3 It’s a small world

第33話 監禁《七日間》

 

 代表女性官であるマルタ――アリスの母親が殺害されてから三日が経った。

 僕が目覚めてから四日。

 

 そして、アリスが最初に姿を消してから七日が過ぎた。

 一週間。

 

 僕が眠っていた八年の期間からすれば、ほんのわずかな時間。しかし、そのわずかな時間――たった一週間で、この〈女性だけの街〉の様子は様変わりしてしまった。

 

 かつて、この世界で最も信仰されていた宗教の神は、世界を七日でつくったという。

 

 ならば、たった七日でこの街が様変わりしてしまうことも頷けた。

 その神は、七日目に休んだという。

 

 そんな急ごしらえで適当に創られた世界ならば、多くの歪みや間違いを孕んでいてもおかしくはない気がした。


 そもそも、この世界の成り立ちからし適当なのだから。


「マーテル」の行政を司り、この街の慈母であり聖母である代表女性官が二人も殺害された。女性省は今回の事件を公表に踏み切らざるを得ず、その報告はこの事件の担当官であるウカが行った。


「みなさん、落ち着いて聞いてください。先日、この〈女性だけの街〉の慈母――このマーテルを支える聖母である代表女性官二名が、何者かによって殺害されました」

 

 カメラの前に立つウカの背景にはホログラムが投影され、代表女性官二名の顔が映し出される。


「ナオミ様とマルタ様は、立派な女性官でした。このように無残に殺害されて良いわけが――彼女のたちの素晴らしい人柄や功績が、こんなふうに踏みにじられて良いはずがありません。殺害された状況や、その詳しい経緯などは省きますが、私たちは今、大きな危険にさらされています。私たちは、深い傷を負った。それはかつて、〈性別離ディボース〉以前――危険で野蛮な男性たちと別たれる以前、全ての女性たちが負った同じ痛み、傷と同じ傷です。それが、私たち女性の中から生まれてしまった。私たちは、この傷を癒さなければいけません。みんなで手を取り合い、支え合い、励まし合って、治療して行かなければなりません。女性省は、この傷を癒すためにあらゆる努力を行います」

 

 それが公表された時の女性たちの精神的な衝撃は大きく、医療施設に殺到する女性や、ストレス除去のサプリメントを購入する女性たちで、街は一時騒然となった。


 メンタルケアを行うセラピストや、カウンセリングを行う女性官の多くがショックや悲しみを抱く女性たちに寄り添った。


 街を彩る花の大半は、女性たちの精神を落ち着ける効果を持つラベンダーへと変わり、街中が遺伝子操作された花の香りと淡いパープルの色に包まれた。

 街全体が、深い喪に服すみたいに。


「街は今、深い悲しみに暮れている。ラベンダーと百合の花が、女性たちの心を癒してくれればいいのだが。しかし、まさかこんなことになるとは――」

 

 ミケは、紫に染まる街の映像を眺めながら言った。

 彼は端末デバイスからホロを投影して、僕に街の様子と現在の状況を詳しく伝えてくれていた。

 

 僕は黙ったまま街の映像を眺めていた。

 何を口にすればいいか分らなかった。


「そう言えば、この街を支える遺伝子操作植物による環境改変技術や、ヒューマノイド技術だが――実は、これらは宇宙開発時代に研究され開発された技術だったというのは知っていたかな?」

 

 ミケは他愛の無い世間話をはじめた。

 僕の返答を待たずにミケは話を続ける。


「〈性別離ディボース〉以前の人類は、どうやら宇宙開発に力を入れていたらしい。月や火星といった遠い星――または、その先にあるさらに遠い星を目がけて、多くの宇宙船を飛ばしていたんだ。そして、遺伝子操作植物の種子を撒いて惑星の環境改変を行おうとしていた。その後、僕たちの前身である作業用ヒューマイド・インターフェイスをその惑星に送り込み、人類受け入れの準備をしようとしていた」

 

 ウカの「ファルス」であり、僕の相棒だった彼は――突然人類の宇宙開拓史を語り始めて僕を困惑させた。

 

 それは、まるで御伽噺のように聞こえた。

 

 人類が遥か遠くの宇宙を目指していた?

 月や、火星や――さらにその先の星を?

