第5話 魔法学 箒で空を飛びませんか?
自己紹介は続いていき、アニメ縛りはすぐに終わったが、それでも俺は至福の一時を味わっていた。よし、友達百人作ろうっ。そんな事を考えてる内に、最後の一人が、自己紹介を終えた。さて、とお馴染みの繋ぎ言葉を小鳥のさえずりの様に囁いて、恩師涼子先生は口を開いた。
「これから一年間、皆で、楽しいクラスにしていきましょう」
危うく「はーーいっ」と手を挙げそうだった。では、と続く。
「たくさんプリントを渡します」
冗談めかしてそういった涼子先生は、本当に綺麗だと思った。
なにかしらの脳内麻薬により全てが光り輝いてる俺を余所に、大量のプリントが配られていく。時間割とか、年間行事表とか、校則とか、なんかそんな感じのが。その一枚一枚に、涼子先生の説明が加えられていく。そんなこんなで、やっと俺は落ち着いた。そして、最後の一枚だと、プリントが配られた。
「そのプリントは、週に三回行われる、選択授業の希望書になります。色々書いてるでしょ。英会話とか、応用数学とか、受験に役立つものから、サッカー野球の運動科目、生け花に創作料理、他にも色々書かれてると思います。ちなみに女子バレーには私がいるからねぇ。みんなよろしく」
涼子先生がおどけて見せたが、ほぼ全員の目がプリントに釘付けだった。授業の一つを自分で決められる。それは学生にとって、どれほどに素晴らしい贈り物だろう。これ考えた人、多分天才。そして俺も、プリントに目を向けた。涼子先生は一人続ける。
「希望書は明日の朝に提出して貰います。やってみたい科目を書いて提出してください。明日の午後授業にも入ってるからねぇ。まぁ、選択授業はいつでも変えられるから、他のクラスの友達とかとも相談して、気軽に選んで下さい」
涼子先生の言葉を聞き流しながら、俺はプリントの文字を追っていく。科目タイトルが並び、コメントが一言、添えられている。
英会話 大学受験で飛び抜けろ
柔道 護身術も教えます
茶道 華麗な所作嗜みが身につきます
マジック研究 これでクラスの人気者
本当に色々とあった。かなり自由な校風だ。どれにしようかと目を走らせる。
「一つだけ注意点。いや注意でもないんだけど一応ね。その選択授業は、学年関係なく、全校生徒一緒に受ける事になります。校風の一つとして、生徒たちの隔てない交流を掲げてるので、頭に入れといてくださぁい」
すでに独り言のようになっている涼子先生の言葉を再び聞き流しながら、俺はある選択科目に目を奪われていた。
プリントに書かれる文字の並びで、おそらく意図的に最後とされている選択科目。正直、バカみたいな選択科目。いくら自由な校風でも、あり得ない。確かに、マジックも可笑しいし、囲碁なんかもある。各教師がやりたいものをやっている感が半端なく漂っている。それでも、その選択科目だけは、明らかに浮いていた。雲すらも、突き抜けて。
魔法学 箒で空を飛びませんか?
すでに、心を奪われていた。確実に、朝の夢の所為だ。そして、自己紹介から続く妙な心情の所為だ。それが合わさって、フワフワと、宙を浮いている様な感覚が全身を包んでいる。今なら、本当に空を飛べそうな気がした。
最初から、スポーツをやるつもりは無い。遊び程度なら影響は無いが、自ら進んでやる気は起きない。
勉強は、嫌いだ。当たり前の様に、やる気は起きない。じゃあどうする。マジックか。マジックでいいだろう。なんだよ、魔法学って。箒で空を飛びませんかって。可笑しいだろ。
そんなバカな授業、あってたまるか。内なる大人びた俺が叫ぶ。
大丈夫、選択授業はいつでも変えられるんだから。子供びた俺が言い訳を繰り返す。
何度も重ねる自問自答。そして答えを導き出した。周囲を見回す。誰もが目の前のプリントを眺めていた。俺はすぐさま布製の筆箱からペンを取り出し、選択科目記入欄に、魔法学、という文字を、書き込んだ。
バカ野郎っ。俺が罵る。空を飛べるかも。俺が呟く。飛べるかよっ、阿呆ガキっ。また罵る。いや、分かってる。空なんて飛べるはず無い。でも、もしかしたら。無理に決まってる。分かってるって。分かってないだろ。いつまで夢を見てるんだ。一回興味本位で行くだけだって。嘘つけよ。本当だって。とまぁそんな言い争いを続けている内に、涼子先生の声と共に、ホームルームは終わった。
魔法学を選んでしまった事による変な余韻と、涙腺崩壊の感動を呼ぶ自己紹介の所為だろう。それからの一日は早かった。学校を軽く回って見学。部活動の説明。校歌の練習ってのもあった。そして、学園生活初日は、鳴り響く鐘の音と共に、終わりを告げた。
話せる友人も出来た。主に丸坊主でお調子者のユキノブと、そこそこそれなりの外見に話は面白い大和。最高の初日だ。一緒に帰りたかったが部活があるなら仕様がない。そんな微かな寂しさなんて打ち消すほどに充実していた俺は、スキップ混じりで帰宅の途についた。
そして帰りがてらの自宅近辺。今日はいけそうな気がして、俺はいつもより力強く、地面を蹴り上げてみた。
飛べっ!!
まぁ、いつもの様に、これからもずっと、人間が空を、飛べる訳が、無い。さて、帰ろう。
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