第7話 ファルス《おちんちん》

 その日。

 

 別のクラスの女の子たちが、アリスがトイレに行っている間に僕に近づき、僕の身体ボディ悪戯いたずらをはじめた。女の子たちは急いで僕を裸にすると、僕のペニスを見て大声で喜び始める。


 僕たち「擬似男性ファルス」は、基本的に女性の命令に背くことができない。僕たちは、全ての女性の命令を受けつけるように造られている。予め、オーナー以外の命令オーダーを聞くなと言われていればその限りではないけれど、この時のアリスはそこまで頭が回っていなかった。


「ファルス」は全ての女性と、女性の公共のために尽くすという製造理念があるため、僕自身が破壊されたり、オーナーの被害や損害、不利益になるような命令以外では、女性たちの命令や要求を拒めいないのだ。


「へぇー、オスのペニスってこうなってるんだ?」

「気持ち悪っていうかグロテスクだね」

「なんかピクピクしてます」

「ちょっと直に触ってみてよ」

「いやですよ」

 

 僕は白い制服を着た女の子たちに囲まれながら、彼女たちのなすがままにされた。客観的に見れば、辱められ、馬鹿にされ、貶められているにもかかわらず、僕は彼女たちに対して怒りを覚えたり、嫌悪したりするような感情は一切湧き上がって来なかった。


 むしろ、彼女が僕のペニスを見て喜んでいることに、喜びや幸福に似た感情を抱いてすらいた。アリスが与えてくれる喜びや幸福に比べれば微々たるものだが、それでも僕はこの状況を受け入れていた。

 それを、ひどく悲しいとも思った


「ねぇ、ペニスって立つんでしょう?」

勃起ぼっきって言うんですよね? わたし知ってます」

「勃起させてみなさいよ」

 

 僕は彼女たちに命令されて、言われた通りに自分のペニスを勃起させようとした。

 そうせざる負えなかったからだ。


「あなたたち、なにをやっているの?」

 

 不意に、アリスの声が聞こえた。

 僕を取り囲んでいる女の子たちの向こうに、静かな怒りで体を震わせているアリスがいた。


 そんなアリスを視界に映した瞬間に、僕は今まで感じたことのない苦痛と嫌悪感を覚えて、今にも身体ボディ中のものを全て吐き出しそうになった。オーナーの感情に反応して、僕の身体ボディが脳内物質やストレスホルモンを過剰に分泌する。

 僕は目の前が真っ白になり、心臓の鼓動は爆発しそうなくらい早く鳴った。


「私の男の子に――アダムに、なにをしているの?」

 

 アリスは怒りで震えたまま、女の子たちにゆっくりと近づいていいった。

 その顔は蒼白としていて、まるで自分自身を見失っているように虚ろだった。まるで悪霊が憑りついているみたいに。


「アリスさん、これは違うのよ?」

「そうそう」

「私たちファルスに興味があってさ。私の親はまだファルスを買ってくれないからさ」

「そうなんです。オスを少しだけ見てみたかっただけなんです」

 

 かん高い音が何度も響いた。

 それは、この空間――女学校の教室を、暴力という名の絵の具で塗りつぶしてまいそうなほどに重たい音だった。


 アリスの激しい張り手が女の子たちの頬を強く打ち――彼女たちは一瞬、自分が何をされたのか分からないといった感じで表情を真っ白にした。その後で、女の子たちは嵐のように襲ってきた肉体の痛みに混乱し、恐怖し、取り乱した。一人の女の子は鼻から血を流し、別の女の子の唇は切れていた。頬を打たれた女の子の全員が、そしてそれを目撃した生徒の全員が、おそらく生まれてはじめて体験したであろう暴力と呼ばれるものに支配された。

 

 その取り乱しようは異常とも言えるほどで、教室のいたる所で悲鳴が上がって騒然となり、蜂の巣をつついたような混乱と混沌に巻き起こった。まるで嵐のように。生まれてはじめて見る赤い血に、泣き叫び、失神をする生徒まで現れた。


 大声を上げて泣き叫ぶ女の子たちを、氷のように冷たい瞳で一瞥したアリスは、「女性優先機構レディファースト」が働いて苦しんでいる僕に寄り添って、嵐の教室から僕を連れ出した。


「ここに横になって体を落ち着けて」


 彼女は廊下の隅に腰を下ろして、自分の膝に僕の頭を迎え入れてくれた。

 そして、苦痛で喘ぐ僕の頭を優しく撫で続けてくれた。

 

 僕は膝枕をされたまま、アリスのことを考えた。

 彼女は、静かに泣いていた。体を凍えたように震わせながら。

 きっと、いろいろなことが夜の嵐のように襲ってきて、どうしていいのか分からなくなってしまったんだと思う。

 

 そして、はじめて振るってしまった暴力という行為の恐ろしさに衝撃を受けて、彼女は激しく動揺していた。僕を撫でるアリスの手は、先ほどの張り手の痛みを覚えているように震え続けている。アリス自身が頬を打たれたみたいに、そのぐしゃぐしゃになった顔はとても傷ついていた。


「アリス、僕のためにこんなことになってごめん。ほんとうにごめん。アリスにこんなことをさせるなんて」

「あなたのせいじゃないわ。私の男の子。今は、しっかりと体を落ち着けて。それで、早く元気になってね」

「うん」

「もう、あなたを女学校に連れて行ったりなんてしないわ。私が学校に通っている間、良い子でお留守番していてくれる?」

 

 アリスはそう言ってせいいっぱい強がって見せた。軽口を叩けるくらい平気なんだよって、僕に示してみせた。

 そんなけなげな姿が、僕の胸を強く打った。 


「大丈夫だよ。良い子でアリスの帰りを待っている」

「ありがとう」


 アリスは僕の額にそっと唇を当てると、そのまま顔を埋めて静かに泣いた。 

 僕は静かにアリスが泣きやむのを待った。

 

 嵐が過ぎるのを待つように。

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