第26話 そして魔法は、失われていく


「きっかけは、小学三年生の時に起こった出来事だと思う。夏休みに台風があったんだ。結構大きなね。雷が鳴り止まなくて、僕は大はしゃぎだった。もうその頃からアニメやゲームに出てくる雷魔法が大好きだったから、空が光るたびに喜ぶような子供だったんだ。バリバリっ、てあの空気を切り裂く感じ。凄く好きだった」


「めっちゃ分かります」

 身振り手振りを交えて話してくれる堀田先輩の話を聞きながら、雷を打ち落とす自分を想像する。金髪が映えそうで、しかも凄く格好良い。というか、誰でも格好良くなれそうだ。雷を操れれば。


「それでね、本当に今考えると危ないし、バカだったなぁと思うんだけど、その日、僕は親の目を盗んで、家の近くにある小高い丘に向かったんだ。雨も風も強くて、雷が鳴り響いてる。凄く興奮してたと思う」


 堀田先輩は懐かしそうに、そして嬉しそうな笑みを浮かべながら話していた。なんだか聞いてるこっちまで嬉しくなってしまうほど、とても楽しげに。


「丘の上で、必死に魔法を唱え続けてた。何度も飛ばされそうになったし、全身びしょ濡れなんだけど、根性があったんだろうね。でも、雷を操れた気配は子供ながらにも感じなかったな。凄く悔しかった記憶があるよ」


 話を聞きながら、自分の小さい頃を思い出す。高く蹴り上げられたサッカーボール。届くはずのない距離。それでも俺は地面を蹴って、ボールを追っていた。いつか届くと、信じ続けて。


「それで結局諦めて帰ろうとした時に、土砂崩れが起こったんだ。地面が足下から崩れていくんだよ。凄く驚いたし、何よりも怖かった。傾斜の急な崖に訳も分からず落とされた気分だったな。あまりの恐怖に身動き一つ出来なくて、ただただ滑り落ちたんだ。そしてその先に、横倒しに並ぶ木の枝が、僕に向いて突き出ていた。子供ながらに、僕は死ぬんだって思った記憶がある」


 その時の恐怖を思い出すかのように、堀田先輩は視線を上に向けた。そして再び、俺に向き直る。


「そして、死にたくないって思った。絶対に死にたくないって。だからそのとき、僕は強く念じたんだ。雷よ、あの木々を吹っ飛ばせって。強く念じて、そして、僕は叫んだっ。魔法の言葉を、大声でっ」


 堀田先輩の語りに熱が入る。それに合わせて、俺の鼓動も高鳴った。マジかっ、もしかしてっ。


「一瞬、ピカッと空が輝いたんだ。眩しすぎるほどに。そしてとても不思議な光景が僕の目に映り込んだ。目で追えるほど、ゆっくりと落ちる雷。そしてその雷は、まるで僕の目線に操られるように、横倒しに並ぶ木々を、弾き飛ばした。今でも、鮮明に思い出せる。信じられないほど、興奮したよ」


 そういって、堀田先輩は息を一つ吐き出した。合わせて俺も吐息を付く。


「泥だらけで家に帰って、しこたま母親に怒られたんだけど、それでも構わずずっと話し続けてたな。雷の魔法を使えたってね。学校に行っても、ずっと自慢してた。嘘つきってあだ名が付いて、友達はかなり減ったけど」


 ハハハ、と少し寂しげに、堀田先輩は笑った。そして俺は、過去の自分を思い返していた。俺にも、似たような経験があった。


 空高く蹴り上げられた、絶対に届かないはずのサッカーボール。それでも俺は地面を蹴り上げた。強風が体を舞い上がらせる。


 気づけば、足下にボールがあった。俺はそれを蹴りつける。ボールは遙か遠くにあるゴールネットに、突き刺さった。その話を友人に笑われた俺は、気のせいだったと自分に言い聞かせて、また笑われるのが怖くて、口を噤んだ。魔法から、目を逸らした。


「それがきっかけだね。今も忘れられないんだ、あの興奮と、あの感覚が。そして付け加えると、あの時雷が落ちた木の枝から作ったのが、この追憶の杖」


 気分を切り替えるように、少し自慢げに、堀田先輩は追憶の杖を掲げた。俺はなんだか、堀田先輩が凄く羨ましくて、過去の自分が格好悪くて、この教室にいる魔法を信じ抜いてきた皆に申し訳なくて、言葉も返せず、ただ笑みを浮かべた。


「僕もね――」

 と続く堀田先輩の言葉に、俺の心境を汲んでくれた事に気づく。本当に、どこまでも優しい。


「小学五年生の時に、将来の夢に魔法使いって書いて、凄く笑われて、それから先生に出会うまで、魔法の事は誰にも話さなくなったんだ。だから、本当に、先生に、魔法学に、シュウヤ君に、皆に出会えて、凄く嬉しい。ああ、それにしても、僕は本当におしゃべりだね。こんなつまらない話聞いてくれて、ありがとう」


 堀田先輩は、そう締めくくった。俺も、伝えたかった。この気持ちを、今の気持ちを。


「俺も、魔法学に出会えて、凄く、嬉しいです」

 

 結局そんな事しか言えなかった俺に、堀田先輩は優しい笑みを浮かべて、小さく頷いてくれた。

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