第45話 ありふれた青春は時として過去の過ちと交差する


「ういっ」 

 

 陽気な声に顔を上げれば、キャップ帽を浅く被ったユキノブが立っていた。黒のズボンに、薄い赤色が映えるチェック柄の長袖シャツを羽織っている。なんとも突っ込みどころの無い出で立ちだ。そういうの良いな、と感心する。次の機会に取り入れよう。 

「ういっ」

 そんな若干の羨望を隠して、俺も挨拶を返した。


 二人で大和を待ちながら、服を買いたいなら良い古着屋があるからそこに行こうなんて話をしていると、商店街の方から、大和らしき人物がなにやら俺たちに気づいた様な素振りを見せて、真っ直ぐに近寄ってきた。


 その大和らしき人物は、学校で顔を合わせるそれなりそこそこの大和とは一線を画していた。頭には黒のハット帽を被り、真っ白なVネックの白シャツに、生地の薄い灰色のジャケットを羽織っている。下半身には膝下丈の白と灰色の縦縞が入るタイトなズボンを履き、真っ白な靴は光沢さえ放っていた。


 その格好は、まるでシック(あか抜けたさま)で、それでいて質素(慎ましい感じ)で、なおかつカジュアル(気取らないさま)だった。というか、そう見せる着こなしをしていた。「高校生のファッション」とネット検索した時に見たあの画像一覧から抜け出してきたような格好だった。あまりの着こなしっぷりに、憧れすら抱いた。


「おいっす」


 その大和らしき人物はやはり大和だった様で、俺たちに声を掛けてきた。信じられなかった。正直制服の時より、二倍は格好良い。つまりイケメンに見えた。なにそれ? イケメンになれる魔法アイテムでも揃えたの? なんて思うほど、私服ならモテそうだな、と思った。


「お洒落かっ!!」

 挨拶も返さずにまず口から吐き出されたのは、純粋な叫びだった。大和の顔が、恥じらいに歪む。


「ああ? 別に普通だし」


 いつも萌え萌えとウルサい大和が、なにやらイケメン俳優張りのしかめっ面をする。ハット帽の所為だろうか、Vネックから覗く細い首筋だろうか、それとも大人びたジャケットの着こなしか、それはそれはシック(あか抜けたさま)に見えた。俺は初めて、シックの意味を理解する。

 

「行こうぜっ」


 会話もそこそこに、ユキノブのかけ声で俺たちは動き出した。電車に揺られながら、三人で一緒にやっているゲームアプリの話をしたり、俺と大和がアニメの話で盛り上がると、「鼻くそかよ」と意味の分からない茶々を挟み込んでくるユキノブに笑ってるうちに、目的の駅に到着した。


 下らない会話を続けながら電車を降りて、不意に気づく。俺の中にあった、一年振りに友達と遊びに行くという緊張や不安は、学校と変わらずに接してくれる二人のおかげですでに消え去っていた。当たり前の様に、普通に、感慨も無く、ただ単純に、二人と一緒に居れる空間が楽しかった。それが嬉しすぎて、カラオケは奢ってやろうと決意する。


 そんな事を考えながら人通りの多い改札を通って、さらに人でごった返す大通りを眺めた。もう一駅行けば、通っていた中学がある。あの頃は良くこの辺で遊んでいたな、と俺の胸中は懐かしさで溢れた。


 そんな感慨かんがいを抱きながら、三人で駅前に建つアミューズメント複合施設に入る。まずは各種スポーツをやることになり、ボーリングやビリヤードやダーツなんかで当たり前の様に対決が始まる。


 なにやらユキノブは、対決で圧勝したり逆に完敗したりすると、何かに付けて「鼻くそかよ」と口にして、何かに付けて鼻の穴に指を突っ込むという幼稚なギャグで笑いを取ろうとしてくる。不思議なモノで、何度も繰り返されるうちに面白くなってきた。


 大和と言えば、「萌え」に加えてなにやら新しい言葉を覚えたようで、対決に圧勝したり完敗したりすると、何かに付けて「別に○○だからって○○なんかじゃ無いんだかんねっ」と口にする。正直ウルサいが、フレーズと単語が上手く重なれば、さすがに面白かった。


 俺はと言えば、そんなボケ倒す二人に絶えず突っ込み続けるという役目を担っていた。ああ、楽しっ!!


 一通りのスポーツ対決が終わり、他にも色んなアトラクション(ミニバスケットとか体感ゲーム)を存分に堪能した。そして流れるままにクレーンゲームやアーケードゲームを個々で楽しんでから、休憩所らしき場所でジュース(俺の奢り)を飲みながら一息付いた。

    

「そろそろカラオケ行く?」

 とイケメン大和(私服バージョン)が提案する。


「古着屋から行こうぜ」

 とユキノブ。  


「古着屋から行ったらお金無くなるって。カラオケ行けなくなるだろ」

 さすがはイケメン大和。お洒落に関して金に糸目は付けないらしい。ヒューッ、格好良いっ。


「じゃあカラオケから行こうぜ。二時間ぐらい」

 と俺はカラオケに乗っかった。


「三時間だろっ」

 脈絡も無く、ユキノブはすでにカラオケ派へと寝返ったらしい。


「三時間だなっ。じゃあちょっとトイレ」

 そういって移動を始めた大和に、俺も、と付いていく。


「早くしろよっ」

 そんなユキノブの声を背に受けながら、俺と大和はトイレに向かった。


 奥まった通路の先、喧噪から隔絶かくぜつされたような人気ひとけのない場所にある男子トイレに二人で入る。結構な広さがあり、個室が三つに小便器も三つ並んでいた。その三つ並ぶ小便器の右端に立つ、上下共に黒を基調とした衣服に身を包んだ先客の男を避けて、俺が真ん中に、大和が左端に立った。


「カラオケ、何歌おうかな?」

 用を足しながら、不意に大和が呟いた。


「懐メロとか好きなんだけどな、俺」

 なんと無しに答える。


「シュウヤはまずあれだろ。ルルリカ(魔法少女ルルカリルカ)のオープニングっ」


「歌わねぇしっ」

 俺の突っ込みをきっかけに、二人で控えめな笑い声を上げた。と同時に、黒服の男がこっちをチラチラと見ながらトイレを出て行く姿を、視界の端で捉えた。ちょっと騒ぎすぎたか、とすでに無意味だと自覚しながらも一応と口を閉じた。


 その後すぐさまに用を足し終え、手を洗い大和を先頭にトイレを出る。そして会話も無くユキノブの元へ戻ろうとした時だった。


「シュウヤ……だよな?」


 不意に背後から名を呼ばれ振り返る。トイレにいた黒服が立っていた。短髪の黒髪に映える大きな目が、不安げな眼差しを浮かべていた。大きな口元が微かに歪み、若干の気まずさを漂わせている。その男前に整った顔立ちが俺の顔を見つめて、不意に懐かしい笑みを浮かべた。


 俺の心臓は一瞬だけ確かに止まって、続けてあまりの戸惑いに、視界が揺れる程の鼓動を叩き始めた。乱れそうにになる呼吸を必死で抑えつけて、それでも漏れ出す息を、どうにか言葉にする。


「正樹……」


「おぉ、やっぱり。久しぶりだな」


 そういって正樹は、片目だけがクシャっと潰れる、あの頃毎日の様に見ていた、いつもの笑みを浮かべた。


「シュウヤ、俺先に行っとくな」


 返事も出来ず、振り返る事も出来ず、遠ざかっていく大和の足音だけを、聞いていた。いったい俺は今、どんな顔をしている。ふと、そんなどうでもいいことを考えてしまった。



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