第22話 輝かしくもありふれた青春は疾風の如し 2


「ひとりぼっちはさびしいの♪ 月の光は弱すぎて♪ だから私は唱えるの♪ あなたに会える 秘密の魔法♪」


 俺は首を左右に振りながら、感情をこれでもかと込めた。反応は上々の上。男子生徒は誰もが手を叩き笑い声を上げ、優しき女子生徒は暖かき笑みを携え、手拍子を入れ始めた。


 それでも沸き上がる、羞恥の嵐。俺は震える手足を必死に押さえつけた。ここで顔を赤らめれば、全てが終わるのだ。


 なんとかAメロを歌いきり、そしてサビが来た。そして思い出す。この曲には、とても簡単な振り付けが存在している。さて、やるかやらぬか、伸るか反るか…………ええい、ままよっ!! 


 負け戦に赴く武将の様な境地にまでたどり着いた俺は、真っ直ぐと伸ばした片腕を上下左右と振り、首をカックンカックンとリズム良く大げさに倒しながら、サビに突入した。


「絶体絶命恋する乙女♪ 誰にも言えない魔法の秘密♪ いつかあなたは振り向くの♪? 私の杖で振り向かせるわ♪ だって乙女は誰だって♪ スペシャルミラクルウルトラスーパー魔法少女♪」


 大っ、爆笑だっ!! そして俺は、二番まで歌い切る。二番の時には、サビの振り付けに麗しき涼子先生と明るげな黒髪長髪の美少女が加わり、車内は大盛り上がりを見せた。鳴り止まぬ拍手に俺は手を振って、腰を下ろした。


 さあ、女子生徒達よ。金髪で面白いヤンキーはどうでしたか? いつだって俺は待ってますよ。なんて最高の余韻に浸っている内に、目的地の山に囲まれた宿舎に到着した。


 なんやかんやと山の中でそれなりの校外学習みたいなモノが終わり、初日の夕食であるカレーを食べ、大浴場へ向かった。


 やけに股間を隠す大和をカラカいながらも何事も無く、クラスの男子全員で眠る大部屋で就寝時間となるが、すぐに眠るはずもなく、いつもの三人で何かしらを色々と話し合う。


 つまり下ネタや女の話で、ゲラゲラ笑い合った。そして夜も更けると、さらに話は深くなり、下劣さも濃度を増す。それでも俺らはゲラゲラと笑い合ったが、不意に繰り出されたユキノブの笑っていいのか分からない家庭環境(ユキノブは面白いつもりで話しているからやっかい)に何となく興が削がれ、俺たちは(ユキノブはもう少し話したそうだったが)眠りについた。

 

 二日目も校外学習らしきモノがなんやかんやとあり、すぐさまに夕食の時間になる。バーベキューだ。材料の簡単な調理を任されていた俺は、洗い場へ向かった。


 野菜を洗っていると、見覚えのあるオカッパが目に入った。あの女だ、真穂だ、とすぐに気付く。そして当たり前の様に、金髪の俺はすぐに気付かれた。子犬の様な可愛いらしい笑みがすぐさまに険しくなり、あからさまに睨まれる。


 フンっ、としてやった。俺は目が合った瞬間、フンっと目を逸らしてやった。ヘヘンだっ。フンっ、だ。どうだ、今日は俺の勝ちだ、ハハハと気分良く、俺は大好きな優しい一年四組の輪に戻っていった。


 そしてバーベキューが終わり大浴場へ向かう。不自然に漂う白い靄の中を誰もが全裸で歩き回る中、前日と同じ様に大和はハンドタオルで股間を必死に隠している。いじらいでか(いじらずにいられるか)、である。


 まずはユキノブがチョッカイを出す。止めろよぉ、と軽く受け流す大和。続けて俺がハンドタオルを引っ張る素振りを見せる。ちょ、ちょっと、と大和が軽く慌てる。今度は反対側からユキノブが引っ張る。ままま、マジで、と大和が苦笑いを浮かべた。


 最後に、と俺が引っ張る。マジだから、と大和の口調が尖る。もうこれ以上は危ないな、と俺が引いた瞬間、ユキノブがトドメの引き金を引っ張った。刹那、楽しげで明るげな音が反響する大浴場に、怒鳴り声が響きわたる。


「マジで止めろって言ってんだろっ!!」


 百回は謝った。赤べこもアメリカントラッカーのダッシュボードに飾られる首振り人形もびっくりするほどに謝った。謝り尽くした。もう絶対股間隠す人のハンドタオルは引っ張らないと誓いを立てた。


 なんとか大和は許してくれた様で、夜はまた三人でバカ話で盛り上がった。大事にしようと思った。大和が良い奴過ぎて泣きそうになった。甘えちゃ駄目だと言い聞かせた。久しぶりの友達に舞い上がっていた。そんな事に気付かせてくれた夜も、あっという間に更けていく。


 そして金曜日は、バスの揺られ眠り、家に帰って眠った。土日に受けたスーパーの面接二つは、三日以内に連絡しますと言われたが、不採用なのは面接中に伝わった。


 なぜだろうと考えながら、鏡に映る金髪から目を逸らす。中身を見て欲しいんだけどな、とか言い訳を繰り返す辺り、中身もあまり良いとは言えないかもしれない。なんて考えている内に、月曜日になった。


 早く起きてゆっくりと風呂に入り、学校へ向かう。面白味一つない普通授業が繰り返され、昼飯を食べ五時限目が終わると、俺の胸は高鳴る。ついに、魔法学だ。


 早々と選択授業に向かう大和とユキノブを教室で見送り、俺はゆっくりとあの教室に向かった。心境で言えば、期待より不安の方が大きくなっていた。それは全て、あの女の所為だ。真穂めっ。


 体育館の横通りを歩きながら考える。もしかしたら先輩達も、俺の事をニヤニヤと真剣な人たちをバカにする金髪不良品だと思っているんじゃないだろうか。もうどうせ来ないだろうからと、偽りの優しい言葉を掛けてくれたんじゃなかろうかと。俺が顔を出せば、あの優しげな顔が歪んだりしないだろうか。また来やがったと思われているんじゃなかろうか。っていうか、なんでこんな事考え無くちゃいけないんだ。真穂めっ。


 胸中を支配する不安に苛まれながらも、明らかに荒んだ二階建ての校舎に足を踏み入れた。右奥の教室に向かって歩く。不安で胸が高鳴り、逃げ出したい衝動に駆られた。


 教室のドアが視界に入る。俺が深く息を吸い込み、不安を吐き出すと同時に、そのドアからヒョコッと顔を出したのは、不安げな表情をした堀田先輩だった。


 その表情に、もしかして本当に俺が来るの嫌がってるんじゃ、と最高潮に高まった不安が視界をジワジワと滲ませると同時に、俺の姿を確認した堀田先輩の顔が、あり得ない程嬉しそうな笑みを作り上げ、ドアから飛び出してきた。


「ああ、来てくれたんだ。ありがとう、シュウヤ君」


 ああもう、堀田先輩っ!! 


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