第24話 足の裏《プランタ》
この〈女性だけの街〉の〈
僕が何より驚いたのは、深夜零時を過ぎているというのに数多くの店がまだ営業をしており、盛況を迎えているということだった。派手というか、
「ちょっと、キミー」
目的地のファムファタールに向っていると、不意に背中に声をかけられる。
振り返ると二人の女性が立っていて、楽しげに僕を見つめていた。二人とも大げなさな化粧をして、露出の多い服を着ている。髪の毛は重力に逆らうようにセットされていて、まるで相手を威嚇する獣のように見えた。
「どこのお店のおちんちん君? お客を取るように言われてるなら、お姉さんたちが遊んであげようか? わたし、男の子ってはじめてなんだよねえ」
「
「うん。こんな小さい子に組み敷かれて支配される感じが、すごく良いらしいよ」
二人の女性は、僕を見つめながら大きな笑い声を上げる。傍目にも異常に興奮していることは明らかで、まるで酒に酔っているように見えた。この「マーテル」では、アルコールや煙草といったかつて男性たちが好んでいた趣向品は禁止しているはずなのに。
「すいません。僕はこういうものなんです」
僕は二人組の女性の一人――胸元の大きく開いた豹柄のワンピースの女性の端末に、僕の
その瞬間、女性たちの顔色が変わる。
「うそっ。女性省? どうして足の裏なんかに」
「視察? 私たち〈女性推進委員会〉の調査とか受けないですよね?」
もう片方の、銀色の水着のような衣装に丈の短いジーンズを履いている女性が、声を振るわせて尋ねる。
「私、公共評価〈ソーシャルスコア〉が低くて、一度女性官の訪問を受けたことがあるんです。お願いします。女性省に報告しないでください」
「
「ちょっと女性省に報告されたらどうするのよ?」
「別に大丈夫でしょ?」
言い争いをはじめた彼女たちを置いて、僕は目的の場所を目指した。
それからも僕に声をかけてくる女性はいたけれど、女性省のIDを公開して適当にあしらって路地を進み続ける。路地をかなり奥の方までいくと、ようやく目当ての店――クラブ「ファムファタール」にたどり着いた。
「ファムファタール」は地下の店で、僕は地下への階段を下りて分厚い扉の前に立った。扉のノブには遺伝子情報を読み取る装置が取り付けられていて、僕は一瞬ログ情報を改竄してから入店をしようかと考えたが、あえてこちらの正体を晒すことにした。
黒い鉄製の扉は僕の個人情報を読み取ると自動で開き、同時に僕の口座――女性省に支給された――から入場料を支払っていた。しかし、クラブへの入場料は明日のエステ代に書き換えられていて、ご丁寧に事前予約による前払いという形になっている。
この手の
かつて、アヘンと呼ばれる麻薬の一種を隠れて吸うことができる社交場を、アヘン窟と呼んだらしい。
そう言った場所では、数多くの女性たちが無理やり働かされていたという。時に性的なサービスを求められ、薬漬けにされたとも。
だんだんと、僕は〈足の
僕は、
天井のミラーボールが発する極彩色の照明が、広いフロアをランダムに照らす。様々な衣装を着た女性が、音楽とライトに合わせてリズミカルに体を揺らしている。複数ある巨大なスクリーンには
一際大きなスクリーンの前にはブースができていた、一人の女性が立っている。
彼女は四方を囲む様々な機械を動かしながら、このフロアの音楽と映像、さらには照明までをたった一人で操作しているみたいだった。まるでオーケストラの指揮者のように音楽を一つの大きなうねりに変えて、この空間の全てをコントロールしているように見えた。
検索の結果、それがDJと呼ばれる特殊な存在であることが分かった。
〈ディスクジョッキー〉。
音楽を選曲して観客やフロアを盛り上げる職業。
または、ラジオのパーソナリティなどを指す用語。
女性DJに視線を向けていると、不意に電子音が激しく鳴るアップテンポの曲から、スローな感じのムードのある曲に音楽が切り替わる。しかし、そのつなぎ目に違和感を抱くことはまるでなかった。フロアの女性たちも自然に体のリズムを激しいものから、ゆっくりと手を振るような穏やかなリズムに切り替えて、その選曲を楽しんでいた。
