第41話 ユートピア《ディストピア》

「私たちの話を聞いているんでしょう? この街の全てを知っているのは、きっとあなただけ。いい加減、出てきて話をしたらどうなの?」

「たしかに、私が話をしなればならないのだろうな」

 

 空中庭園に低い声が響き渡る。


「お茶会のホストなら、それなりのもてなし方があるんじゃないかしら?」

 

 アリスは天井を見つめながら声に応える。


「お茶もお茶菓子も出さず、ホスト不在のままにゲストを招いてしまった非礼は詫びよう」

「それは構わないわ。気違いお茶会マッドティーパーティとはそう言うものでしょう? 時間の無駄と相場が決まっているのよ」

 

 温室に足音が響き渡り、そしてハダリがゆっくりと僕たちの前に姿を見せる。

 青い薔薇の向こうから、赤い制服の女性が歩いて来る。

 

 このロクスソルス社の女王である威厳を携えて、彼女はようやく現れた。お供の兵隊を一人も引き連れず、たった一人でこの場所に現れた彼女は、アリスと僕を見て足を止める。


 そしてウカの隣に立ち、彼女の頬にそっと手をあてて撫でた。


「ウカ、君には少々重荷を背負わせすぎてしまったようだ。この件を君一人の裁量に任せるべきではなかった」

「ハダリ様、申し訳ありません。私が至らないばかりに」

 

 ウカは、声を震わせながら俯いた。

 そんな彼女を見つめるミケの表情がとても辛そうで、僕は自分のことのように心が締め付けられた。僕の身体ボディ中で大量の脳内物質とストレスホルモンが分泌されて、僕を苦しめる。

 

 アリスが〈女性推進委員会〉の調査にかけられた時、僕も同じような表情でアリスを見つめていたことを思い出した。


「アリス、君はもっと早くに私がこの事件の捜査に乗り出し、そして全てを説明するべきだったと思っているだろう?」

「ええ。そうしていれば母が命を落とすことも――殺されることもなかった」

 

 アリスは、悔しさを表情に浮かべて言う。

 アリスの母――マルタを殺害した犯人は、まだ見つかっていない。

 

 この街の真実を知った後、僕たちにはさらに向き合うべき問題が残っている。

 それは、とてもつらく悲しい問題だった。

 その犯人は、間違いなくこの場所にいる。


「今となっては、私もそう思う。しかし、私にはそうすることができない理由があったのだ」

「理由?」

「まぁ、それは後で話そう。それで、君が知りたい真実とは、この街の存在する真の理由。そして、この街の歴史。それでいいのかな?」

「私が知りたいのは全てよ。どうして私たちが今、子供を産めなくなっているのかという点についても教えて欲しいわ」

「よかろう」

 

 ハダリは頷いて口を開く。

 この「マーテル」の全てを知っている女王が、ようやく過去と真実を語りはじめた。


少女の見た夢マザーグース〉を。


「この街が誕生した理由については、アリス、概ね君が語った通りだ。しかし、それに至る経緯は複雑で、様々な事情や背景があった」

「事情や背景?」

「世界そのものが、破滅的な危機に陥っていたんだ――〈終末期〉にな」

「〈終末期?〉」

「それは、二十一世紀末に起きた大戦争であり、大災害であり、大戦災。人類を絶滅や、破滅の危機に追い込んだ未曾有の大惨事だ。世界中の国々を巻き込んだ当事者無き戦争であり、誰もが当事者となった世界の終り。国家は次から次に消え、世界は混乱と混沌に満ちた。その時代、人類は技術的特異点と呼ばれるパラダイムの中にいたが、それがもたらしたのは――歴史的特異点だった」

 

 僕はハダリの話を聞きながら、ミケが語った言葉を思い出した。

 


 人類は、宇宙にまで進出しようとしていた。遥か遠くの星をも支配しようとした。しかし、それだけの技術力を持っていながらこの星に留まることを選び、そして最後の引き金を引いてしまった。


 

 そういうことなのだろうか?


