第22話 地下鉄《メトロ》

 一日目の調査を終えて仮住まいセーフハウスに戻ってきた僕は、夜になるのを待って行動を開始した。


 一人部屋を抜け出し、監視や尾行されていないことを確認。そして細心の注意を払いながら、目的の場所を目指す。ミケにも気づかれないように。

 

 入退室を管理するログ情報の改竄かいざんは、インストールした行動パッケージの中にそれらしいプログラムが入っていたのでそれを使用した。すると、ログ情報とそれに付随するメタ情報も含めて簡単に改竄、消去することができ、僕はこの「マーテル」の危機管理能力を疑った。このようなデータ管理で良くこの街の公共を維持していられるものだと思いつつも、この街で暮らす女性たちの公共意識とモラルの高さに感心した。

 

 目的の場所までは六区画ほど離れており、ほぼ街の最南端にあたるので、僕は高速地下鉄ハイメトロに乗車することにした。「マーテル」には街を環状に走るモノレールと、街の地下を網の目状に走る地下鉄メトロがある。どちらも、街の景観を壊さないように地上に線路は敷かれていない。


 夜の十時を回ったばかりの地下鉄の駅は閑散としていた。エレベーターで地下深くに下り、真っ白な壁がいつまでも続くチューブ状の通路を歩きながら無人のホームへと向かう。そして、高速地下鉄が到着するのを待つ。


〈女性だけの街〉では、かつて使われていたダイヤグラムと呼ばれる列車の運行表は存在せず、全ての運行は鉄道会社の交通AIによって管理される。AIは各駅の乗降者ログから乗車率や混雑率を割出し、これまでに蓄積しているビッグデータと重ねてその日の最適なダイヤグラムを作成する。

 時間に追われることのない生活スタイルを推奨する「マーテル」だからこそ可能な、穏やかな列車の運行。


 僕は再起動してからインストールした行動パッケージのおかげで、この街についてかなり詳しくなっていることに気がついた。行動プログラムに付随する知識情報が、僕の知らなかったこの街の情報を正確に教えてくれている。

 何の違和感も不自然もなく、それらは僕のメモリを満たしている。

 僕は、自分が別のモノに変質しているような気がしたけれど、それに対する恐怖や不信感はまるでなかった。

 

 アリスは、僕が簡易サーバにアクセスすることを禁止していた。クラウドサーバには絶対にアクセスしてはいけないと、それだけはオーナーの権限を使って厳しく命令をしていた。アプリケーションや行動プログラムをインストールすることを絶対に認めず、自分で経験し体験したことだけを糧にするようにと。


「いい? アダムは私と一緒に一つずつ覚えて行くのよ。私たちは手を取り合って一緒に前に進んでいくんだから」


 僕は、アリスの言いつけを破って行動パッケージをインストールしてしまったことに胸を痛めた。アリスとの約束を破ってしまったことを悲しんだ。

 

 アリスと再会した時、彼女は様々な行動プログラムをインストールした僕を見てなんと言うだろうか? 

 僕のことを、彼女の知っている僕じゃないと拒絶してしまわないだろうか?


 そう考えると、僕はアリスと再会することが怖くもあった。

 でも、それでも僕はアリスを見つけ出さなくちゃいけない。


 彼女の無実を証明して、彼女の母親と再会させなくちゃいけない。

 そのためなら、僕はなんでもやる覚悟と決意があった。

 それがたとえ女性省を裏切り、ウカやミケをあざむくことになろうとも。

 それだけが、僕の今の存在理由。


 僕は、真っ黒な名刺カードを眺めながら――

 アリスの母親、マルタとの会話を思い出した。


 いつの間にか、僕は高速地下鉄に揺られていた。

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