第13話 その名はすでに魔法の様 2

「よよ、よろしくお願いします。名前は、小井野こいの真穂まほです。うちは、そ、その」


 一人称「うち」かよっ!! と、とりあえず心で突っ込む。別にそれだけ。ただ、ほら、ね。危ないよ。一人称うちは。この現実世界に於いてね。魔法学辞める辞める言わないでね。別に言っても良いんだけどね。ただ、なんか、俺の思う「うち」とは全然違う。凄く可愛い。やっぱり子犬みたいだ。


「まま、魔法は、えっと、その」


 赤リボンのオカッパ女子、真穂さんは言い淀んでいる。分かる、その気持ち、凄く分かる。やっと同じ気持ちの人が居た。今まで口に出せなかった訳だから。人前で簡単に言える訳が無いんだから。あぁ、頑張れ、頑張れ。と俺が心の中で声援を送っていたら、不意に堀田先輩が口を開いた。


「今じゃなくても、構わないさ。みんな最初はそうだったんだ。この教室で一緒に魔法を学ぼうと思ってくれただけで、とても嬉しい。また今度、もし良ければ、その時に教えくれれば良い。ありがとう」

「い、言います。皆の、皆さんのも、聞いたから」


 堀田先輩の優しさと、真穂さんの勇気が宙で溶け合い、教室内をほんのりとした暖かさで包む。なんだろう。魔法を信じる人に、悪い人はいないのかもしれない。


 そんな事を考えながら教室の角に目線を向けて、箒に跨がり飛び跳ねる中年男の背中に、そうでもないか? と心が揺らいだ。いや、あの人も良い人だろう、と微かに聞き届く鼻息と共に思い直す。

 そんな俺を余所に、真穂さんは深呼吸を挟んで、再び口を開いた。


「うちは、その、恋の、魔法を、えぇと、信じて、います」

 泣き出しそうな程に目を潤わせながら、苺を塗り込んだ様に頬を真っ赤に染めながら、真穂さんは小声で言い切った。俺が叔父だったなら、嫌われてでも抱きしめただろう。うんにゃっ、もう、ヤバい。可愛い。こっちまで恥ずかしくなるほど可愛い。


「素晴らしい。もうすでに、それを叶える勇気は持ち合わせているみたいだね」

 堀田先輩が、賞賛を口にする。そして微かな拍手を捧げた。もうなにっ!! 格好良すぎっ!! 堀田先輩っ!! 


 控えめな賞賛の拍手は、全員に広がる。気づけば俺も手を叩いていた。本当に軽くだけど。その勇気は、本当に、素晴らしいと。そして拍手が鳴り止むと同時に、真穂さんは素早く頭を下げて、席に着いた。


 その様子をソワソワと見守っていた俺は、不意に感づく。もしかして、真穂さん言った恋の魔法って、あの、昨日の、自転車を起こし上げた、イケメン先輩? うわぃっ、なんか、良いっ。凄く、良い。それを、皆で、応援するのか。使えるようになると良いな。恋の魔法。あぁ、なんか、とても良いな、この教室。この魔法学。ここなら俺も、いつか、空を飛べるかもしれない。


 そんな事を考えていたら、不意に気づく。俺、言ってない。俺だけ言ってない。真穂さんはあんなに勇気だして言ったのに、俺、言ってない。すげー、格好悪い。俺も、ここで、魔法を学びたい。こんな金髪の俺ですが、受け入れていくれますか?


「じゃあ、自己紹介も終わったし、後は、僕らが授業でいつもどんな事をやっているのか軽く説明しようかな」

「ちょっと……待って下さい」


 堀田先輩の微かな疑問を纏った丸眼鏡が、手を小さく挙げた俺に向く。続けて、全員の視線を感じた。


「俺だけ、まだ、言ってないっす。魔法」

 あぁ、やべー。手が震えてる。すかさずに、俺はその手を机の下に隠した。


「聞かしてくれるのかい? ありがとう」

 優しげな、堀田先輩の声が届く。


「はい。えっと……俺は、その」

 あぁ、早く口にしろよ。言いよどむなよ。心臓が、決意の膨張と逃走の収縮を繰り返す。上手く、呼吸が出来ない。深く息を吸い込んだ。逃げるな。言え。


「ゆっくりで、良い」


 堀田先輩の優しさが、再び耳に届く。俺は視線を上げられず、下を向いたまま、奥歯を噛みしめた。口にしたことなど、無い。恥ずかしすぎて、苦しい。冗談なら、簡単に言える。だけど、それが一番、格好悪い気がしてる。大丈夫だ。この人たちは、笑わない。一緒に、魔法を学びたい。頼むよ俺。頑張れよ。真穂さんだって、あんなに頑張ってたんだ。口にしろ。大丈夫だから。


「空を……飛びたいと、思ってます。本気で、思ってます」


 あぁ、顔が熱い。頭蓋骨まで溶けそうだ。言ってしまった。口にしてしまった。いや、言えたんだ。言葉に出来たんだ。人前で。あぁ、上手く呼吸が出来ない。苦しい。本当に、魔法を信じるって、苦しい。


「シュウヤ君、ありがとう。君が空を飛べるように、全力で協力させて貰うよ」


 堀田先輩の声と共に、微かな拍手がいくつか、耳に届いた。ゆっくりと顔を上げる。同時に拍手が鳴り止み、堀田先輩が俺の肩を、撫でるように叩いてくれた。未だ心臓の鼓動も顔の火照りも収まらない。でも、受け入れて貰った様な気がした。それが何よりも、嬉しかった。


「良く話してくれた、一年生」


 低い声の音先に目を向ければ、箒を床に突き立てた中年男がこっちを見ている。


「金髪は空を飛びたいか。そうか。うん、俺は嬉しい。今度一緒に箒に乗ろう」


「あぁ、はい」

 それはお断りします、とは口に出さない。いや、一度ぐらいは、やってみます。それも口には出さない。さすがは魔法学の教師、俺の心を一瞬にして落ち着けてくれた。ありがとうございます。口に出さない。


 魔法教師は俺の尊敬を込めた会釈をきっかけに、再び箒に跨がり飛び跳ね出した。一息後に、堀田先輩が口を開く。


「じゃあもう少し時間もあるし、後は、この魔法学でいつも僕らがやっている事を説明しようかな」


 再び指揮を執りだした堀田先輩を横目に深く息を吐き出して、俺はしっかりと、真っ直ぐと、自分に言い聞かせる。


 この人たちと一緒に、魔法を、心から、信じよう。いつか空を、飛べますように。 

 


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