「〈終末期〉が引き起こされた時、国家の長の大半は男性だった。社会は相変わらず男性社会であり続け、女性の権利は男性と比べると小さかった。この国に置いては、それが顕著であり――政府、議員、企業、共同体、ありとあらゆる組織や団体の長が、男性に占められていた。女性の社会進出、雇用の均等を謳ってはいたが、そんなものは耳触りの良い社交辞令のようなものだ。世界は、平等とは程遠かった」


〈終末期〉以前も、やはり女性たちは虐げられ、その権利は平等ではなかった。

 ハダリはそう語った。

 

 この街で伝え聞かされている通り、女性たちは差別されていたと。


「〈終末期〉が去った後、人類はその傷を癒すために国家に変る共同体を新しく作り直した。人類の新しいカタチを模索し始めた。それぞれが、理想の世界を作り直そうとしたんだ」

「人類の新しいカタチ? 理想の世界を作り直す?」

「それが、この〈女性だけの街〉であり――マーテルだ。女性たちの多くは、男性を拒絶した。たった一つの性のみで、世界を構築できると考えた。男性を必要としない社会モデルが実現できると、夢を見た。それには、二つの要素が必要だった。一つが、ヒューマノイド・インターフェイス。つまり――君たちファルスだ」

 

 ハダリは、僕とミケに視線を向けて言う。


「ヒューマイド・インターフェイスは、人類に変る労働力として生み出されたが、この街の独自規格――いわゆるマーテル規格を採用することで、新しい役割を与えられた。それが生殖。それにより、この街は労働力と子孫を残す術を手に入れた。もう一つの要素が――Ⅹの染色体のみを受精するための遺伝子改変」

 

 ハダリは、続いてアリスとウカに視線を向けた。

 この街の、女の子しか産むことができない女性に。


「この街の最初の女性たちは――Ⅹの染色体をもつ精子でした受精しないよう、自らの遺伝子を改造したのだ。自ら、青い薔薇になることを選択した」

「自ら、青い薔薇に? 本当に、彼女たちは自分たちでこの状況を生みだしたというの?」

 

 アリスが信じられないと首を横に振る。


「その通りだ。技術的特異点を迎えた人類の科学技術からすれば、それはさほど難しいことではなかった」

 

 ハダリは顔色を変えず、感情のこもらない氷の表情で続ける。

 人形のように。


「遺伝子改変コードを組み込んだナノマシンを注入するだけで、ヒトの体はその変化を容易に受け入れた。しかし、女性たちはその時、自分たちが犯した過ちに気づけなかった。その遺伝子がこの街の外に出るという可能性を――その遺伝子が世界中に伝播するというシナオリを想定できなかった。自分たちが遺伝子の〈キャリア〉になるという未来を想像できなかった。このマーテルの女性が持つ――Ⅹ染色体のみを受精する〈産み分けの遺伝子〉は、この世界から男性を消滅させる〈虐殺の遺伝子〉だ。この世界から男性を消滅させたその先には、もちろん人類の絶滅が待っている」

 

 ハダリは言う。

 

 この街の女性たち全てが人類を滅亡させうる存在だと。

〈虐殺の遺伝子〉のキャリアであると。


「でも、遺伝子を改変してキャリアへとなったなら、その遺伝子を改変し直せば?」

 

 アリスは尋ねる。

 この遺伝子の治療法を。

 

 さらなる改変をもって、自分たちの遺伝子を元の状態に――女の子も男の子も産めるようにできるのではないかと。


「もちろん、彼女たちもそうした。遺伝子の再改変を。この街の女性たちの最大の誤算はまさにその時に判明した」

「その時の判明?」

「彼女たちも、自分たちが人類を滅亡させうると知った時――もう一度、遺伝子の改変を行い、その遺伝子を取り除こうとした。しかし、〈産み分けの遺伝子〉は超顕性けんせいの遺伝子となって女性たちのDNAマップに組み込まれ、改変を受け付けない強力なコードとなって、次の世代に受け継がれてしまった。一度この遺伝子改変を受け入れた女性は、次の世代にも確実にその遺伝子が受け継がれ、その遺伝子はありとあらゆる改変を拒み続ける」

「いったい、どうしてそんなことが?」

「遺伝子改造を行ったナノマシンは、〈産み分けの遺伝子〉が完全に定着するように完全優性遺伝として女性たちのDNAに書きつけた。その結果、突然変異が起きた」

「突然変異?」

「突然変異は、どのような状況でも起こり得る。DNA複製の際のミスや、化学物質によるDNAの損傷などにより、RNA上の塩基配列に物理的変化が生じる。女性たちにもたらした変異は複雑で、これまでの遺伝子操作をも受け付けなくなった。つまり遺伝子改変の結果、この街の女性たちの設計図そのものが変ってしまったのだ。だから、この街の女性たちは〈インナーIコンピューターCインターフェイスI〉をインプラントしていない。それは、女性たちの神聖な体を汚すからではない――新たな突然変異をもたらし、ヒトからさらに遠ざかることを恐れたからだ」

「そんな――」

 

 アリスは言葉を失う。

 

インナーIコンピューターCインターフェイスI〉をインプラントしない理由が、ヒトからさらに遠ざかるから?

