第31話 扉《バンダースナッチ》
僕は赤い
赤い流線型のフォルムの電気駆動二輪。極端に長いホイールベースにオフロードタイヤ。車高の低いシートとステアリング。まるでなんの役にも立たない無意味な違法改造が、これでもかというくらい施された電気駆動二輪。
それが赤い流星のように時速三百キロを越える速度で、
「アリスに会いに行くんでしょ? なら、これ使っていいよ」
僕が、アリスが母親に送ったメッセージを見つけたことを報告すると、シズカはガレージの隅に置かれた電気駆動二輪を指して言った。
アリスは、母親のマルタと女性省で落ち合う約束を取りつけていた。
それも、今夜。
僕は、すぐにでも女性省に向わなければいけなかった。
「この
かかっているシートを剥がしながら、シズカは僕を見て頷く。
後は、僕に任せたと言うように。
「アリスのことよろしく頼むね。今度、三人でお茶でも飲もう」
二時間以上はかかるはずの移動時間を僅か四十分に短縮して、僕は夜の帳の降りた女性省にたどり着いた。役目を終えたバンダースナッチちゃんは、カチカチとエンジンを冷やす音を鳴らしている。その姿は、なんだかネコ科の赤い動物が四肢を休ませているように見えた。
僕はバンダースナッチちゃんの黒いシートを撫でて、心の中で「ありがとう」と呟く。
時刻はすでに深夜一時を過ぎていたけれど、アリスがメッセージで指定した時刻からは、わずかに十五分ほど過ぎただけ。
十分に、アリスと再会することができる時間だった。
僕は女性省に入って行った。
この街を管理する慈母の聖域へ。
そして、アリスと母親が会う予定のオフィスに向う。
女性省の内部は完全な無人だった。ほとんどの灯りが落され、誘導灯の淡いピンク色の光がわずかに通路を照らしているだけ。まるで、ヒトの体内に入り込んだ病原菌にでもなった気分になった。長い食道を抜けてエレベーターのある胃に出る。エレベーターの中もピンク色のライトで照らされていて、僕という異物は小腸を通って大腸に出る。そんな感じ。
女性省6階の代表女性官専用のオフィス階。
このマーテルの心臓であり子宮。
つまり、聖域であり神殿。
十二人いる代表女性官の中で、女性省に在籍している八人の女性官のみに与えられた特別階は、女性省員の間で
この先にアリスがいるのかもしれない。
長い間離れ離れになっていた僕の女の子に、僕はようやく会えるかもしれない。
僕の廃棄処分が決まった時、まさかもう一度アリスに会えるなんて僕は考えもしなかった。あの時、僕は自分の最後を受け入れた。それなのに、僕はもう一度アリスに再会しようとしている。
そう思うと、僕の心臓はとても強く鼓動した。八年ぶりにアリスに会うことができるのかもしれないと思うと、僕の心は激しく高揚した。そして、それ以上にとても不安を感じた。
アリスは、僕が目覚めたことを知らない。
アリスは僕を目覚めさせてくれなかった。
いつまでもロクスソルス社で機能停止のまま眠らせておくことを選んだ。
つまり、アリスは僕を必要としていない。
アリスは、アリスが行こうとしている場所に――
僕を連れて行ってはくれなかった。
だから僕がアリスと再会した時、彼女が僕を見てどのような反応するのか分からなかった。
そのことが、僕をとても不安させた。僕を臆病にして、その扉に手を伸ばすことを躊躇わせた。アリスは僕を見るなり、僕のことなんてもういらないと、不必要だと言い放つかもしれない。
そうなったら、僕は――
僕は、大きく首を横に振る。
僕はアリスに会うために、僕の女の子に再会するためにここまで来た。アリスが僕を見てどのような反応をしようとも、僕がアリスに再会をしたいという気持ちだけは変わらない。
それがたとえ「
僕は、アリスに会いたい。
ただそれだけの気持ちで――
その真っ白な扉を開いた。
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