第63話 魔法の杖制作現場・2


「えっと、ここから、好きなモノを」 


 寿門先輩が促した段ボール箱の中には、格好良い形の木の枝が十数本、並んでいる。

 もうそのまま魔法の杖に使えそうなほど絶妙に折れ曲がった木の枝や、まるで少年心をくすぐる為に作られたかのような、振り回すには手頃過ぎる木の枝。他にも真っ直ぐと延びる長い枝など、まぁつまり、そんな感じで格好良い形の棒が十数本、並んでいた。


「これって、使っても良いんですか?」

 俺は堀田先輩の言葉を思い出していた。寿門先輩は、格好良い形の棒を集めている。つまりこれは、寿門先輩が集めた木の枝だ。


「こ、こういう時の為に集めてるから、全然気にしないで」


「ありがとうございます」

 俺より先に、真穂さんがお礼を口にする。  


「ありがとうございます」

 そして俺も、お礼を口にした。


 いつもの惜しみなき優しさに打ちのめされながらも、俺のテンションは上がっていた。目の前に、これから俺の杖となる格好良い形の棒が並んでいる。この状況でテンションの上がらない魔法男子高校生は、絶対に居ないだろう。


「本当に、気にしないで、好きなモノを選んでいいから」


 寿門先輩の言葉に俺と真穂さんはもう一度お礼を述べて、杖の選別を始めた。


 真穂さんは腰を下げて、少年心をくすぐる手頃な枝をいくつか手に取って見比べている。そして俺は、二本並ぶ真っ直ぐと伸びた長めの枝を一つ、手に取った。


 その瞬間に、決定する。その重み、その掴み心地。ああ、俺の杖はこれだ、と思った。この木の枝は、俺に出会う為にここにあったんだと、まるで伝説の剣を岩から引き抜いた勇者の気分に浸れるほど、その木の枝は俺の手にすぐさまと馴染んだ。


「決めました」

 俺はそれこそ伝説の杖を手に入れた気分で、木の枝を目の前に掲げた。改めて全体を眺める。ヤバい。もうすでに、ただそれだけで超格好良い。これが俺の魔法の杖にっ。興奮が、身震いを引き起こした。


「うちも、決めました」

 真穂さんが腰を上げる。その手には、三十センチほどの木の枝を持っていた。


「じゃ、じゃあ、まずは、皮を削る作業を始めようか」

 寿門先輩はそういって、一本の木の枝を取り上げてからブルーシートに向かった。靴を脱いで、その上に腰を下ろす。


 俺と真穂さんも靴を脱いでブルーシートに上がり、工具の入れ込まれた箱を挟んで、寿門先輩を正面に並んで腰を下ろした。


 続けて手際よく、寿門先輩が手袋と刃の短い小刀を俺と真穂さんに配った。そしてゆっくりと、口を開く。


「と、とりあえず、僕のやり方を伝えるけど、基本は、自由に、好きなように、作って下さい」


 ブルーシートの上で小刀を握る寿門先輩の姿は、まるで水泳教室で子供たちに泳ぎ方を教える、笑顔が素敵な細マッチョ指導員を思わせるほどの頼りがいに満ちあふれていた。


「はいっ」

「はいっ」


 俺と真穂さんは揃って、水泳教室で泳ぎ方を習う小学生の様に、元気の良い返事をする。


「えっと、じゃあ、まずはこうやって、木の皮を削りながら、形を整えていきます。先っぽからやっていくのが、やりやすいと思う」

 寿門先輩は自身の持つ木の枝に小刀の刃を当てて、滑らかに走らせた。言葉通り木の皮は削れ落ち、白い肌を見せつける。

「こんな、感じ」


「はいっ」

「はいっ」 


 返事をして、俺と真穂さんは寿門先輩に習い、小刀の刃を枝の先端に当てて木の皮を削った。


「うん、そんな感じ。怪我だけは、気をつけてね」


「はいっ」

「はいっ」


「ま、まずはそうやって、杖の形を想像しながら、木の皮を削っていって下さい」


「はいっ」

「はいっ」


「えっと、あとは……そうだっ、あの、コツって訳じゃないけど、最初は、想像よりも太くしといた方が、良いと思う。その方が失敗もしないし、仕上げるときに微調整が出来る様になるから」


「はいっ」

「はいっ」


「き、木の皮を全部削り終わったら、また次の行程を伝えるので、声を掛けて下さい」


「はいっ」

「はいっ」


「伝えるのは、これ……ぐらいかな。そ、それで、作業に迷ったり、分からない事があったら、いつでも、訊いて下さい。あの、遠慮しないで」


「はいっ」

「はいっ」


「そ、それと、ここにある道具は、全部使って良いから。鋸で木の長さを調節しても良いし、言ってもらえれば、僕も手伝うから」


「はいっ」

「はいっ」


「えっと、じゃあ、最後に、何か、今のうちに訊きたい事があれば」


「寿門先輩っ、ありがとうございますっ」

「寿門先輩っ、ありがとうございますっ」


 膨れすぎて破裂した感謝が口から飛び出た俺の横で、真穂さんも感謝の言葉を張り上げた。きっとまた、同じ気持ちだ。


 いつもは控えめな寿門先輩。だからこそ分かる。伝わる。後輩の為に、色々考えてきてくれたんだと。悩んでくれたんだと。面倒だとか思わない。迷惑だなんてきっとこれっぽっちも考えてない。純粋に、後輩の為に。それが伝わりすぎて、油断すると泣いてしまいそうなほど、嬉しかった。


「い、いや、僕は別に」

 寿門先輩は不意に顔を赤らめて、いつもの姿を取り戻す。それもそれでやっぱり好きだと俺は思った。

「じゃ、じゃあ、あの、大変だと思うけど、お、想いを込めれば、絶対に良いモノが出来ると思うから、が、頑張って」


「はいっ」

「はいっ」


 俺と真穂さんの返事に寿門先輩は小刻みに頷いて立ち上がり、ブルーシートの上から姿を消した。


「よしっ」

 真穂さんが気合いを口にして、すぐさまに木の枝を削り始めた。


 その様子に、俺も心の中で気合いを入れる。真剣に作ろう。ありったけの想いを込めて。別に誰かの為に作る訳じゃ無い。当たり前に自分の為だ。それでもそれが、寿門先輩に今のところ俺が出来る、唯一の恩返しのような気がした。


「よしっ」

 気合いを口にして、俺も早速と木の皮を削り始めた。


 しばらくして、一心不乱に皮を削る俺と真穂さんの前に、寿門先輩が戻ってくる。ブルーシートの上に数本の細いプラスチック製のパイプを並べて、何かの本を開きながら、作業を始めた。


 笛を作るんだ、と不意に思い出した。でも俺は、何も訊かないと決めた。声を掛けると、きっと寿門先輩は全部説明してくれる。邪魔したくないってのもあった。出来上がった時に、拝ませていただこう。闇の笛。


 続けて俺は、木の皮削りに集中する。少しずつ、少しずつ、丁寧に、削る。まるで輝いているかのような白色の肌が、皮の下から姿を現し、広がっていく。その光景が美しくて、まるで本当に魔法が掛けられている様な気がして、めちゃめちゃに楽しかった。削るたびに、期待が膨れ上がっていった。


 削る、削る、削る。俺の杖は、徐々に白い輝きを増していく。もっと早く、早く、早く、それでも丁寧に、少しずつ、少しずつ。ああヤバい、めっちゃ楽しいな、魔法の杖造りっ。


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