 この街の女性たちの遺伝子は、すでにヒトのカタチとは違っている?

 

 その事実にアリスは恐れ慄いていた。


「この街の女性たちが、〈虐殺のキャリア〉になった時には、全てが手遅れだった。世界は少しずつ新しいカタチを手に入れていた。新しい共同体同士が結びついていく中で、このマーテルだけは壁を築き内側に籠るしかなかった。世界はこの街を受け入れず、その街の女性が外の世界に出ることを恐れたからだ。だから、巨大な壁を築いて、この街の女性たちを壁の内側に閉じ込めた」

「じゃあ、やはり私たちは世界によってこの壁の内側に――この街に閉じ込められている?」

 

 アリスは、自分の考えが正しかったかどうかを確かめるように尋ねる。その顔には深い絶望が浮かんでいたけれど、それでも瞳の奥にはまだ小さな灯が残っているように見えた。


 その火は完全には消えていない。


「そのような合意――同意があったと言ったほうが正解だ。世界と、この街は、互いに干渉しないという約束を交わした。もちろん暗黙の。この街はこの街で完結し、外の世界と関わり合わないと決めた。しかしそうなった時、この街を維持するには新し要素が必要となった。この街に女性たちを留め、決して外の世界に出ようとしないための機構コンプリケーションが」

「それが〈性別離ディボース〉。そして、聖母主義マリアイズム

「その通りだ。この街に必要だったものは――大きな物語だ。この街の女性たちを一つに纏め、団結させ続ける大きな御伽噺フェアリーテイル。この街を維持し続けようとする危機感や恐怖心。そのための仮想敵を必要とした。御伽噺の鬼が必要だった」

「そのために、男性を利用した? この街の公共を守るために、男性を危険で野蛮なものと規定し、固定した。そういうことなの?」

 

 アリスは、怒りを含んだ声で尋ねる。

 

 今まで自分たちが聞かされてきたことが、正しいと教えられてきたことが、絶対の教えだとされてきたことが――全て偽りだった。

 この街を維持するためだけの嘘だった。

 そのことに、アリスは激しい怒りを感じていた。


「それは、少し違うな。〈性別離ディボース〉で語られた物語に、嘘はない。事実、歴史の中で女性たちは差別され、その権利を縛られ続けてきた。御伽噺の中で語られる男性たちによって行われた数々の所業は、かつての女性たちが実際に受けたものだ」

「違わない。この街の最初の女性たちは、その事実を利用しただけ。彼女たちから生まれる第二世代の女性たちが、外の世界に出ようとしないように。何も知らない少女に、男性の恐ろしさや野蛮さを教え込み、聖母主義マリアイズムという偽りの洋服を着せて、この街にとって都合のいい女性に仕立て上げた。あなたたちは、この街を担う少女たちを御伽噺を怖がる子供と同じように扱った」

「まぁ、そう言うことになるのだろう」

 

 ハダリは肩をすくめる。


「当時としては、仕方のないことだった。私たちが外の世界に出ることができない以上――歴史を捏造し、架空の物語に依存したとしても、それを行う必要があった」

「それは理解するわ。だけど、私は絶対にそんなやり方を認めない。嘘や偽り、憎しみや恐怖によって何かを維持するなんて、そんなやり方、絶対に認めたくない」

 

 アリスは、悔しさを滲ませながら俯いた。

 歯を食いしばり、拳を握りながら、どうすることもできなかった女性たちを思いやった。


「でも、今は状況が違う」

 

 顔を上げた時、アリスはもう一度未来に視線を向けた。


「私たちは、ファルスとの生殖行為でも子供を産むことができなくなっている」

「それに関しては、私にも分らない。この街に壁を築いた時点で、この街の女性たちの遺伝子には触れてはいけないという暗黙の了解のようなものが生まれてしまった。現時点で、それを解明する技術はロクスソルス社にはない。もちろんこの街にも」

「この街と私たちは、今滅亡の淵に立っているのよ? 今こそ、全ての女性に真実を告げて、みんなで未来を考え直す時よ。必要なら外の世界とだって関係を築き直し、協力を求めるわ」

「それは理解しているが、私はそれに関与するつもりはない」

「関与するつもりがない?」

「私に与えられた役目は――ファルスを製造し、それを供給し続けること。それによって、この街のインフラや社会的基盤を整えることだけだ。政治や政策的なことには関与するつもりはない」

