第11話 最強属性、時空魔法


「日本語、お上手ですね」


 高く澄み切った、清廉を思わせる声で発せられた言葉。それは俺を睨む、黒髪を高飛車なツインテールにしているヤンキー魔女の口から突如吐き出された言葉。その言葉の意味が、すぐには理解出来なかった。そして理解出来た後も、やはり言葉の意味が理解出来なかった。


 押し寄せる混乱の中、俺の目はまるで導かれるように、家族をマフィアに殺された少女が隣人の殺し屋に助けを求めるかの様に、堀田先輩へと向いた。お願い、助けて。プリーズっ!!


 しかし俺の心境など無視するかのように、堀田先輩の口元には、柔らかな笑みが浮かんでいる。あぁそうか、この人たち、魔法に頭をやられてんだ。俺がその思考に行き着くと同時に、笑みを作る堀田先輩の口が開かれた。


「アリス君、彼は外国人では無いよ」

「えっ?」


 ヤンキー魔女が、瞬きに丸くした目を再び険しくさせて、俺を見定めている。それにしても、今の会話はなんだろうか? この教室、全ての事象がとっ散らかっている。まるで世界観を無視して作られた別メーカー合作の格闘ゲームだ。


 俺は座るに座れず、とある異世界で魔法使い達の審問を受けるかの様に立ち続けていた。あぁ、今すぐに空を飛び、この場から逃げ出したい。そんな事を考えながら。


 しかし俺の願いは叶わない。教室に吹きすさぶ混乱の渦をさらに高く巨大に舞い上がらせる様に、ツインテールのヤンキー魔女は口を開く。


「でも堀田君、彼は髪が金色よ」

「あぁ、彼は染めてるんだ」

「そ、そうなのっ。ごめんね、勘違いして。でも、どうして髪を金色に染めてるの?」


 未だ俺を睨む、黒髪を高飛車なツインテールにしているヤンキー魔女の口から突如吐き出された言葉の意味が、すぐには理解出来なかった。そして理解出来た後も、やはり言葉の意味が理解出来なかった。


 否、理解したくなかった。それは、髪を金髪に染めている学生へ、絶対にしてはいけない質問だ。俺に何を求めている? グレました、とでも言って欲しいのか? 格好良いと思っているんです、とでも言って欲しいのか? べべべ、別に気づいたら染めてました、とでも慌てさせたいのか? 親の都合で、とでも明らかな虚言を吐く俺を晒し者にしたいのか? やばい、泣きそう。答えなんて、無いんだよっ!! 止めろよっ!! 止めて……くれよ。


 押し寄せる混乱の中、俺の目はまるで導かれるように、家族をマフィアに殺された少女が隣人の殺し屋に助けを求めるかの様に、堀田先輩へと向いた。お願い、助けて。プリーズっ!!


 しかし俺の心境など無視するかのように、堀田先輩の口元には、柔らかな笑みが浮かんでいる。あぁそうか、この人たち、魔法に頭をやられてんだ。俺がその思考に行き着くと同時に、笑みを作る堀田先輩の口が開かれた。

 

「確かに、どうして髪を金髪に染めてるんだい?」


 お前もかよっ!! ふざけんなよっ!! なんだよ、追い出そうしてるの? 金髪は来るなってこと? 金髪に魔法を学ぶ権利は無いって事? だから寄ってたかって俺に辱めを受けさそうとしてんの? おいっ、見んなよっ。誰も俺を見るなよっ!!


「ねぇ、どうして?」


 ツインテールのヤンキー魔女は険しさを消した眼差しで俺を見つめている。あぁ、そうか、こいつ、天然だ。悪気無く人を殺せる、天然シリアルキラーだ。そして、堀田先輩も、おそらくそうだろう。ダメだ、勝てない。殺される。殺される。


「それで、どうしてなんだい?」


 堀田先輩が続ける。全員の視線が、まるで日本刀の切っ先の様に、俺の向けられている。良いさ、刺し殺せ。今ここで羞恥を晒し続けられるのなら、いっその事、殺してくれ。


 座るに座れず、まるで絞首台の床板が外される時を待ち続ける死刑囚の様に立ち続ける俺を余所に、再び、黒髪ツインテールのシリアルキラーが口を開く。もう、正直、黙ってろよっ!! 頼むよっ!!


