第6話 女学校《ソロリティ》

 アリスは、周りの女の子たちからも変っていると思われていた。変っているというよりも一目を置かれ、少しだけ恐れられているといった感じ。変りものスプーキーではなく、特別仕立てオートクチュールって感じ。


 アリスは、簡単にヒトを近づけない独特の空気のようなものを持っていた。他の女の子たちがとても柔らかな丸いものできているなら、アリスだけが鋭く尖ったなにかでできているような、そんな雰囲気を。

 だからと言ってアリスが無愛想であった、他の女の子たちに溶け込んでいないと言えば、そういうわけでもない。


 アリスには複雑性があった。特注品の時計のように複雑な機構コンプリケーションがたくさん詰め込まれているような、そんな感じ。


 アリスは、通っている女学校ソロリティの真っ白な制服を誰よりもきれいに着こなしたし、女学校ソロリティの挨拶――正確には、〈女性だけの街〉の公共の挨拶――である「ごきげんよう」を、誰よりも華麗に口にした。


「ごきげんよう」

 

 アリスの「ごきげんよう」は、特別だった。

 その無垢な魂から自然にこぼれ出たような、そんな自然体の「ごきげんよう」だった。お姫さまが当たり前に口にする感じの、そんな「ごきげんよう」。

 僕は、アリスの「ごきげんよう」が大好きだった。

 

 それにアリスは、同級生たちの中では一番成績が良かった。初等部の中で一番頭が良かったかもしれない。運動だって抜群で、誰もがそんなアリスのことを羨んで、彼女のことを特別視していた。まるで、高い崖の上に咲く一輪の花を愛でるように。


 ライ麦色の長い髪の毛。

 カカオ色の肌。

 宝石のような青い瞳。

 完璧に着こなされた白い制服。

 特別な「ごきげんよう」。


 そんな彼女を構成するパーツの一つ一つが、彼女を特別に仕立て上げていた。


 アリスは、女学校ソロリティにも僕を連れて行った。

「ソロリティ」と呼ばれる姉妹の意味を持つ幼稚舎から高等部までが一貫になった教育機関に、僕を伴って通った。


 完璧に管理された温室のような学び舎は、女の子の園。

 そんな女の子たちの花園に一目を置かれた生徒が「擬似男性ファルス」を連れていけば、これまで以上に注目されるのは当然であり、明らかだった。アリスには僕を見せびらかすとか、自慢をするとか、自分が特別なんだってことをアピールするつもりはまるでなかったけれど、結果的に周りの女の子たちにはそう見えてしまった。


 アリスは僕と離れるのが嫌で、常にそばにいてほしいと思っていただけなのに。


「アリスさん、ごきげんよう。それってファルス?」

「えー、アリスさんもうファルスもってるの?」

「すごーい。これでセックスするんでしょう」

「もうしているのかしら?」

「これがオスかあ」

 

 アリスはそんな言葉にさらされるたびに、適当な言葉で取り繕い僕から女の子たちを遠ざけた。


「ごきげんよう。ごめんなさい。たいしたことはしてないの。私と、私の男の子は――ただのお友達なのよ」


「ファルス」は、十六歳未満の購入が禁止されている。

 親の同意があればこの限りではないけれど、それでも初等部で自分個人パーソナルの「ファルス」を保有している女の子は、ごくまれなことだった。


 だからこそ、多くの同級生たちは興味津々で僕のことを質問した。

 女の子たちにとって同世代の「ファルス」はとても珍しいもので、おそらく自宅で使用されている大人型の「ファルス」とは、まるで違って見えたのだと思う。基本的に少年型の「ファルス」は愛玩用以外に価値がなく、特殊な性的趣向をもった女性が購買層となっている。


 同級生たちは、少しでもアリスから話を聞きたいとせがんだ。

 さらに言えば、彼女たちはアリスから性的生活や生殖行為についての話を聞きたがった。いずれ自分がすることになる未来の行為を、アリスが先に行っているということが、彼女たちの好奇心に火をつけた。


