわ」
それを聞いたハダリは、ふっと落とすように笑った。
それは、彼女が見せたはじめての感情のようなものだった。まるで溶けた氷の中から薔薇の花弁がこぼれたような、そんな小さくて綺麗な笑みだった。
「いいだろう」
「ありがとう」
二人は、顔を見合わせて頷いた。
僕は、ようやく全てが終わったことを理解した。
長い長い七日間が、一週間が終わり――
この女性だけの街「マーテル」は、新しい街に生まれ変わろうとしていた。
少なくとも、その一歩を踏み出そうとしていた。
そして、新しい七日間が訪れようと。
ここに神さまはいない。
でも、未来をつくろうとする女の子がいる。
僕は、その女の子をいつまでも支えていく。
アリスは、僕を見てにっこりと笑ってくれた。
「アダム、帰りましょう。私、なんだかとっても疲れちゃったわ」
「うん。僕もとっても疲れたよ。なんだかすごく眠い」
僕は、今すぐにでも眠ってしまいそうだった。
夢の中に消えてしまいそうだった。
「アダム、大丈夫よ。二人で一緒に帰りましょう。それで、二人だけの休日を過ごしましょう。私がクッキーを焼くから。あなたは紅茶を入れてくれる?」
アリスは、優しく僕に語りかける。
まるで、子守唄を歌うように。
「うん。僕は紅茶入れるよ。僕だって、うまくいれられるんだ。それに、僕はもっと色々なことができるんだよ――僕の女の子」
僕は、自分がどこにいるのか分らなくなっていた。
自分が立っているのか座っているのかも。
僕の女の子と、青い薔薇だけが見えていた。
だけど、それも眩しすぎるくらいの
僕は、すごく眠たかった。
「私の男の子。今は、ゆっくりと休んでね。これから、とっても忙しくなるんだから。あなたには、たくさん働いてもらうんだからね? だから――今はおやすみなさい。ありがとう」
僕は、にっこりと微笑んだ。
「ありがとう」って言ってもらえたから。
それだけで、僕はとても幸せな気持ちになれるんだ。
大好きな女の子が「ありがとう」って言ってくれる。
それ以上に素敵なことなんてないんだ。
だから、僕は安心して眠りについた。
とても眠かったから。
とても疲れてしまったから。
とても、幸せだったから。
「おやすみ。僕の女の子」
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