第57話 休み時間はこんな話をしています。男子メンバー編
「頭痛、良くなった?」
ふと聞き届いた声に、俺は机の下に隠した小指から目線を上げた。堀田先輩がいつもの優しげな笑みを浮かべている。
「すっかり良くなりましたよ。凄いですね、癒しの魔法」
「うん、凄いよね。紫乃君の魔法は身も心も癒される。僕は本物の魔法だって伝えてるんだけど」
言葉に含みを持たせて、堀田先輩は話した。
「俺も思いましたよ。これは本物だって」
「だけどね、紫乃君はまだまだだって言うんだ。私はまだ見習いだってね。どんな傷でも病気でも、すぐに治せるようになるまでは見習いなんだって」
「高い目標っすね。俺は一センチでも浮かべたらめっちゃ喜びそうですけど」
そんな自分の姿を思い浮かべて、まさしくだな、と思う。
「僕だってそうだよ。指先から少しでも雷を出せたら大はしゃぎだ」
そういって堀田先輩は笑った。そのはしゃぐ姿は上手く想像出来なかったが、釣られて俺も笑う。
「見習わなくちゃね」
その言葉に俺は軽い返事をする。そして堀田先輩が続けた。
「それで、シュウヤ君の空を飛ぶ魔法は、何か掴めそうかな?」
「どう……ですかね」
うぅん、と俺は首を捻った。
「まだまだっすけど、なんか風の魔法って良いなぁ、と思ってますよ。風を操って空を飛ぶって感じですかね。なんとなく空を飛びたいってよりは、形になってきた気はしたなぁと」
「風の魔法かぁ。なんだかシュウヤ君に凄く合う気がするよ。格好良いと思う」
「そうっすか。ありがとうございます」
「魔法で発生させた風を纏って、空を縦横無尽に飛び回る」
控えめな手振りを交えて話す堀田先輩に、俺も便乗する。
「真空の刃、なんて出せたら格好良いですよね。シュって」
そういって目の前に手刀を切った。
「風の魔法なら、防御にも使えるね。敵の攻撃を突風で防ぐんだ」
堀田先輩は突き出した右手で空間を撫でた。ビューっと息を吹き出す。そして笑った。
「いいっすね、風の魔法。メチャメチャ格好良いじゃないっすか」
話しながら、風の魔法を操る自分を想像する。仲間と共に周りを敵に囲まれ、全方位から一斉に攻撃が放たれる。無数の矢。数え切れない火球。鋭い
ビューっと不意に突風が吹き荒んだかと思えば、その風は背の高い防壁の様に俺と仲間を囲み、全ての攻撃を吹き飛ばす。俺は再び風の呪文を唱え、仲間の手を取りその場から空へと脱出するんだ。ああ、ヤバいな、格好良すぎっ。
「か、風の魔法、なら」
と不意に寿門先輩が会話に加わる。俺が顔を向けると、少しだけその目線が泳いだ。
「た、竜巻とか、格好良いと、思うんだ」
小刻みに揺れる口元が、微かな笑みを作り上げる。
「良いね、竜巻」
と堀田先輩が賛同した。
「竜巻は必殺技っすね。風魔法の」
意気揚々と、俺は話す。
「ひ、必殺技なら、技名とか、考えるのも、た、楽しいよ」
「そうっ」
堀田先輩が楽しげに声を上げた。
「魔法に名前を付けるとね、凄く愛着が湧くんだ。どうやってその技を出そうとか色々考えちゃうんだよ」
「堀田先輩も必殺技とかあるんですか?」
と俺が訊く。
「僕のは、
「ライコ?」
「雷に虎、って書いてライコ。全身雷の虎なんだけど、僕の中では凄く格好良いんだ。つまり意志を持った雷の化身だね。まずは雷をその場に留める魔法を覚えなくちゃいけないんだけど、それが出来るようになれば、雷虎召還の魔法も使えるようになると思うんだ」
堀田先輩の話を聞きながら、雷虎という召喚獣を想像する。その姿は青光る雷を纏った巨大な虎。その動きは稲光の様に宙を駆け巡り闇を切り裂く。その口から発せられる重々しい
「強そうっすね、雷虎召喚っ」
と俺は思ったままを言葉にする。
「うん、すっごく強いっ」
少しだけ興奮気味に首を振って、堀田先輩はハハっと笑い声を付け足した。
不意にその顔が、耳先が、微かな赤みを帯びる。口元が、控えめにニヤけた。俺も釣られて、ハフっと笑ってしまう。
照れた様に鼻先を掻く堀田先輩の姿に、たぶん、俺と同じ気持ちなんだろうな、と思った。本気で語り合う、魔法の話。それは少しだけ、背中をくすぐる。ソワソワと心地よく、背中を撫でる。
その心地よい歯がゆさは、子供の頃の俺が喜んでいるからだろう。楽しいと、はしゃいでいるからだろう。一度は失った、失ったと言い聞かせた、魔法の力。それを今、分かち合える人がいる。信じてくれる人がいる。真剣に話し合える人がいる。
気兼ねなく、偽り無く口に出来る、魔法の話。それは胸に押し込めていた夢だった。口にしてはいけない秘密だった。幼い頃に忘れなければいけないモノだった。だからこそ、こうやって話せることが、凄く嬉しくて、少しだけ、照れてしまう。
「ちょっと、興奮しちゃったね」
堀田先輩はそういって、今度はちゃんとした笑みを浮かべた。
「俺だって興奮してますよっ」
と俺も笑う。
「こ、こういう話って、な、なんか、す、凄く、魔法学、っぽい、よね」
寿門先輩が微笑んだ。と同時に、始業の鐘が鳴り響く。
その音を聞きながら、俺はもう一度笑ってしまう。どんどん、魔法を好きになっている。魔法を、信じるようになっている。いつか本当に、自由に、空を飛べる様になる。きっと、絶対、いつかは、空を飛べる。魔法を、信じ続ければ。
そんな事を考えると、やっぱり少しだけ、背中はソワソワと、くすぐったい。ああ楽しいと、子供の頃じゃなくて、今の俺が、はしゃいでいた。
そして始業の鐘が鳴り止み、魔法学の授業が、また始まる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます