第10話 キャラ設定は爆発だ


 堀田先輩(元デフォルメちび丸眼鏡)からの急な指示に戸惑っている俺と赤リボン女子を余所に、おそらく先輩であろう他の三人は一斉に動き出し、教室の真ん中辺りに並べられた机を動かし始めた。


「あぁ、そうだ。ごめん、ちょっと待っててね」

 そんな新入生の気配を察したのか、堀田先輩は細い笹身を思わせる優しげな声を、俺と赤リボンに掛ける。


「いや、手伝いますよ」

 俺はすぐさま立ち上がった。当たり前に、雑用を自らこなす先輩を放っておくなんて教育は受けてない。どちらかと言えば、後輩に指示を出さずに雑用を自ら進んでやる先輩は人として好きな部類だ。率先して手伝う。


「ありがとう」

 堀田先輩は母親が作る薄味のお味噌汁を思わせる穏やかな声で礼を口にしながら、自身が座っていた席を反転させ、黒板に背を向ける位置に動かした。そして続ける。


「僕の机を基準に、机を対面で三つずつ並べて欲しいんだ」

「了解っす」


 俺が動き出すと同時に、同じように戸惑っていた赤リボンの女子が席を立ち教室の真ん中に近寄る。あっちはあっちで女子の先輩に声を掛けた様だ。そしてすぐさまに、堀田先輩の指示通り、対面に机を三つずつと、その端に一つずつ、計八個の机が並べられた。


 まずは堀田先輩と、高飛車なツインテールの気が強そうな細身のお嬢様が、端と端に置かれた机に、顔を見合わせる形で腰を下ろした。


 併せて前髪が長すぎる、身体が細すぎる根暗そうな男が堀田先輩の左側に、そしてナチュラル茶髪のふんわりお姫様(うわ、おっぱい大きくない?)が高飛車なツインテールの左側に、腰を下ろした。そして俺たち戸惑い新入生コンビは迷いながらも、互いにその右側に腰を下ろす。真ん中にある空席二つを隔てて、女子と男子に分かれた構図となった。


 それにしてもさすがに魔法を学ぶ先輩方だ、と俺は感心した。誰一人として、教室の隅で箒に跨がり飛び跳ねる中年を気にする素振りは無い。俺と赤リボンの女子は、鼻息が聞き届く度に、軽く視線を奪われていた。


「まずは、自己紹介かな」

 全員が腰を落ち着けるのを待って、堀田先輩が口を開く。俺はその言葉に浮かび上がったあるトラウマを抑え込んで、無表情を決め込んだ。


「とりあえず僕から」

 堀田先輩は一度だけ喉を鳴らして、春先の草木が芽生えるかのようにゆっくりと立ち上がる。と同時に、俺はある視線に気づいた。


 すぐさまに、心が掻き乱される。嘘だ、と願った。ヘビィメタルバンドのヘッドバンキングの様に高鳴る鼓動が、不安を煽る。俺は瞬きに、その視線を横目で確かめた。


 堀田先輩の対面に座る、高飛車なツインテール。そのつり上がった目元に浮かぶ険しい眼差しが、明らかに、俺を睨んでいた。…………いやっ、何でだよっ!!


 ちょっと待ってよっ!! しこたま睨まれているんですけどっ!! ええっ、なんでどうして? もしかして超ヤンキーなの? 金髪だから? 俺が金髪だから? なにそれっ!! 魔法を学んでてツインテールで美しくて金髪男を睨みつけるほどのヤンキーなの? キャラ設定が爆発してますけど。なんだよそのキャラ設定。あり得ないだろっ。勢い凄すぎて粉々になってるだろっ。箒に跨がる中年男で満腹なんですけどっ!! 吐いちゃう、吐いちゃう。もうお腹いっぱいなのにこれ以上詰め込まれたら吐いちゃう。怖いっ。怖すぎる。怖いよぉ。魔法の世界って、怖いよぉ。


 俺は溢れ出る混乱を必死で隠し続けながら、そして目を逸らし続けながら、無表情を決め込んだ。堀田先輩、助けてっ!!


「僕は、堀田ほった張宏はりひろ、と言います。えぇと、先生の後でなんですが、魔法を信じている」

 少しはにかみながら、堀田先輩は話している。本当に気の良い人なのだろう。しかし俺の胸中は未だ慌ただしく揺れていた。


 だって今も、設定のとっ散らかったツインテールのヤンキー魔女が、俺を睨んでる。まさか人生に於いて、こんな境遇に巻き込まれるだなんて、誰が予想できよう。俺が髪を金色に染めてしまったばっかりに、まるで奇跡の様な出来事が巻き起こっている。あぁ、怖い。そんな俺の混乱を余所に、堀田先輩はセセラギの様に話を続ける。


「それで、僕が身につけたい魔法は、主に雷です。オールマイティの魔法使いになるのが夢ですが、初心忘るべからず、というか、まずは雷魔法を覚えたいと思っています」


 あぁ、まるで子守歌の様に柔らかな口調。癒される。その癒し効果のおかげで僅かに勇気を取り戻した俺は、再び、間違いであると願いながら、瞬きに横目で確かめた。


 ダメだ、間違いじゃ無い。睨まれている。勇気を奏でる鈴がリンリンと音を立てて消え去った。


「とまぁ、こんな感じで、自己紹介をお願いします。別に名前だけでも良いんだけど、出来ればどんな魔法を使いたいか教えてもらえると、嬉しいかな。力になれる事もあるだろうし……えぇと、じゃあ、次、お願いしても良いかな?」


 丸眼鏡の奥が、優しげな笑みを造り上げ、俺に向いた。今は、嫌です。喉まで出掛かる。いや、もしかしたら勘違いかもしれない。俺は一縷の希望を抱いて、立ち上がった。


「えぇと、どうも、戸崎、シュウヤです」

 自然を心がけて、一縷の希望を抱いて、俺は机上を見渡した。はい、そんな訳ありませんでしたっ!!


 奇跡のキャラ設定、ツインテールのヤンキー魔女は、俺を睨みつけたまま、首を横に倒した。このまま、おいテメェコラっ、炭酸買ってこいや、と言われれば、有無も言えずにダッシュで、メロンソーダを買いにいくだろう。そして俺の思考は混乱の最中、ある一つの真実にたどり着く。


 確実に、間違いない。魔法は、実在する。だって俺の自己紹介は、完璧に、呪われているのだから。

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