第62話 魔法の杖制作現場・1
「それで寿門先輩っ」
気を取り直して、俺は口を開いた。
「真穂さんが一緒に魔法の杖を作りたいらしいんです」
「ま、真穂さんが?」
分かり易く、寿門先輩は目を丸くした。
真穂さんに目線を移せば、少しだけ不安げな表情を浮かべて事の成り行きを見守っている。
「良いですかね?」
きっと絶対ダメとは言わないだろうけれど、それでもきちんと許可を取るのが後輩の務めだ。
寿門先輩は机を一つ隔てて隣に座る真穂さんの方をチラリと向いて、束の間に目を合わせる。そしてすぐさま俺の方に向き直った。
「も、もちろん、ぜ、全然、良いよ……ね?」
まるで俺に伺いを立てるような目線と口調で、寿門先輩は加入を認めた。
「やったぁーーっ。ありがとうございます」
真穂さんは急に声を上げて、寿門先輩の隣に席を移した。その手にはノートを持っている。
「よろしくお願いします」
満面の笑みを浮かべて、ペコリと頭を下げた。
不意に寿門先輩の顔が赤くなる。バタフライの様に泳ぐ目線は、一向に真穂さんには向かない。
「う、うん。よ、よろしく」
俺と目を合わせて、小さなお辞儀を一つ。
そしてふと、誰も口を開かなくなった。
不意に訪れた束の間の沈黙に、どうするの? という二つの目線が俺を見つめる。なんとなく、この状況に於ける自分の役目を理解した。
「真穂さんはさ、杖の形とかもう決まってるの?」
俺は机に身を乗り出して、質問を口にする。
「うんっ、家で考えてきたっ……一応、こういうの作りたいんですけど、作れますか?」
真穂さんは自分のノートを開いて、寿門先輩に差し向けた。反対側から俺も覗く。
そこには、全体的に淡い桃色で色づけされた杖らしい杖の絵が描かれていた。持ち手の部分には小さな宝石を控えめに散りばめた様なデコレーションと、その端にはストラップの様なハート型のアクセサリーが一つ取り付けられている。
「恋の、杖だ」
俺は見たままの感想をそのままに呟く。もう一つ、その全貌が醸し出す雰囲気が、堀田先輩の持つ「追憶の杖」になんとなく似ているという感想は、口にしないでおこう。
「凄く、可愛い杖だね」
寿門先輩が囁く。
「ありがとうございますっ」
真穂さんははしゃいだお礼を口にして、言葉を続ける。
「それで、こういうのも自分で作ったりできるんですか?」
ノートに描かれているハート型のアクセサリーに指を置いて訊いた。
「あ、アクセサリーは、作れると思う。でも、こういう綺麗な装飾品は無いから、今度準備しようか」
寿門先輩はそういって、恋の杖の持ち手に散りばめられたキラキラのデコレーションに指を置いた。
「それは持ってきましたっ」
真穂さんは足下辺りに置いていた自分の鞄を漁りだし、何かを取り出した。
「ネイルアートに使う装飾品なんですけど、使えるかなぁと思って」
机の上に置かれたのは、キラキラした細かい装飾品が色分けされて納められた丸形の箱だった。
「うん、そ、それで大丈夫だと思う。じゃあ、アクセサリーの作り方は、杖の形が出来上がったあとで」
「はい、お願いします」
「うん」
「…………」
「…………」
二人の会話が一段落すると、再び束の間の沈黙が顔を覗かせる。察して俺がすぐさまに口を開こうとした直前、寿門先輩が声を上げた。
「あっ、そうだ。シュウヤ君の杖の絵、渡しとく」
そういってノートを取りだし、手際よく丁寧に切り破いたページを俺に差し出した。
この間の授業で描いてくれたヤツか、と差し出された絵に視線を落とした俺は、目を見張ってしまう。もう、本当に、この人は。
寿門先輩が切り破いたノートのページには、持ち手の部分に二枚の羽根が付いた細長い杖を構える俺の姿が、丁寧に色づけまでされて、躍動感まで付け足されて、新しく描き上げられていた。
薄い水色を放つ真空の刃が、細長い杖の周りを威嚇するかのように飛び回っている。そしていつものように、実物よりも数倍格好良く描かれている俺は、今にも切りかからんと言わんばかりに勇ましく、杖を構えていた。
さらにその周囲を、数枚の羽根が風に煽られ舞い踊っている。それはもう、芸術品と言って良いほどに、あまりにも完成されていた。
「じ、時間が無くて、あんまり丁寧には描けなかったんだけど、杖の雰囲気だけでも、分かり易くと思って」
「これを目標に作ります(そしてこれも額縁に入れて机の上に飾ります)」
絵に魅入ったまま、俺は返事をした。
「そ、そんなつもりで描いた訳じゃないから。シュウヤ君の好きなように作った方が、絶対良いよ。これは、参考までにと思って描いただけだから」
「俺はこれ以上を思いつけません。もうこれです。俺の杖は」
「き、気に入ってくれたなら、良かったんだけど」
「格好良いっ」
真穂さんが覗いて声を上げた。
へへっ、と俺は得意げに笑ってしまう。また描いて貰っちゃいました、と自慢したい衝動にも駆られたが、口を噤んだ。
「えっと、じゃ、じゃあ、そろそろ始めようか」
寿門先輩は照れ隠しのように鼻先を掻きながら、話題を切り替えた。
「はいっ」
「うっす」
俺と真穂さんは同時に返事をして、なんとなしに目を合わせた。その期待に溢れた表情が、楽しみだね、と言っている様な気がした。
「とりあえず、後ろの方に」
そういって腰を上げた寿門先輩に合わせて、俺と真穂さんも同時に立ち上がる。そして言葉通り教室の後方に向かう寿門先輩の、華奢でありながらも頼もしく見え始めたその背中を追った。
「えっと、ちょっと待っててね」
背に付き従う後輩二人に待機を言い渡した寿門先輩は、ふと教室後方の最後列に並ぶ机を動かし始めた。
一つ目の机を運ぶ様子を見て、ここに開けた空間を作るつもりなのだと理解する。言ってくれればいいのに、と俺は少しだけ拗ねてしまった。
「寿門先輩っ」
俺が口を開く前に、真穂さんが声を上げた。
「こういうのは後輩にやらせて下さいっ」
口を尖らせたその表情に、俺は笑ってしまった。きっとまた、同じ気持ちだ。
「笑ってないで、シュウヤも手伝うの」
「分かってるって」
机を動かし始めた真穂さんに急かされて、俺も机を一つ動かした。すぐさまに、開けた空間が出来上がる。
「もう、大丈夫。後は」
寿門先輩はそういって、今度は教室の後方に並ぶ棚からブルーシートを取り出してその場に広げる。続けてその上に、再び棚から取り出した二つの箱を置いた。
その中には、様々な工具が丁寧に並べられている。なにやら彫刻刀を思わせる形の大小様々な刃物に、いくつかの鑢的な何か(紙やら金物的な)。そして金槌や鋸数本に、多種多様なテープ類や多用途接着剤数種類。さらには拳銃の形をした電動ドリル的なヤツが三つと、それに取り付けるであろう細々とした金具の数々。まぁつまり、工具的ななんやかんやがたくさん。
「じゃあ、二人の杖を選ぼうか」
一通りの準備を終えた寿門先輩はそういって、今度は教室の隅に二つ置かれた大きめの段ボールに向かっていく。俺と真穂さんはその背中を追った。
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