首から大きなヘッドフォンを下げた黒髪の女性DJは、忙しなく体を動かし続ける。並んだ機械のつまみをいじったり、ボタンを叩いたりしている。その服装は黒のエプロンドレスという一見ミスマッチなものだったけれど、それがすごく彼女に似合っているように見えた。
僕が彼女に目を奪われていると、DJのほうも僕のほうに視線を向けて、僕たちは目を合わせた。
その瞬間、音楽が僅かに歪み、フロア全体が調和を失ったような気がした。しかし、直ぐに音楽とフロアは調和を取り戻して、何事もなかったかのように元のリズムに戻っていった。
「そこのあんた? あんただよ? あんたに話があるから、ちょいと来てくれるかい?」
すると、ようやくお目当ての人物が僕に声をかけて来て、僕はそちらに意識を向けた。
「よくもまあ、女性省のIDを堂々とさらして入場してくれたもんだね? うちで働く子たちがみんな怖がっちまって、帰りたいって叫び出す始末だよ。まったく商売あがったりだ」
風邪でも引いているかのようなしゃがれた声の女性が、僕を見て忌々しそうに言う。
その女性はとても背が高いだけでなく、とてもふくよかな女性で、普通の女性の体重の三倍はありそうに見えた。大袈裟すぎる化粧を施して、まるでネオンでその顔を照らしているのかのように見える。着物と呼ばれる衣装によく似た黒い衣服を着て、破裂しそうな胸元はだらしないほど大きく開いている。
両隣には、屈強な体格の「ファルス」を二人従えて、まさにこのアヘン窟の女主人といった感じだった。あるいは魔女か。
「お騒がせしてして申し訳ありません。僕はこのクラブの摘発や検閲に来たわけではなく、ごく個人的な理由でこのファムファタールを訪れました。責任者に会うには、この方法が一番早いと思って。だから安心してください」
僕はとりあえず丁寧に事情を説明した。
「あたりまえだよ。あんたみたいな、つい昨日女性省のIDを手に入れたような坊やに、私のクラブの摘発ができるもんかい。うちを潰したいんならね――〈女性推進委員会〉や〈女性倫理委員会〉の大物でも連れてきな。まぁ、それでも無理だろうけどね」
「どうして、僕が昨日女性省のIDを手に入れたと?」
「うちみたいな違法すれすれの店が、どうやってこの街で生き延びていると思う? それなりに知恵を働かせてるんだよ。うちにも女性官の客は多いからね」
つまり、女性省のデータを閲覧できる状況あるということだろうか?
それとも、この店のオーナー、または出資者の一人が女性官なのか?
目の前の女主人が女性官ということはないだろうから、パトロンのようなものがいるのかもしれない。
そう考えると、ファムファタールでの僕の行動が後々問題になる可能性は大きいように思えた。僕は、まだ女性省の調査に協力的であるふりをしておきたかったので、ここからの行動や態度はできる限り慎重にならざる得なかった。
僕は今夜、この場所を訪れていないことになっている。
僕がこの店に来たと報告をされただけでも、僕の立場は危ういものになる。
「それにしても、小賢しい考えかたをするファルスだね? まるで女の腐ったようなチンコだ。さぁ、さっさとこっちへおいで。向こうで、あんたの個人的な話をゆっくり聞いてやろうじゃないか?」
僕は、言われるままに女主人の後について行った。
アヘンの煙に誘われるように、フロアの奥深く奥深くへと足を進める。
暗闇の中にあるだろうアリスの手掛かりを求めて。
フロアでは、またしても音楽が違和感なく切り替わっていた。
その歌詞が、どうしてか僕の胸を強く打った。
男の子って何で出来てる?
男の子って何で出来てる?
カエルとカタツムリと仔犬のシッポ
男の子って、それらで出来てる。
僕は、いったい何で出来ているのだろう?
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