第59話 新しい、何かの扉が開く、五秒前


「もし、良かったら、だけど」


「めっちゃ聞きたいです」

 自然と身体が前のめりになった。寿門先輩は少しだけ目線を泳がせて、言葉を続ける。


「じゃ、じゃあ、その、例えば、魔法道具、とか――」


 言い終わらぬうち、もうその言葉だけで、俺はトキメいてしまった。


「――、作ってみるのも――」

「良いですねっ」


 俺の勢いに寿門先輩は少しだけ驚いて、それでも笑みを浮かべてくれた。続けてコクンと小さく顔を頷かせる。その愛くるしい仕草にまたしても俺の心はトキメ――


「つ、作るのは、大変だけど、結構、楽しいと思う」


「結構どころか、想像しただけでめちゃくちゃ楽しそうですよっ。いや、まだ全然想像は出来てないんですけど、魔法道具作るってめっちゃ良いですね」


「例えばだけど、シュ、シュウヤ君、オリジナルの、魔法の杖、とか」


「オリジナルの……魔法の、杖」

 寿門先輩が何気なく口にした言葉に、俺の中で魔法使いへの扉が一つ、勢いよく開かれた。なんて、素敵な響きなんだ。俺だけの、オリジナルの、魔法の、杖っ。あはっ。なんだそれはっ!!


 果たして、その言葉にトキメかない魔法男子高校生なんて居るだろうか。魔法男子高校生が世界中にどれくらい居るかは分からないが、きっと誰もが今の俺と同じように、ギンギンと胸の鼓動が高鳴るだろう。


「オリジナルの魔法の杖、めっちゃ作りたいっす。今すぐ作りたいっす」

 フフン、と余りの興奮に俺は鼻息を吹きさらす。


 そんな俺の鼻息に、寿門先輩は微かすぎる笑い声を囁いて、言葉を続ける。

「よ、喜んでくれたなら、良かったんだけど、きょ、今日は、時間も無いから、まず、どんな形の杖にしたいか、絵にしようか」

 そういってペンを持ち、上目遣いを俺に向けた。


 それはきっと、俺が考えた杖の形を、寿門先輩が描いてくれるという合図だろう。間欠泉の如く、惜しみなき感謝が吹き上がった。


「あの……ありがとうございます」


「?」


 長すぎる前髪の隙間から、クエスチョンを浮かべた丸い瞳が覗く。その表情に、俺の中で開いちゃいけない何かの扉が一つ、勢いよく開かれ……無い。開かない。開いてはいけない。


「助かります。ありがとうございます」

 もう一度感謝を口にして、俺は寿門先輩の優しさに甘える決意をした。それにしても、ここの先輩たちは皆してもう本当に――もうっ。


 この優しさに慣れないようにと、またしても俺は自分にそう言い聞かせて、オリジナルの魔法の杖を、頭の中に思い描いた。


 まず最初に浮かんだのは、堀田先輩の「追憶の杖」だった。派手さは無いが、強い想いと、雷の魔法が宿った、本物の杖。羨ましいと思った。さすがにあのレベルは、今の俺には無理だろう。


 次に浮かんだのは、魔法少女ルルカリルカに出てくる煌びやかなキンキラキンの杖。つまりマジカルスティックだ。それは無いと思った。だって俺は美少女じゃ無いのだもの。金髪のヤンキーなんだもの。


 ゲームやアニメ、映画や漫画、今まで見てきた様々な魔法の杖が思い浮かぶ。でもこれから作るのは、俺だけの、オリジナルの、魔法の杖だ。口元がニヤついた気配。妄想は加速する。


 右手を上げて、今はまだ存在しない杖を握る。朧気ながら、そこには俺だけの魔法の杖が、浮かび上がってきた。


「じゃ、じゃあ、どんな杖に、しようか?」


 その問いかけに、右手で握る魔法の杖は、微かな質量を持ち始める。


「細長い、杖にしたいです」

 言葉にすると、寿門先輩がすぐさまにペンを走らせた。その様子に、いつか抱きしめさせてくれないかな、なんて事を一瞬考えて、しっかりと振り払った。いや、いつかは抱きしめよう。


「か、形は、どんな感じ?」


「そう……ですね」

 さらに妄想を膨らませて、オリジナルの杖を思い描く。

「フェンシングの剣みたいな感じです。長さとか形的に」


「そ、それ、凄く格好良い杖だね」

 笑って、寿門先輩はノートに目線を落とす。


「いつもは腰に差してるんですよ。それこそ剣みたいに」

 俺はゆっくりと、腰に差した魔法の杖を引き抜いた。


「た、戦う魔法使いっ、て感じだっ」

 寿門先輩の声が、僅かに跳ねる。


「それめっちゃ良いっすねっ、戦う魔法使いって」

 言って、まさしく俺の思い描く、理想の魔法使いだと実感が伴った。


「シュ、シュウヤ君に、凄く似合う杖だと思う」


「ありがとうございますっ」


「魔法だけじゃ、無くて、武器として使える杖でも、良いかもね」

 

