outro vita sexualis

第44話 未来《あなたの人生の物語》

 これが、僕のお話し。

 この女性だけの街「マーテル」と、性の話。

 

 女の子と男の子――

 女性と「ファルス」の話。

 

 ヒトとモノの物語。

 

 僕と、

 僕の女の子との、出会いと別れと――

 

 そして、最後の七日間の冒険。

 過去と御伽噺フェアリーテイル

 

 未来の話は、まだ分からない。

 それは、これから長い時間をかけて綴っていくのだと思うから。

 

 新しい七日間が始まった日から、〈女性だけの街〉は慌ただしい毎日が続くこととなった。

 この街の女性たちは、三人の女性官の死を弔い、深い深い悲しみに暮れながらも、自分たちが置かれている状況や、自分たちが抱えている問題と向き合わなければならなかった。


 女性たちの多くが、語られる過去と真実の重さに大きな衝撃を受けて苦悩し、深い傷を負った。

 

 新しい傷を。

 

 アリスやハダリによって知らされるこの街の本当の姿、本当の過去――そして、閉ざされようとしている未来のカタチに、恐怖し絶望した。

 いずれ訪れる終わりに、涙を流した。

 

 それでも、女性たちは少しずつ前に進み始めた。

 未来に手を伸ばして、この街の新しいカタチを探しはじめた。

 

 長い議論や討論の末、「マーテル」の女性たちは壁の外の世界と少しずつ交流を持ち始め、女性省は外交女性官を派遣して各共同体との意見交換をはじめた。

 

 しかし、外の世界のヒトたち――国家に変る新しい集団である共同体は、「マーテル」の女性たちを快く思わず、お世辞にも協力的とは言えなかった。それでも、最先端の医療技術や、遺伝子操作技術の提供を約束して、「マーテル」の女性たちが抱えている問題や、改変された遺伝子の除去や再改変、そして不妊の症状の克服に力を貸してくれた。

 

 というよりも、この遺伝子的な欠陥が外の世界に広まることを恐れて、半ば恐怖に駆られるカタチで協力をしてくれたと言ったほうが正しいんだと思う。

 

 外の世界は、それまでの歴史で知った世界と比べると、ずいぶん臆病になっていたように思う。「マーテル」と同じように閉じこもり、深い繋がりを持とうとせず、共通の属性を持つもの同士で静かに暮らす、そんな共同体が多く存在していた。


 おそらく、人類は疲れてしまったんだと思う。

 それまで、目まぐるしい速度で進歩をし続けたことに。争いを繰り返し、多くの悲劇を生みだし、大量の死と血を流し続けてここまでたどり着いたことに、疲れ果てていたんだと思う。


 ようやく訪れた小さな休息を、乱されたくないと思っているみたいだった。

 

 そんな世界や共同体を相手に、半ば脅迫するように協力を取り付けた一人の外交女性官の存在は、外の世界では一つの語り草になっているらしい。

 

 しかし、「マーテル」は渡航制限共同体に指定にされてしまい、女性たちが外の世界に出るには、厳しい審査を何重にも通過しなければならなかった。血液検査や細菌検査など、不必要な審査や検査を何重にも行い、精神鑑定やその他膨大な手続きを済まさなければならなかった。そして、外の世界での性交は固く禁じられた。

 

 彼女たちが、〈虐殺の遺伝子〉のキャリアであると考えれば当然の処置なのかもしれないけれど、それでも僕は、そんな世界の態度に不公平さや不平等さを感じて強い苛立ちや怒りを覚えた。

 

 そして、最初の外交女性官が女性だけの街に築いた壁を、引いてしまった国境線を越えて小さな一歩を踏み出してから――もう、ずいぶんと時間が経っていた。


 けれど、女性たちを取り巻く環境も、問題も、ほとんど何も解決してはいない。

 未だに壁は築かれたままで、女性たちは子供を産めなくなり、女性と男性は別たれたまま。

 

 それでも僕は、彼女たちがこの困難な状況を乗り越え、不平等や不公平を克服し、世界の一員になって行くだろうと確信している。

 

 それは、これまで数々の人々が――切り離され、切り捨てられてきた少数の人たちが、乗り越えてきた、克服してきた人類の歴史なのだから。「マーテル」の女性たちも、間違いなくそれを乗り越え、新しい権利を獲得するだろう。

 

 そこにたどり着くまでに、

 

 何度も何度も傷つき、

 何度も何度も悲しみ、

 何度も何度も絶望し、

 

 何度も何度も足を止めそうになると思う。

 

 それでも最後には、

 彼女たちはその場所にたどり着く。

 

 未来を手に入れる。

 そのことを僕は確信していた。

 

