第14話 ロクスソルス《子宮》

 

〈ロクスソルス社〉。


 この女性だけの街「マーテル」ただ一つの「セクスアリス・ヒューマノイド・インターフェイス」メーカーで――「SHI」の基礎理論、設計、資材調達、開発、製造、量産、販売、サポートまでを一手に引き受けるプラットフォームでもあり、「マーテル」の公共を支えるインフラ企業の側面も持つ。


子宮区画ウテルス〉に本社を置き、日々「マーテル」の公共を支える技術の研究や開発を行っている。

 

 そして、僕が製造された母の子宮。

 

 僕とミケは、長い廊下を歩いた先の大きな部屋に移動していた。

 真っ直ぐに伸びた赤い絨毯の先には、二人の女性がいる。


「便宜上、君のことは製造番号を省略したD69と呼ばせてもらう。かまわないな?」

「かまいません」

 

 僕が頷くと、背もたれの高い椅子に腰を下ろした女性は、「よろしい」と頷く。彼女の隣にはウカが立っていて、後ろには七人の「擬似男性ファルス」が横一列に立っている。

 

 彼らは全員が同じ顔、同じ表情、同じ制服、同じ姿勢で――まるで人形マネキンのように見えた。

 

 白い髪。

 白い肌。

 赤い瞳。

 

 おそらく、護衛や秘書業務を行うサポート型の「ファルス」だろう。

 そんな七人の騎士を従える女王のような女性は、剃刀かみそりのように綺麗に揃えられた銀色の短髪。光沢のある赤色のスーツを着て、背もたれの高い玉座のような椅子に腰を下ろしている。スーツのフラワーホールには、女性省の心臓ハート胸章エンブレムと、ロクスソルス社の紋章エンブレムが象られたバッジが付けられていて、とても高い地位にいる女性だということが伺えた。


「再起動したばかりで何も理解していないことは分かっているが、我々は、D69に我々の仕事の一部を委託したいと思っている。これは、女性省とロクスソルス社の共同事業の委託だ。君には、まずはそれに同意をしてもらう」

 

 赤いスーツの女性は、有無を言わせない調子で言った。

 まるで、女王が家臣に命じるように。


「事業の委託に同意をすることに異論はありません」

 

 僕は、頷いて続ける。


「僕は、この街の女性と公共に尽くすためにつくられた。でも、僕の最優先順位は僕のオーナーです。まずは、僕のオーナーと話をさせてください。アリスに合わせてほしい」

「ふむ。悪くない回答だ。八年間活動を停止していたわりには理解が早い。通常、一度活動を停止したファルスが再起動させられる例は極めて少ない。我が社の研究チームも長期スリープからの再起動実験は行っているが、一度流通したファルスとなると難しくてね。君を製造しリリースしたものとしては――これは、嬉しい結果だ」

 

 ハートの女王は、僕を見て満足げに頷く。


「僕を製造してリリースした?」

「君は、母の顔も名前も知らなかったのか? 私の名前はハダリ。このロクスソルス社の取締役で主席研究員だ。君たち高級品は――もれなく私の作品なのだよ? オートクチュールではなくともね」

 

 ハダリは、僕とミケを交互に眺めた。

 我が子に再会したというわりには、彼女は全く嬉しそうではなく表情に一切の感情をのせなかった。まるで、氷の仮面をつけているみたいに。

 感情がない人形マネキンのようにも。


「ハダリ様は、女性省の代表女性官のお一人でもあるのよ? ヒューマイド工学、遺伝子工学の権威で、このマーテルの熾天使セラフと呼ばれているわ」

「ウカ、つまらないお世辞はやめなさい。私は、権威なんてものを振りかざすのが一番嫌いなのだ。私の作品がこの街で最高の仕事をしている。私への賞賛は、それだけで十分だ」

「申し訳ございません。差し出がましい真似を」

 

 ウカは頭を下げ一歩後ろに下がった。


「さて、君は自分の産みの親――母である私のもとに帰ってきたわけだが、君の関心はオーナーのことだけだろう? 女性優先機構レディファーストはオーナー登録をした女性に最も強く働く。君たちの遺伝子は、そのように仕組まれているんだよ。それは、何故か知っているかな?」

「そんなことはどうでもいい」

 

 僕は、彼女の問いに答えずに続ける。


「僕にどのような機構コンプリケーションが埋め込まれていても関係ない。アリスの話をしてください。僕にさせようとしている仕事と関係があるんでしょう?」

「少しばかり無駄な話をしてしまった」

 

 ハダリは表情を変えぬまま本題を口にした。


「つまりところ、我々もアリスを探している」

「アリスを探している?」

 

 僕は、意味が分からずにその言葉を反芻した。


「彼女は――とある事件の日を境に、行方不明なのだ。まるで、不思議の国に消えてしまったみたいにね」

「アリスが行方不明?」


「そう。君に委託したい業務とは、彼女の――アリスの捜索そうさくだ」

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