 その言葉に、杖を剣のように振るう魔法使いの姿が、俺の脳内にしっかりと浮かび上がった。

「寿門先輩っ、それが良いですっ。っていうかそれです。俺が作りたい杖それですねっ」

 伴って、さらにテンションも上がっていく。


「じゃ、じゃあ、あんまり細くしすぎても、あれかな?」

 そういって、寿門先輩はノートに消しゴムを掛けた。


「確かに……いや、でも、俺はやっぱり細い方が――」


「い、良いよね、やっぱりっ。僕も絶対、その方がシュウヤ君に似合うと思うんだ」


「じゃあ絶対細くしましょうっ」


 寿門先輩は笑みを浮かべて、コクンと顔を頷かせた。続けて小首を傾げ、口を開く。

「例えば、武器として戦う時は、杖に直接、風の魔法を掛けるってのは、どうかな?」


 その言葉に、俺の杖はさらに変貌を遂げていく。

「真空の……刃」

 呟いて、鮮明な絵か浮かぶ。全てを切り裂く、触れるものみな傷つける、そんな風を纏った、魔法の杖。ヤバい、めちゃめちゃ格好良い。


「それだっ。ちょっと一回、ちゃんと描いてみるね」

 そういって、寿門先輩は新しく開いたノートの白紙に勢いよくペンを走らせた。本当に、楽しそうに。ただただ、俺の杖の為に。


 ありがとうございます。


 言葉にはせず、口の中で呟いた。ずっと、ずっと、感謝しかない。寿門先輩が、闇の魔法使いが、道に迷い立ち尽くしていた俺の手を取り、時には一緒に迷いながら、導いてくれた。俺の杖を、作り上げてくれた。


 オリジナルの、魔法の杖。魅力的な言葉だけど、もし一人で考えてたら、こんなにも楽しかっただろうか。こんなにも、ワクワクできただろうか。人を幸せにする闇の魔法使い。出会えて良かったと、心から思った。


「と、とりあえず、描いてみたけど、どうかな?」

 そういって、寿門先輩がノートを俺に差し向けた。


 そこには、刃を思わせる鋭い風を幾重にも纏った、剣にも見える細長い魔法の杖を構える俺の姿が、想像よりも数倍格好良く、描かれていた。こんなもん、嬉しくない、訳が無い。


「完成です。俺の杖は、これです」

 魅入ったまま、ただ言葉を発した。


「か、飾りとかは、いらない?」

 ふと、寿門先輩が呟く。


「飾りですかっ?」

 これ以上、格好良くするつもりですか? と、もう完成だと思った俺は単純に驚いた。


「シュ、シュウヤ君が要らないなら、良いんだけど」


「いや、要ります」

 ここまで来て、寿門先輩の提案に乗らない意味は無い。身を預けた方が、絶対に良くなると分かってしまったから。その心地よさに、病みつきになっているのだから。


 俺は腕を組んで、再び思考を巡らせた。魔法の杖、風の魔法。飾り。なにがあるか。


 目の前で、寿門先輩も顎先に指を添えて考え始める。長すぎる前髪から覗く真剣な眼差しが、俺のやる気をさらに漲らせた。


「魔法の杖……風の魔法」

 俺が呟く。


「空を……飛ぶ」

 寿門先輩が囁いた。


 その言葉に導かれ(ほらやっぱり)、単純すぎるほど単純な飾りが一つ、頭の中に浮かび上がった。

「羽って、どうですか?」


 ただなんとなく思い付いた単純すぎる俺の言葉に、寿門先輩は目を丸くしてまで驚きを表現してくれた。

「や、やっぱり、シュウヤ君は発想が格好良いね」

 そんな事を、言ってくれる。

「ど、どこに飾ろうか?」


 俺は目の前の絵を見つめた。ノートには細長い杖を右手に構える俺の姿が描かれている。どこに羽を飾ればさらに格好良くなるか。まずは想像で長い杖の先端に羽を一枚差してみる。こんなにもダサくなるかと、マジでダサくなった。信じられなかった。


「持ち手のところに、二枚描くだけで、全然違うかも」

 ふとそういって、寿門先輩は言葉通り、杖を握る右手の辺りに、ノートの反対側からさらっと羽を書き足した。


 たった二枚の羽。ただそれだけで、もうこれ以上格好良くはならないだろうと思っていた杖が、さらに輝きを増した。言葉に出来ないほど。信じられなかった。


「は、羽って発想は、本当に凄い。どんどん格好良くなる」

 寿門先輩はペンを走らせながら、言葉を続ける。

「た、例えば、杖を振るたびに、魔法を唱えるたびに、羽が舞うって、どうかな?」


 杖を構える俺の周りに、数枚の羽が描かれていく。どうかな? もなにも、ただ単純にそれは神設定だっ。格好良すぎるっ。寿門先輩っ。ああ、もう、なんだこれ。超楽しいっ!! 杖の話、ずっと超楽しいっ!!


「俺今めっちゃ楽しいっす、寿門先輩っ」

 あまりの喜びを押さえきれず、吐き出してしまった。


「ハハハッ、ぼ、僕も凄く楽しっ……いよ。う、うん」

 

 寿門先輩は、一度はっきりとした笑い声を上げて、不意に顔を真っ赤にしやがった。そして今度は顔を俯かせた上目遣いで、なにやら恥ずかしげな笑みを浮かべやがる。


 一瞬でも、なんだか自然な寿門先輩をみれたような気がして、凄く嬉しかった。杖の話をしてる時も、寿門先輩とこんな話が自然と出来ることが、正直ずっと嬉しかった。そして最後に顔を赤らめたいつもの寿門先輩も、俺は凄く好きだ。もう好きだ、寿門先輩っ!!


 耐えきれず、新しい何かの扉を力任せに開こうとした直前、不意に終業の鐘が響きわたり、我に、返らされた。


 俺は椅子の上から少しだけ浮いた腰をひとまずと落ち着けて、黒板の上に設置されたスピーカーを睨みつける。


 授業の終わりを告げる鐘の音を、これほどに恨めしく思ったことは無かった。あと少しで、新しい何かの扉を、開けそうだったのに。ちきしょうっ。あの扉の先には、いったい何があったのだろう。もう少しだったのに。よし、今度こそ、機会があれば、開いてみよう。


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