第16話 堀田という男、純粋につき
「科学的ってのは、主に僕が行ってる魔法へのアプローチ方法なんだ」
堀田先輩の優しげで暖かな、まるで木漏れ日の様な声に、俺は意識を取り戻した。砕け散ったと思われた体は、全てを損なわず備えている。続けて周囲を見回した。真穂さんは丸みある可愛げな目を堀田先輩へ向けている。
そうか、あれはやっぱり夢だったんだ。そうかそうか、良かった良かった。真穂さんがあんな冷たい眼差しを浮かべるはずがないんだから。まったく、何を幻に怯えてるんだ。ハハハ、と無理矢理に自分を納得させながら、俺は自らが犯した過ち(おっぱいを見ておそらくニヤけた)を記憶から抹消した。
否、抹消は出来ない。こびり付いて離れない。あの恐怖。あの失態。あの羞恥。だが、あまりにも辛すぎるから、布を被せた。もう、思い出したくない。堀田先輩の話に集中しよう。
「近代的に見れば、魔法と科学は両極、表裏だという概念がある。どちらかを求めれば、どちからが廃れる。そして人類は長い歴史の中で、科学を選び、魔法を捨てた。魔法を、異質なモノと切り捨てた。拒絶して、嘲り、焼き捨てた」
堀田先輩の口調には、これまでと違い熱が入る。
「だけど僕らの中には、誰しもの心には、魔法という存在が、言葉として残り続けている。自動車に乗り、空を飛ぶ機械に身を任せ、電磁が作り出す映像に酔いしれ、科学という現実に飲み込まれながらも、魔法は心に残り続けた。夢であり続けた。まるできっかけを待ち続ける奇跡の様に」
若干興奮気味に話す堀田先輩に、箒に跨がる魔法中年の影が見え隠れする。真剣に真っ直ぐと、魔法に込める熱意。堀田先輩は、なぜだか少し悔しそうな表情で、それでも優しげな口調で、話を続ける。
「魔法も科学も、昔は同じ未来だったはずなんだ。誰もが憧れて追い求めた未来。魔法と科学は、両極なんかじゃ無い。表裏なんかじゃ無い。相反する未来じゃないんだ。魔法と科学は、同一だったんだ。ずっと昔、誰もが、魔法の未来を諦めてしまうまでは」
何を言いたいのかは、正直分からなかった。でも俺は、それでも俺は、堀田先輩から目を離せなかった。
「魔法は今も、僕らの中でずっときっかけを待ち続けている。そんな気がしている。だから僕は、ずっと昔、同じ未来だった科学の力で、過去に消えた魔法の力を、呼び戻そうと思っている。それがきっかけになる。本気でそう思っている」
魔法について、余りにも真剣に、自らを焼き焦がすかのように語る年上の男に、昨日までの俺なら、笑っていただろうか。中学までの俺なら、笑っていただろう。小学生の頃なら。もっと小さい頃なら。きっと、格好良いと思っている。憧れていたはずだ。目を輝かせたはずだ。今の、俺みたいに。きっと、きっと、そう思ってる。堀田先輩、格好良いって。
「なんか、熱くなりすぎた。ごめん」
堀田先輩は急に顔を赤らめて、鼻先を掻いた。そんな仕草まで素敵と思えるほどに、俺は心を奪われていた。今日なら抱かれても良い……訳は無い。不意に落ち着く。
「えっと、そんな感じで、いや、どういう感じって感じだね。ごめん。つまり僕は、科学で魔法を解析、というか、魔法を操れるようになりたいと思ってる。そういう研究をしている感じかな」
ハハハ、と照れた様に笑い、またごめん、と呟いた。たった今、あなたに憧れてしまいました、と伝えたかったけど、今の俺には、まだ無理だった。意気地なしっ!! と誰かが、いや、小さい頃の俺が、怒ってる。
「か、か、か、格好良かった、でしゅ」
不意に声を上げたのは、顔を真っ赤にして、目線を下げた真穂さんだった。やっぱり真穂さんは、勇気がある。羨ましいと思った。
「久しぶりに聞くと、気合いが入るね」
アリス先輩が、本当に小さな拍手を、出っ張りの目立たない胸の前で奏でる。
「うん、やや、やる気が、でる」
と頷いた寿門先輩の顔には、今日初めての笑みが浮かんでいた。
「よぉしっ、頑張んなきゃっ」
と小さなガッツポーズを大きなおっぱ……胸の前で振ったのは紫乃先輩。
「悪い癖だね。じゃあ最後は、精神的アプローチの話だ」
と恥ずかしそうに鼻先を掻いて、堀田先輩は分かり易く話題を変えた。
もうなんか、最高だな、ここ。バカみたいな優しさで、希望で、奇跡で、溢れてる。魔法を信じない事が、酷く幼稚な気がしている。ここには、この教室には、俺たちの中には、本当に魔法が存在している。そう思って良いんだって、背中を押された気がした。俺もなんか言いたい。そんな感じのなんか言いたい。良かったですよ。俺も魔法を信じます。いや、そんなんじゃ無いな。あぁ、なんか言いたい。格好良い台詞。便乗したい。
「精神的ってのはつまり――」
はいもうタイミング逃しましたっ!! もう無理だね。ああもう駄目だ、完全にタイミング違う。もういいや、もういい、あぁ、なんか言いたかったなぁ。良い感じのやつ残したかったなぁ。よし、次だ次。絶対なんか良い感じの言葉挟んでやる。俺はそう思いながら、チャンスを伺いながら、堀田先輩の話に再び聞き入った。
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