「あっ、もしかして、魔法の為っ?」


 可愛げな疑問を纏ってつり目を丸く見開いた、黒髪を高飛車なツインテールにしているシリアルキラーの口から突如吐き出された言葉の意味が、すぐには理解出来なかった。そして理解出来た後も、やはり言葉の意味が理解出来なかった。


 否、理解は出来ている。迫られたのは二択だ。YES or NO。首を縦に振るか横に振るか。どちらが正解か。まるで悪魔の二択。


 ここは魔法学の教室なのだから、当たり前にイエスと首を縦に振れば事なきを終えるのかもしれない。魔法使いになる為に、髪を金髪に染めています。そう言えば丸く収まるかもしれない。


 しかしそれは、現実社会に於いて、あからさまな虚言でもある。しかも、不可解極まりない程の幼稚な虚言だ。だがしかし、ここでNOと首を横に振れば、矢継ぎ早に次の質問が繰り出されるだろう。あぁ、それはまるでどちらに進んでも暗闇が続くメビウス。


 迫り来る二者択一の中、俺の目はまるで導かれるように、家族をマフィアに殺された少女が隣人の殺し屋に助けを求めるかの様に、堀田先輩へと向いた。お願い、助けて。プリーズっ!! あっ、違う、堀田先輩もそっち側だった。


「そうか、魔法の為なのかい?」


 もうだからどっちが正解なんだよっ!! 教えろよっ!! 誰か俺を助けろよっ!! なんだよこれっ!! どんな羞恥プレイだよっ!! 高校生にもなってなんで魔法でこんなに悩まないといけなんだよっ!! さっきからオカシいよっ!! いつまで続くんだよっ!! 同じ事の繰り返しじゃないかっ!! あんたらはすでに最強の魔法使いじゃないかっ!! だって俺は今、信じられない程の羞恥を何度も繰り返しているのだからっ!! まるで永遠に抜け出せない時の迷宮に閉じこめられた気分なのだからっ!! 最強属性と名高い時空魔法の使い手じゃないかっ!! 繰り返し繰り返し同じ時を彷徨う呪文でも唱えたのかよっ!! 頼むよ……誰か……助けてよ。


「止めてやれ」


 不意に教室を支配したのは、低い呟き。俺はその音先に目線を向けた。水で歪んだ視界の向こうには、箒に跨がり、背中越しに首だけをこちらに向けた中年男が居る。あぁ、これは夢だ。もしくは、俺は本当に何かしらの呪法を掛けられているのかもしれない。そう思った。


「男には、髪を金髪に染めなくちゃならん時がある。聞いてやるな。口に出せるような事じゃない」


 箒に跨がる、何かしらの呪法により生み出された中年男はそういって首の位置を戻し、箒を股に挟んだまま飛び跳ねだした。その様相は明らかに変態そのモノだったが、今の俺には、まるで火災現場に現れた救世主そのものだった。

 

 俺の中で、涼子先生の可憐な笑みと箒に跨がる中年男の背中が重なる。重なって、やっぱり涼子先生が一番だとすぐさまに気づく。正直、冷静になればあり得ない。


「すまなかった」

「ごめんね」

 

 堀田先輩と、黒髪を高飛車なツインテールにしているヤンキー魔女(次回からはアリス先輩と呼ぼう)は、本物の誠意を込めた謝罪を口にした。やっぱり、基本はとても良い人なのだろう。もしかしたら、新入生の緊張を解きほぐそうとしたのかもしれない。


「いえ、俺のほうこそ、すみませんでした」


 俺も先輩に倣って気持ちを込めた謝罪を口にして、やっとこさ、腰を下ろした。


 あぁ、本当に、魔法ってしんどい。そんな事を考えながら。

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