「あなたは、このマーテルが静かに消えてしまうことを願っているというの?」

「願ってはいない。ただ、それを見届けるだけだ。それが、このロクスソルスと私の役目だ」

 

 この件に関しては、ハダリはこれ以上議論をするつもりもないと言うように頑だった。


「言っておくけれど、私はそんなに物分りが良くない。私は、この状況を何とかしたい。私たちだけの手でそれを解決できないのなら、外の世界の人たちの力を借りてでも、男性の力を借りてでも――私はこの街の未来を守るわ」

「ああ、そうするといい」

 

 挑むように告げられたアリスの言葉を受け止めたハダリは、頷いて続ける。


「君たちがこの街の未来を望むなら、私はそれを止めるつもりもない。先ほども言った通り、私はこの街の政治や政策には関与しない。それは、私の役割の外の話だ」

「だめよっ」

 

 不意に、ウカがアリスとハダリの会話に割って入った。

 大声を上げたその表情は、絶望と恐怖の色が濃く浮かんでいた。


「アリス、今さらこのマーテルを壊すというの? この女性だけの理想郷ユートピアを終わらせようというの?」

「お姉さまも聞いたでしょう? このままでは――」

「だから、外の世界と繋がって、男性たちに助けを求めるというの? 危険で野蛮な男性たちに?」

 

 ウカはアリスの話を遮って叫んだ。

 アリスもウカに立ち向かうように声を上げた。


「確かに、ここは女性たちの見た夢――理想郷ユートピアだった。始まりは、そうだった。けれど今、この街は私たちの可能性や未来を閉ざす檻になろうとしている。私たちは翼の折れた鳥じゃない。今なら、まだこの壁の外に飛んで行けるんです」

「無理に決まってるわ。私たち女性たちは、この街の中でしか生きていけない。この理想郷ユートピアでしか生きていけないのよ。どうしてそれが分らないの?」

 

 ウカは、泣きそうな声でそう言う。その声音は弱々しく、その表情は老婆のようにしわがれていた。疲れ果て、足を止めてしまったもののように。


「お姉さま、理想郷ユートピアの語源をご存じですか?」

理想郷ユートピアの語源?」

理想郷ユートピア。それはギリシャと呼ばれた国の言葉でユートポス。つまり理想郷。この言葉には、もう一つの意味があるんです」

「もう一つの意味?」

「それはウートポス。存在しない場所」

「存在しない場所?」

理想郷ユートピアなんて、きっとどこにも存在しないんです」

 

 アリスは、とても優しく語りかける。

 幼い頃から、何度も何度もそうしてきたように。

 自分の言葉を分ってもらおうと。


「私たち自身が、常により良くしていこうとしない限り、常に前に進んでいこうとしない限り、どれだけ理想的な街も、絶望に支配されてしまう。未来を閉ざしてしまう。私たちは、長い間この街の未来のことを、私たちの未来のことを考えてこなかった。ただ現状を維持し、偽りの物語に縋って生きてきてしまった。確かに、過去に多くの女性たちが傷ついた。その傷を癒すために――この街が必要だった」

 

 アリスは真っ直ぐに続ける。

 この街の未来を切り開くために。


「でも、それは私たちの傷じゃない。それは、私たちがいずれ負う傷なのかもしれないけれど――いずれ傷つくからといって、小さな箱庭の中に閉じ込められ続けるなんて、私には我慢できない。その傷は、私の傷。私の痛み。他の誰のものでもない」

「この街の女性たちは、あなたほど強くないのよ。全ての女性に強さを求めるのはあなたのエゴだわ」

「私は、全ての女性に強さを求めているわけじゃない。この街の壁を壊したいわけでもない。ただ、私は未来を繋げたいんです。世界ともう一度繋がり、多様性を取り戻すことによって、私たちの未来が開けるかもしれない。私たちは、大人にならなくちゃいけない。少女の見た無垢な夢から覚めるべきなんです」

「多様性? 夢から覚める? 無理よ。今さらこの街の女性たちが、外の世界の男性と交わるなんてできはしない。私たちの意識には男性への恐怖や嫌悪が強く刷り込まれ過ぎているのよ」

「そうでしょうか? 私はそうは思いません。私たちは、外の世界と――そして男性と、新しく関係を気づくことができると思うんです」

「なにを根拠にそんなことを言っているの?」

「お姉さま、お姉さまの隣にいる男性を見てください。そして、私の隣にいる男の子を見て」

 