 それがどのような快楽をもらたすのかを――

 気持ちがいいのか、

 心地良いのか、

 温かいのか、

 痛いのか、

 くすぐったいのか、

 むず痒いのか、

 ぞくぞくするのか、

 興奮するのか、

 

 そう言った事細かなことまで聞きたがり、知りたがった。


 だけど僕とアリスはセックスはおろか、唇と唇を重ねるマウス・トゥ・マウスのキスや、ペッティングさえしたことがなかった。と言うのも、十六歳以下が所有する「ファルス」には、性的な行為に対して青少女保護育成ゾーニングコードが組み込まれており、十六歳未満の女性とは生殖行為ができないように造られている。


 僕のペニスは勃起こそするものの、女性を妊娠させるための精子は射精されない。キスやペッティングなどの擬似的な性行為を行うことはできるが、それらの行為に及ぼうとすると購入者オーナー保護者セカンドオーナーに警告が発せられるようになっている。


 僕たちがしたことといえば、お互いの体――身体ボディを少し触ったり、軽く頬にキスをするくらい。


 アリスは、ただ単純に男の子としての僕を欲しがった。

 アリスは、自分が安易なセックス目的で僕を購入したと思われたことにおもいきり腹を立てて、ある日、僕に群がる女の子たちを鋭い視線で一瞥いちべつして、こう言った。


「あなたたちって、本当に頭の中がお花畑なのね? それも卑猥なピンク色の。下品な目で私の男の子を見ないでくれる。私は、オナニー猿になるつもりでファルスを購入したんじゃないのよ? セックスのことが知りたかったら、ポルノビデオでも見ていないさい」

 

 そんな言葉で一蹴された同級生たちは、深く傷ついて逃げ帰っていった。中には泣き出してしまった女の子もいて、僕は彼女たちが傷ついたことに心を痛めた。


 アリスのためでなくても、「女性優先機構レディファースト」はしっかりと働くようになっている。

 僕はその時はじめて、自分に組み込まれたこの仕様を憎らしく思った。


 僕は、アリス以外の女の子のことで胸を痛めたくなかった。

 アリスのことだけを考えていたかった。

 

 しばらくすると、アリスに近づく同級生はいなくなり、アリスは強いられた孤独ではなく、穏やかな孤立を選んだ。表向きは笑顔で「ごきげんよう」と言って手を振り、授業や日常生活に必要な当たり障りのない会話こそしたが、同級生たちのほとんど無視していた。


「あんな子たち、下らなすぎてこっちから願い下げよ。あなたたちファルスのことを、本当にモノか奴隷としか思っていないんだから。あの子たちって、絶対に男性って――男の子って言わないのよ? その代わりに、オスっていうの。あなたたちを動物の性で呼ぶなんて、とても差別的だわ。それって、かつて私たち女性が男性にされてきたことでしょう? それを私たち女性がするってことは、私たちを虐げてきた危険で野蛮な男性と同じ存在になるってことなのよ。どうしてそんなことも分らないのかしら?」

 

 アリスは教室では平静を装って穏やかさを保っていたものの、内心ではいつも怒りを抱え込んでいて、自分の部屋に帰ってくるなりそんな不満を常に口にしていた。

 

 僕は、アリスが僕を大切に思ってそう言ってくれることが嬉しかったけれど、それと同じくらい彼女が同世代の女の子たちから孤立してしまうことを悲しんだ。


 アリスには、たくさんと友達一緒にいてほしかった。

 同世代の女の子たちと仲良く笑っていて欲しかった。

 僕がその為の障害になっているなら、僕は自分が廃棄されても構わないとさえ思った。

 

 アリスは他の同級生たちを無視して、僕との登下校を繰り返した。

 そして半年ほどたった時、とある事件が起きた。


 それが、アリスの複雑性をさらに複雑にしてしまう最初の切っ掛け。アリスという時計の中に埋め込まれた複雑な機構コンプリケーションが次から次へと動きだし、その針の進みを早めてしまうそんな事件が。


 ちくたくちくたく。

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