第8話 まずは俺の事を知れっ!!



 文字通り、まずは頭数を数えてみた。魔法という幻想をこの現代社会で学ぼうとしている奇特な生徒数は、俺を含めて六人。その人数が多いのか少ないのかは知らないが、六百を超える全校生徒数を考えれば…………やはり少ないのか多いのかは分からない。なんせ言うに事欠いて「魔法学」なのだから。


 男子生徒は俺を入れて三人。廊下側の最前列に座る俺と、最前列の中央に座る先ほどのデフォルメちび丸眼鏡(おそらく先輩)と、その隣に座るやたらと前髪が長い猫背の根暗そうな細身すぎる男だ。


 この現代に於いて共に魔法を学ぼうとしている物珍しい同志を蔑んでいる訳じゃない。言葉にするというフィルターを通さない見たままの印象だと、そうなってしまうだけだ。フィルターを通せば博識そうな男と闇を纏う危険そうな男だ。どちらも学年を現す首巻きを外している。


 そして女子生徒も三人。教室の真ん中辺りに二人並んで座るのは、艶やかな黒の長髪を高飛車なツインテールに結んでいる、大きなつり目が気の強そうな印象を見せつける細身の美しきお嬢様と、ふんわり過ぎる髪質を澄んだ茶色に染める(とても自然に見えるからナチュラルかもしれない)、新品の蛍光灯が放つ発光の様な白い肌が印象的な、纏う空気も体つきも優しげにふんわりとした可愛らしきお姫様。どちらも学年を現す色付きの首巻きを付けていない。


 なぜこの美しきお嬢様とお姫様が魔法学に? ともしかしたら俺だけじゃなく、彼女らを知る全男子生徒が思ってるのかもしれない。正直、超大当たりだ。もし俺の髪型がモヒカンだったなら、思わずヒャッハーと叫んでいただろう。


 そしてもう一人は、ベランダ側の最後列に座る、明らかにソワソワと目を泳がせている、赤いリボンの女子。少し長めのオカッパ頭。しかして、可愛い。段ボールの中で寂しげに震える子犬の様な可愛らしさを放っている。フライドチキンを持っていたら捧げてしまいそうだ。


 そんな事を考えていたら、不意に蘇ったとある記憶と、その赤リボンが重なった。あっ、光沢のある黄色いパンツ。あれ、髪型ポニーテールじゃなかったっけ? なぜオカッパに? まぁ、どちらにしても可愛いけど。あれ、違う? いや、やっぱりそうだよなぁ?


 朧気な記憶と照らし合わせながらしげしげと見つめていたら、不意にその赤リボンのオカッパが俺の目線に気づいたらしく、表情に微かな嫌悪を浮かべた。慌てて目を逸らす。違うからね、そんなんじゃ無いからね、と唱え続けながら。


 横目でチラチラと行った、おそらく客観的に見れば気色悪げなプロファイリングが終わり、俺が目の保養にと再び横目でチラチラと女子生徒たちを見始めたのを遮断するように、始業の鐘が鳴り響いた。


 その音に反応して、教室の角で飛び跳ねていた異物(箒に跨がる魔法中年)が箒を降りて(浮いてた訳じゃない)教壇の真ん中に立った。


 後ろ姿から抱いた印象通り、そこそこの恰幅をしている。年の頃はおそらく三十代半ば。無精ひげがそれなりに似合う顔立ちが、なぜにどうして、悔しさを滲ませた険しい表情をしている。そしてその男は、右手に持つクネクネと異様に歪んだ、それでいて丁寧に漆を塗られたかの様な木柄もくえを備える箒を教壇に突き立て、鐘の音が終わらぬ内に、口を開いた。


「俺は小さい頃、ある映画を見た」


 突如として吐き出されたまさかの自分語り。その言葉と共に、顔に張り付く悔しそうな表情と先ほどの箒に跨がる後ろ姿が脳内で混ざり合い、俺は戦慄を覚えた。この人は、気が別方向に向いた人だ。危ない。直感がそう叫ぶ。


 恐怖を際だたせるように、鐘の音が微かな余韻を残して、消え去った。 


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