 アリスは、そう言うと僕に視線を向けた。

 ウカも、自分の一歩後ろにいるミケに視線を向けた。

 

 アリスは、僕の手を取って続ける。幼い頃から、ずっと僕の手を握り続けてくれたアリスの手が、僕の小さな手をギュッと握りしめた。

 

 もう二度と離さないというように。

 今度こそ、絶対にばらばらになったりしないうように。


「私たちは、もうすでに男性と――男の子と、うまくやっている。関係を築いている。私たちは手を取り合って生きている」

「手を取り合っている? ファルスは、私たち女性のために造られたヒューマイドよ。女性の性的生活と生殖活動のために造られたモノ。〈女性優先機構レディファースト〉によって、私たちに逆らうことができない人形なのよ?」

「確かに、彼らは私たち女性の命令を聞くように造られた。けれど、それでもファルスに愛情を注いで大切にする女性だっている。ヒトとモノの垣根を越えることができるなら、性別の垣根くらい簡単に越えられる。それにお姉さま、知っていましたか?」

「知っているって、何を?」

「ファルスの遺伝子情報は、ヒトの男性とまるで一緒だということを。生物学上、ファルスは完璧なヒトなんです」

「ファルスがヒトと変わらない? そんな――」

 

 ウカは信じられないとミケを見つめ、その後で助けを求めるように無言で彼女たちの会話を聞いていたハダリを見つめた。

 

 僕は、自分がヒトと同じものだと言われて驚いた。

 僕たちが、モノでなく――


 ヒト?


「アリスの言う通りだ。ファルスはヒトと変わらない」

「嘘ですっ。そんなこと信じられない」

「嘘ではない。ファルスの遺伝子情報は、ヒトとほぼ一致する。その理由は、ヒトのDNAを使用したクローン技術を基礎としているからだ。突然変異によって〈虐殺の遺伝子〉を獲得したこの街の女性よりも、ある意味ではヒトに近いとも言えるだろう」

 

 僕たちが、この街の女性たちよりもヒトに近い存在?

 僕は、アリスを見つめた。

 アリスは、少しだけ悲しそうに微笑んだ。


「外の世界では、ヒューマイノドやAIといったヒトと定義することが難しい存在に対して、人権を与えている共同体も存在する」

「ヒューマノイドやAIに人権?」

「そのような先進的な共同体から見れば、このマーテルは最も遅れた差別的で排他的な街に映るだろう。かつて差別撤廃を叫び、平等を掲げて戦った女性たちの末裔が、この世界で最も差別的な構造をもった街に暮らしているというのは、ある種の皮肉なのだろうな」

 

 ハダリの言葉に、ウカは意味が分からないと首を横に振った。

 そして、何かの箍か切れたかのように叫んだ、


「そんなこと、認めない。そんなの絶対におかしいわ。私たちは、この街で穏やかに、慎ましく、健全に暮らして行けばいいのよ。ゆっくりと終わりに向って行けばいい。今さら、この女性だけの街が変わってしまうなんてそんなことは、絶対にあってはいけない」


 ウカは悪霊に憑りつかれたように、長い黒髪を振り乱して叫んだ。その表情は鬼気迫り、黒い瞳の奥には激しい嵐が渦巻いている。

 

 そして、震える両手がコートの奥から何かを取り出した。

 黒い獣ジャバウォックのような凶器を。


「アリス、あなたさえいなければ、こんなことにならなかった。この街が混乱することも、二人の代表女性官が死ぬことも――過去の真相が暴かれることもなかったのよ」

 

 ウカは、両手で構えた電磁加速短針銃レールフレシェットガンをアリスに向けて言う。


「アリス、あなたには代表女性官の殺害容疑が二件かかっている。今この場で、あなたの罪に対する刑を執行する。それで、全てが終わる。あなたさえいなければ、この街はこれから先も変わらずにいられる」

「お姉さま、その短針銃は?」

 

 アリスは、ウカの電磁加速短針銃レールフレシェットガンを見て尋ねる。

 その黒い獣のような短針銃は、アリスの上司と母親を殺害した短銃と同様の型式に見えた。


「なにを言っているの? ナオミ様とマルタ様を殺したのは、あなたでしょう。あなたは――その罪を償うためにここで死ぬのよ」

 

 ウカは狂気に駆られ、そしてその引き金を躊躇わずに引いた。

 

 死を刻印された短針が――

 アリスに向って放たれた。

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