第7話 異物(魔法中年)



 朝の短いHRの間に、魔法学と書き込んだ選択授業希望書は回収された。その直前まで、大人びた内なる俺が書き直しを耳元で叫び続けていたが、子供びた俺が断固として拒否し続けていた。頑固なのは意外と、子供びた俺の方なのかもしれない。


 続けて一時限目が始まる。当たり前の様に、これまで幾度と繰り返してきた、学級役員を決める会議が始まった。こじれ始めたら最後、無言の擦り付け合い。担任教師の強制執行が振り下ろされるまで、何かが決する事は無い。そんな極めて危険な話し合いが、始まった。


 しかし、事は意外にもすんなりと運んだ。気の良いやつが三人も居れば、そのクラスは上手く回るのだろう。そして当たり前の様に、その話し合いは俺の金髪を越えて行われた。まるでグレた人間など不要とでも言いたげに、存在など忘れ去られたかの様に。金髪って便利で、少し寂しい。


 そして二時限三時限目と、体育館でなにやら先輩たちの活躍を見せられて、四時限目でまたホームルーム。来週から始まるテストのお知らせと、再来週に行われる校外宿泊研修のお知らせ。涼子先生は悪いニュースと良いニュースみたいな感じで話していた。


 昼休みに、二日目にしてすでにいつもの、と俺が勝手に思っている三人(大和とユキノブ)で弁当を食べる。そして五時限目の予鈴と共に、昨日から告知されていた選択授業へと、朝に渡された各科目が行われる教室の場所が記載された用紙を頼りに、向かった。


 魔法学の、授業? が行われるのは、外れの校舎。体育館の横通りを運動場に進むと現れる、白色に彩られた校風から切り離された様な、明らかに荒んだ二階建ての建物。昨日の見学で校内を回った時も、何の説明も無かった。おそらく今は、主要施設では無いのかもしれない。


 そこに向かいながら、昼休みの会話を思い出し、後悔を重ねていた。選択授業の話になり、スポーツ系科目を選択している大和とユキノブに何を選んだか問われた際に、大人びた俺が咄嗟にマジック科目を選んだと嘘を吐いてしまったからだ。


 いつかはバレるだろうし、別にあの二人なら笑い話で済ましてくれそうだが、今度マジックを披露しなければいけない。帰りに本屋で買うか。マジックの本。


 そんな事を考えていたら、ついに外れ校舎に到着する。一階部分中央に備え付けられた扉は、すでに開かれていた。それにしても、今からここで授業が行われるというのに、周囲に人影が無い。もしかしてこの授業選択したの俺一人? 中を覗いて他の生徒が誰もいなければ、さすがにマジックへと逃げ去ろう。


 そう思いながら右手に持つ用紙を頼りに、舎内に入って右奥の教室に向かった。道筋に並ぶ他の教室は使われていない。それに薄暗い。なぜ、さらにこの奥で? なんでここの教室使わないの? あぁ、ヤダなぁ。怖いなぁ。何か居るなぁ。何だろうなぁ。寒いなぁ。行きたくないなぁ。


 まるで何かしらの怪談を思わせる廊下を進んで、指定の教室前にたどり着いた。息を潜めて、中を覗く。


 良かったぁ、と胸をなで下ろした。数こそは少ないが、数人の生徒が席に座っている。ただそれだけで、俺は曰く付きの廃旅館から抜け出せた様な安心感に浸っていた。安堵を吐き出して、教室に足を踏み入れる。


「うぃっ……っす」

 秘技、雰囲気挨拶。それを放ちながら室内を見渡そうとしたその直後、視界に飛び込んできた紛う事なき不自然が、不意に俺の視線を釘付けにし、心を混乱におとしめた。


 教室の前方、ベランダ側の右奥に、箒に跨がった、男が居る。


 そこそこの肉付きがある広い背中。その背中から漂う哀愁はおそらく中年の頃合い。パツパツに張りつめたポロシャツに、折り目がきっちりと入った、やはりパツパツの黒ズボンを履いていた。そんな男が、箒に跨がり、なんならちょっと飛び跳ねている。なにここ、異世界? そう思わざる得なかった。そして俺は混乱の最中、確かに書いてあったと思い出す。


 魔法学 箒で空を飛びませんか?


 いや、あれおっさんの戯言たわごとなのっ? 軽く感銘受けてたんですけど。いや、そりゃ別に箒に跨がるのがおっさんであろうが魔法少女であろうが差別するつもりは無いんですけど、なんか思ってたのと、大分違うんですけどっ。うわっ、めっちゃフンフン鼻息吹き出している音が聞こえるんですけど。なにここ、異世界?


「やぁ、こんにちは。魔法学を選択したんだよね。席はどこでも良いよ」


 細い笹身も思わせる優しげな声が、俺をなんとか現実世界に呼び戻してくれた。空間の歪みが生み出した箒に跨がる異物(魔法中年)から視線を外して、声の音先に目を向ける。


 丸眼鏡の、まるで地味にデフォルメされた何かしらのキャラクーを思わせるほど背の小さな男が、最前列中央の席から俺を見ている。すぐさまに学年を確かめようとしたが、首巻きが無い。それでも俺は元体育会系を発揮する。あの口調、先輩に違いない。そういう事に関して、文系とは思考の速度が異なるのだ。


「うす、どうも」

 秘技、媚びないぜアピール。下手に出過ぎず、生意気の一歩手前。そんな強豪校で鍛え上げた技術を惜しげもなく披露しながら、俺は廊下側の最前列に腰を下ろした。


 なんとか落ち着いた所でもう一度、箒に跨がり飛び跳ねる魔法中年が幻では無いことを確かめて、やはり幻ではなくて、やっぱりそれは現実で、おそらくオーパーツ的な何かであって、なんとかそれを自分の腹に落とし込めて、俺は胸奥に渦巻く様々な感情と共に息を吐き出し、改めて教室内を見渡した。


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