第64話 せ、せせせ、切ねえぇぇええぇ!!


「シュ、シュウヤ君。真穂、さん」


 もう少しで皮を全部削れるというところで声を掛けられ、ふと我に返る。顔を上げると、寿門先輩が立っていた。


「そろそろ、授業も終わるから」


「えっ?」

「えっ?」


 俺と真穂さんは同時に驚き、同時に時計を見る。


「早っ」

「早っ」


 そして同時に声を上げた。終業時間まで、五分を切っていた。


「あっ、片づけ」

 真穂さんが真っ先に気づき、小刀を箱に収めてすぐさまに立ち上がった。その手には、ほぼ皮の削り終えた魔法の杖を持っている。


「おおっ、そうだ」

 俺も小刀を箱に収めて立ち上がった。足下に散乱する木屑を眺めてから、片づけをする前に、魔法の杖をどうしようか迷い、視線が泳いだ。


「ま、魔法の杖は、好きなところに置いといて良いよ」

 すぐさまの助言を、寿門先輩が授けてくれた。


 俺はなんとなしに真穂さんと目を合わせる。どうする? という視線を交わして、同時に木の枝が並ぶ段ボール箱に目線を向けた。


「あそこに置いといてもいいですか?」

 俺が訊く。


「うん、どこでも」


 寿門先輩に許可を貰い、俺と真穂さんはとりあえずと未完成の魔法の杖を木の枝が並ぶ段ボール箱に入れた。そして片づけをしようと振り返り、すでに一人で掃除を始めていた寿門先輩の姿に憤る。もうっ!!


 俺と真穂さんはすぐさまに駆け寄り、我先にと掃除に参加した。


 集めた木屑をゴミ箱に捨て、ブルーシートを棚に収めて、掃除は完了する。と同時に、終業の鐘が響き渡った。


「お前等、早く帰れ。俺は――」


「じゃあ、行こうか」


 魔法中年のいつものかけ声に、俺と真穂さんと寿門先輩は慌てて帰り支度をして、堀田先輩のいつもの掛け声に、全員揃って教室を出た。


 廊下を歩きながら、魔法の杖造りについて、三人で話す。

「焦らないで、ゆっくり作った方が良いと思う」

 なんて助言も寿門先輩に授けて頂きながら校舎を出て、別れの挨拶もそこそこに、先輩達の背中を見送る。そして俺と真穂さんは、並んで歩き始めた。


「なんでみんな、あんなに優しいのかな」

 お互い無言のまま少し歩いてから、ふと真穂さんが呟く。その顔には、疑問というよりも憧れが浮かんでいるように見えた。


「なんでだろうな。本当に」

 思い浮かぶ、先輩の顔。そのどれもが、優しさに満ちあふれている。


「今日だってさ、あんなに丁寧に教えてくれて」


「寿門先輩ってめちゃめちゃ丁寧だよな。絵とかもそうだし、訊いたら全部答えてくれるし。まぁ寿門先輩だけじゃ無いけど」


「うちは中学の頃とか、あんまり後輩とかと話さないタイプだったから、余計に凄いと思っちゃうんだよね」


「俺も。なんか自分の事ばっかりだった気がする」


「そうそうっ。後輩とかに興味が無かったみたいな。でもなんか魔法学の先輩達見てると、凄く良いなぁと思うんだよね。優しい先輩って。うちもあんな感じになりたいなぁって」


「めっちゃ分かるっ。魔法学の先輩って憧れるよなっ」


「そうっ、憧れるっ。それにさ、美男美女じゃん。全員。寿門先輩も絶対隠れファンとか居ると思うんだよね」


 真穂さんの言葉に、寿門先輩の容姿を思い描く。確かにめちゃめちゃ愛くるしいとは後輩ながらにも思っていたが、そういう目線で見たことが無かった。いやでも、確かにモテる要素が有ることには、もちろん気づいていた訳だけど。いや、そういう意味じゃ無くて。いや、好きだけど。


「あれで全員優しいんだよっ。もう正直落ち込むよね。自分の小ささに」


「うん……分かる」

 分かりすぎる。何も出来ないことに、任せっぱなしに、落ち込むんだ。


 はぁ、と吐息を付いて、真穂さんが続ける。

「うちも後輩とか出来たらめっちゃ優しくしよう」

 自分に言い聞かすように、呟いた。


「来年とか、魔法学に新入生入ってきたら、俺たちが色々教えないとな」


「ねっ」


 そんな会話をしながら、俺と真穂さんは並んで校舎に入り、階段を上がっていく。


「もっと優しくなりたいなっ」

 教室のある階に到着して、俺はなんとなしに呟いた。


 うぅん、と真穂さんが考え込むように喉を鳴らした。そして口を開く。

「シュウヤはさ、もう結構優しいと思うよ」


「えっ?」

 その言葉に、一瞬にして、体が熱を帯びた。真穂さんの顔を見ると、事も無げな表情をしていた。


「だってうち、絶対嫌われていると思ってたもん。普通に話してくれて嬉しかったよ」


 言葉が、出てこなかった。何かを言おうとしても、それは喉を波打たせるだけで、声にはならない。


「じゃあね」

 

 真穂さんは笑みだけを残して、三組の教室に入っていった。その背中を見届ける事も出来ず、俺は駆け込むように四組の教室に入った。


「なんでお前顔赤いんだよ?」

 すでに教室に居た大和に訊かれて、俺は慌てて取り繕う。それでも頭の中は、真穂さんの言葉と笑みに、埋め尽くされていた。


 いつもの様に帰りのHRはすぐさまに終わり、俺は学校を出た。商店街を歩きながら、ため息を一つ吐き出す。


 あれは、卑怯だ。


 吐き出して、少しだけ、落ち着く。それでも、真穂さんの言葉とその姿は、頭の中から消えなかった。


 電車に乗りながらも、ニヤけてしまいそうになる。ずっと考えてる。真穂さんとのやりとりを、頭の中で反芻させている。


 可愛いな。


 電車を降りて、さらに落ち着く。いつもの住宅街を歩きながら、色々と考えた。


 真穂さんは、堀田先輩が好きなんだ。


 ずっと前から、なんなら真穂さんと始めて出会った時から知っている事だ。俺はそれを、応援すると決めている。ただ今日は、その事を考えると、少しだけ、心が重たくなった気がした。


 ダメだ、あんまり考えるな。


 家の前。徐々に増していく心の重みを、振り払う。俺は、真穂さんの恋の魔法を、応援する。いつか、それが叶う様に。それで良い。きっとそれが良い。


 決意して、俺は玄関のドアを開けた。 

 

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