第19話 思い出《ハイガーデン》
アリスの両親宅は、女性省から二区画離れた女性省高官専用の
アリスと暮らしていた当時は気が付かなかったけれど、それはとても綺麗に整備された区画で、真っ白な建物が連綿と連なっている。警備ロボや清掃ロボットの数も他の区画とは比べ物にならないほど多く、この区画がこの街にとっていかに重要な地区であるかを静かに物語っていた。お淑やかで気品高く。
各住居には必ず良く手入れされた庭や花壇があり、それが病的なまでに真っ白な住居に彩りを添えている。
だから、ここは
アリスの両親宅は、庭一面に真っ赤なバラと真っ白なバラが咲き誇っていて、来訪者を盛大に歓迎していた。遺伝子操作されたバラには棘の一つもなく、それどころか全ての花が同じ形、同じ大きさに規格統一されている。土から生えて咲いたのではなく、工場から出荷されたプラスチックに造花だと言われても納得してしまいそうだった。
そんな白と赤のバラたちが、なんとなく僕たち「
この街の花も植物も――
そして、僕たち「ファルス」もその為だけに存在している。
ふと、そんなことを思った。
僕たちは、アリスの両親宅に入った。
彼女の母親は不在で、広々とした家の中には誰もいない。
この家は、いつも静かだった。
マルタは、アリスを生んですぐに生殖を行った「ファルス」を廃棄処分し、その後「ファルス」を購入しなかったため、この家はいつも静まり返っていた。清掃ロボットと警備ロボットが一体ずついて、僕とアリスを除けばそれが唯一の住人。
「私の男の子。あなたが私の家に来てくれまるで、この家は本当に退屈でつまらない家だったのよ? ママはいつも家を留守にするし。デコとボコは私の話を全く聞いてくれないし。話しかけても、いつだって自分の仕事ばかりなんだもん」
デコとボコと名付けたロボットを指さしたアリスは、やれやれと首を横に振る。
ボディに目や口を落書きされ、洋服に見立てた布を巻きつけられた意志のないロボットたちの姿は、とても間抜けに見えた。それでも、必死にお友達をつくろうとしたアリスの健気さが、僕の胸を強く打ったことを思い出した。
廊下の隅のデコとボコは、すでに最新型に買い替えられていた。
僕は、色々なことを思い出していた。
まるで、記憶というメモリの波にのみ込まれてしまったみたいに。
「お姉さまが会いに来てくれれば良いんだけれど、とてもお忙しいのよね。他の女の子たちは、あんまりおもしろくないし。私の面倒を見に来る母親代わりの人たちは、みんな同じ顔をしているみたいでうんざりしちゃう。まるで
僕がアリスの家にやって来てしばらくは、アリスはいつもそんなことを口にしていた。
そして、彼女はいつも僕をギュッと抱きしめて僕の温もりを強く感じようとした。柔らかい頬を僕の頬にこすりつけてみたり、僕の匂いをかいでみたり、僕の
そんなことをされると、僕は僕は本来の役割を思い出したように強く隆起してしまう。
つまり、僕の僕――
おちんちんが硬くなってしまうのだ。
「苦しそうだけど、大丈夫?」
ズボンをせり上げて、その布を貫かんばかりの僕のペニスを見て、アリスは静かに尋ねた。興味津々というよりは、なんだかととても嬉しそうな表情を浮かべて、僕をうっとりと見つめていた。
「アダムは、私のことをちゃんと女性として見てくれているのね?」
アリスは、そう言いながら僕の僕をそっと撫でた。性的行為に当てはまらず、
まるで、小さな子供をあやすみたいに。
「良い子、良い子」と頭を撫でるみたいに。
「
「うん」
僕は、素直に頷いた。
「よろしい」
アリスは、にっこりと笑って頷いた。
そして、僕の頬にそっとキスをしてくれた。
僕もアリスの頬にキスを返した。
僕たちは、お互いに頬にキスをするのが大好きだった。
それが、僕たちにとって最上級の愛情表現だったんだ。
「本当は僕がアリスにしてあげるはずのなのに、なんだかあべこべだ」
「いいのよ。私は、してあげたくてしてるんだから。それにこういうことに、どちらがするべきなんてことはないんだと思うわ。二人で気持ち良くなったほうが絶対に良いと思うなあ。だって、私たちはパートナーなんだから」
「でも、僕はなにもしてあげられないよ」
「今はね。私が大人になったら二人で気持ち良くなりましょう」
「うん」
「あなたのこのおちんちんから、たくさんの精子が出るのね。そして、私はいつか女の子を生むんだわ。ああ、男の子を産めたらいいのになあ。アダムみたいな男の子だったら、私はいくらでも産んであげたいなあ。それこそ、野球チームがつくれるくらい」
アリスは、そんなことを言ってくすくすと笑っていた。
アリスは、男の子を産むことを夢見ていた。
それが不可能だと知りながら。
「この部屋の調査は、僕だけに任せてくれないか?」
二階にあるアリスの部屋の前で、僕はミケにそう言った。
真っ白な扉の向こうには、アリスと僕が過ごしたあの部屋が広がっている。誰かに――それが、たとえモノである「ファルス」であったとしても――僕たちの思い出の部屋に、土足で踏み込んでもらいたくはなかった。
「申し訳ないけれど、それはできない。私は、この調査において君のサポートを命令されている。君を疑っているわけではないことだけは分かってほしい」
ミケはハンサムな顔立ちを歪ませてそう謝罪した。
「いや、僕のほうこそすまない。少し感傷的になってしまっただけだ」
「君たちの思い出に土足で踏み込むことを許してほしい。部屋の中を荒らしたりしないことを約束する」
「ありがとう」
僕は、礼を言ってアリスの部屋の扉を開けた。
過去と、
思い出の扉を。
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