 僕は、ベッドで横になる僕の女の子を見つめて、そのライ麦色の髪の毛を撫でた。太陽に愛されたチョコレートの色の肌を見つめて、その頬にそっと唇をあてる。

 むにゃむにゃと唇を動かした女の子は、ゆっくりと目を開けて青い瞳で僕を見た。


 寝ぼけたまなざしが、とてもチャーミングだった。


「おはよう。私の男の子。ずいぶん早起きなのね」

「おはよう。僕の女の子。なんだかとてもわくわくして、早く起きちゃったんだ」

 

 僕の女の子――アリスは、寝ぼけた顔のままにっこりと笑った。

 ブランケットの下は丸裸のままで、下着の一つもつけていない。

 

 そう言えば、昨日はそのまま眠りについたことを思い出した。


「今日は、世界の各共同体の代表が集まるサミットだもんね。あなたも発言者として会議に参加するんだから、落ち着かないわよね?」

 

 僕たちは現在、『京都』と呼ばれる古都のホテルに滞在をしている。

 そして今日、『世界人権会議』と呼ばれるサミットに参加することになっている。


「マーテル」の発言者は、外交女性官であり代表女性官でもあるアリスで、僕は「マーテル」の〈SHI〉――かつて、「擬似男性ファルス」と呼ばれていたモノとして発言をすることになっていた。

 

 余談になるんだけれど、僕たち「ファルス」を取り巻く環境は、ずいぶんと代わっていた。


「ファルス」という呼ばれ方はされなくなっていて、それは現在では差別用語の一つに指定されている。

 現在製造される〈SHI〉の〈女性優先機構レディファースト〉は、以前よりも緩和された簡易機構へと仕様変更された。もちろん、僕たちに対する女性たちの考え方や扱い方にだって変化があった。

 

 僕たちは、彼女たちと対等なパートナーになろうとしている。

 そして僕たちは、人権というものを手に入れていた。


 ヒトに準ずる知性ある存在として、様々な権利を獲得していた。

 

 正直なところ、僕は人権というものを必要とはしていなかったし、「ファルス」という呼ばれ方だって改善される必要はないと思っていた。僕の存在理由は、今でもアリスのためだけだし、「ファルス」と呼ばれることについても、とくに気にしたことはない。気分が悪くなったり、嫌な気持にだってならない。


 僕たちは、女性の性的生活及び生殖のためのおちんちんなのだ。

 そのことに疑問を覚えたり、待遇の改善を望んだことなんて一度もなかった。

 

 それでも僕は――僕たちが獲得したこの権利を守って行かなければいけないんだと思っていた。

 

 これを獲得するために、たくさんの人たちが戦ってきた。

 多くの血を流してきた。

 

 それを手に入れるためだけに、人生と呼ばれるものをかけて、捧げてきた人たちが、たくさんいた。

 

 だから僕も、僕が手にしたこの権利を守って行かなければいかない。

 それは僕のためではなく、未来の僕たちのために。

 

 僕は、そう思うようになっていた、


「うん。僕はすごく興奮している」

 

 僕は力強く言って、自分が今日――世界に向けて語る姿を思い描いた。

 

 僕は、僕の物語を語る。

 僕の人生の物語を。


「アリス、僕は今から少しだけスピーチを直そうと思ってるんだ。もっと語りかける感じで、僕たちの物語を強調したいんだ。これを聞いているヒト一人ひとりが親身になって、自分の物語のように感じてもらえるように」

「それは、とっても素敵な考えね」

 

 アリスは頷きながら大きく欠伸をした。


「もう少し寝てていいよ。昨日も忙しかったから疲れてるだろ?」

「ありがとう。じゃあ、もう少しだけ眠るわね。昨日もがんばって子作りをしたからくたくたよ。赤ちゃんできるかしら?」

「できるといいね」

「男の子がいいわ」

 

 僕たちは、にっこりと笑って頷いた。

 僕は窓の外に広がる『京都』の街並みを眺めて、これからはじまり未来のことを考えた。

 

 そして、今日サミットで口にするスピーチの冒頭を書き直しはじめた。

 はじまりは、決めている。



 この街には、女性しかない。

 この街には、男性がいない。

 

 僕はそんな女性だけの街で、男性ではなく――「ファルス」と呼ばれている。

 

 これは、

「ファルス」であり、

 モノである僕と、


 一人の女性――

 女の子の物語。

 

 僕たちの人生の物語。


 そして、これを聞いている君の物語。

 おそらく、不平等で不公平な世界を生きている、あなたの物語。


 君の、あなたの、未来はどんなだろう?

 僕の未来は――


 きっと。

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女性だけの街 七瀬夏扉@ななせなつひ @nowar

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