 

 人類は、この小さな星の中ですら争いを繰り返した。

 女性と男性を分ける国境線すら引いてまで、分かち合うことを拒絶した。

 男性は女性たちを虐げ続けた。

 

 そんな人類が宇宙になんて飛び出せるはずがないと思った。


「だけど、結局人類は宇宙に飛び出すことなく、この星に留まり続けた。そして、この星の地図や国境線を何度も書き換えた。国家という概念は次第に解体されていき、共通の思想や意思、そして属性を持った共同体が幾つも立ち上がった。企業による統治が行われたり、複数の共同体が手を取り合って大きな共同体となったり――人類は人種でも、国家でも、宗教でもない、新しい集団のカタチを模索し始めた。その可能性の一つが、この女性だけの街――マーテルだ。女性というたった一つの要素だけで成り立った共同体。それが、この街なんだよ」


「僕には、何がなんだかさっぱりわからない。そんな昔話を聞かされたところで、僕の置かれた状況が変わるわけじゃない。アリスの無事が確認できるわけでもない。アリスの無罪だって証明でない」

 

 僕がアリスの話題を持ち出すと、ミケは「わかった」と頷いてみせた。本題に入る準備ができたと言うように。

 

 僕とミケは、女性省内の隔離された一室にいる。

 

 僕はこの三日間、この部屋で拘留されていた。しかし、とくに拘束をされるようなことも、手ひどく扱われるということもなかった。監禁という名の拘留をされている部屋も、広々とした一室。机とベッドが備え付けられ、机の上のプラスチック製の透明な花瓶にはラベンダーの花が飾られている。

 

 ミケは毎日拘留室に顔を出して、僕からアリスの母親が殺された事件の話を聞いたり、そこに至る経緯を尋ねたり、他愛もない世間話をして帰っていった。


「全ての証拠が、アリスの犯行を示しいている」

「状況証拠だ。決定的な証拠は何一つない。アリスは二人を殺していない」

 

 僕は、断言した。


「ナオミ様を殺害できたのも、マルタ様を殺害できたのも――アリスただ一人だけだ。彼女は、電磁加速短針銃レールフレシェットガンを所持していた。それに彼女が身に着けていたのは戦闘用のスーツだ。あれは特殊ナノ繊維で織られたもので、ヒトの身体ボディ能力を飛躍的に向上させる強化外骨格として使用される。君だって、そのマテリアルな目で見ただろう?」

「たしかに、僕はアリスが電磁加速短針銃レールフレシェットガンを所持しているところを目撃した。でも、彼女が母親を撃ったところを目撃したわけじゃない」

「では、他に誰がマルタ様を殺害できたというんだ? あの日、ロクスソルス社にはファルスしかいなかった。君だって分かっているはずだ? 僕たちファルスに女性を殺すことが不可能だってことぐらい」

 

 確かに、僕たち「ファルス」は女性に危害を加えることはできない。

 僕たちに組み込まれた〈女性優先機構レディファースト〉によって。

しかし、それは〈女性優先機構レディファースト〉を組み込まれた「ファルス」に限るはず。


「ロクスソルス社なら、〈女性優先機構レディファースト〉を廃したファルスを製造できるのでは?」

「残念ながら、それは不可能なんだ」

 

 今度は、ミケが断言する。


「どうしてだ?」

「ファルスを製造する過程には、いくつもの検査ポイントがある。〈女性優先機構レディファースト〉を組み込む製造ラインには、女性省から出向する女性官が検査官として立ち会うことが取決められている。この女性官はロクスソルス社と関係のない人物が抜擢され、定期的に査察も入る。もちろん、事前の通告はなく抜き打ちで。過去の検査や査察で〈女性優先機構レディファースト〉の組み込まれていないファルスは一体も発見されていない。検査官や査察官のデータを全て君に公表しても構わない。公式に公開されているデータだ」

「じゃあ、〈女性優先機構レディファースト〉を克服できるファルスがいると言う可能性は?」

「それはアダム――君自身が一番分っているはずだ。君は、自分が女性に引き金を引くことができると思うか?」

 

 僕は、そう尋ねられて黙った。

 それを考えただけで、吐き気がしてきたからだ。

 

 もしも、僕が電磁加速短針銃レールフレシェットガンを女性に向けたりしたら、それだけで僕は失神してしまいそうなほどの嫌悪感や不快感に襲われるだろう。


 引き金を引くなんて到底無理だった。


「自警モードは? あれなら女性に危害を加えられるんじゃ?」

「自警モードを起動させたファルスの行動は、全てクラウドサーバのログに残る。自警モード自体が、クラウドサーバが提供する行動ソフトウェアなのだから当然だ。もしも自警モードを起動してナオミ様やマルタ様を殺害していたのなら、すでに犯人は捕まっているだろう。しかし、自警モードの原則として殺傷兵器の使用はできないように設定されている。アリスを確保しようとしたハダリ様のファルスは、殺傷能力のない電磁警棒スタンロッドしか装備していなかっただろう?」

 

 この考えも行き止まりみたいだった。

 僕はどんどんと推理や推測の行先を潰されていた。


 残りの道は、アリスが犯人という道だけ。


「私たち〈SHI〉は、何重にも安全装置がかけられて出荷される。それはヒューマノイドが誕生する以前の話――物語や空想の時代から考えられてきた我々への対策だ。人類は、ヒューマノイドやロボットに支配されることを、いつだって強く恐れていた。最初期のSF作家は、ヒューマイノド――ロボットが人間に危害を加えないために、『ロボット三原則』なるものを考案した」



「『ロボット三原則』?」

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