第27話 バカは優しき雷に打ち抜かれ、悶える



「結局長くなっちゃったね。こんな話に付き合ってくれてありがとう」


「おっ、俺が質問したんですからっ……それに、聞けて嬉しかったです」

 ほとばしるほどの気遣いにイタタマレなくなり、若干口調が強まってしまったが、堀田先輩の優しげな笑みが変わらない事に安堵する。そして、最初の目的である質問を口にした。

「あの、それで、前に堀田先輩が言ってた、科学と魔法の研究って、どういう事をやってるんですか?」


「僕の研究かぁ」

 と堀田先輩の表情が僅かに曇る。

「これは本当に、凄くつまらないかもしれない。もちろん、興味を持ってくれたのは嬉しいんだけど、どうしても難しい話になっちゃうんだ」


「全然大丈夫です」

 と俺は答える。魔法の話に、つまらない事など無い、と確信していた。それが科学と融合するわけだから、面白いに決まってる。


「じゃあ出来るだけ分かり易く」

 と堀田先輩は難しげな本と難しげな事が書かれたノートを広げて、俺に見せてくれた。そして俺はその目の前に広げられた難しげに、先ほどまでの確信に似た自信を、瞬時に捨て去る。というか、さっきまで忘れていた。その本とノート、二つの難しげを。だがしかし、ここでやっぱり、などと拒否れる訳も無く、俺は視線を落とした。


 まず最初の難しげである難しげな本には、なにやらたくさんの矢印が組み込まれた雲の図解らしき絵が載せられていたり、素とか子とか粒とか正とか負とか、なんかそういう文字がそこかしこに散りばめられた文章がびっしりと詰まっている。


 他にも+とか-とか、HとかOとか、VとかWとか、そんな記号も並んでいる。P=ホニャララとか、V=フォニャララとか、もう正直、俺の視界はずっとホニャララララララララだった。とある野比家の長男さながらに、睡魔すら襲ってきた。


 難しげな本から難しげなノートに目線を移しても、ホニャララは変わらない。まずは堀田先輩の書く文字の小ささに驚いて、さらにその文字がびっしりと詰まっている事に俺の目線はパッパラパーと阿波踊りを始める始末。エッチラホッチラホイサッサ。そんな俺に気づかず、気遣いの神である堀田先輩が、わざわざノートをペラペラと開いてくれる。


 魔法陣のような図解が描かれたページもあるには有ったが、基本的には大量の小さな文字と、アルファベットを組み込んだ算式や、数学や物理の時に良く見る十字に曲線が描かれたグラフ、やはり矢印が大量に描かれた難解図形。もう正直、本当に堀田先輩には悪いけど、俺の魔法に科学は無いと思った。寿門先輩のそれとは違い過ぎる。


 だがしかし、そう簡単に口に出せる訳もなく、表情に出せる訳もなく、だから俺は、最後の避難所である「出来るだけ簡単に」と口にした堀田先輩の話に助けを求めて、目線を上げた。


「つまらないよね」

 堀田先輩が困った様に申し訳なさそうに微笑んだ。ワーン、ごめんなさい。だけどまだ大丈夫です。興味は失ってません。堀田先輩の口から聞きたいです。


「難しそうだな、とは思いましたけど、話は聞いてみたいです」

 微かに残った本音を、ペッタンコの歯磨き粉を潰し出すように、口にした。


「ありがとう。じゃあ簡単にだけど。えっとね、これは中学の時に習うと思うんだけど、電子には+と-があって、雲の中にはそれが同時に存在しているんだ。雷発生の仕組みとして一番簡単な説明が、その+と-の電子が雲の中で生み出す静電気の蓄積だと言われている」


 もうすでに付いていけてないんですけどっ、堀田先輩っ。それがまず最初の簡単な話なの? まずなんで雲の中に電気があるの? その電気がなんで+と-に分かれてるの? 雷って神様が怒って鳴ってるんじゃないの? 神様が調子に乗ってる人間に怒って落ちてくるんじゃないの? オヘソにガムテープ貼らなきゃいけないんじゃないの? 生け贄を捧げなきゃいけないんじゃないの? 


「雲の中で作られた静電気がいっぱいになると、その-の電気が地上の電子とどうたらこうたら」

「上昇気流によりどうたらこうたら」

「大気中の空気分子とどうたらこうたら」

「どうたらこうたらエラホイサッサ」


 これあれだ。レベルの違いに気づかな過ぎて本人は簡単だと思ってるけど聞いてる側は何一つ簡単じゃ無いパターンだ。純粋に勉強出来る人が良くやる、バカは置いてきぼりの簡単な話だ。


 堀田先輩、本当にごめんなさい。堀田先輩の話は上昇気流の乗って、雲の上まで飛んでしまっています。全く理解できません。なにも見えません。何も入ってきません。


 それでも俺の為に続く話に、あからさまなスットボケ顔を浮かべれる訳もなく、俺は偽りの真剣を作り上げる。堀田先輩に向けたもの凄い罪悪感と、同じ様な後悔に苛まれながら。


「その仕組みを完全に理解して、僕がたった一人で雷を生み出せるようになれば、それは科学と魔法の融合だと思うんだ。昔の人が描いた未来の先を行く、輝かしい歴史の誕生だ」


「さすがです」

 本当にすみません、と土下座張りの気持ちを込めて、俺は賞賛を口にした。嘘っぱちの賞賛。だって何一つ理解していない。もの凄く苦しかった。でもそれを純粋に口にするには、俺はもう汚れすぎている。本当にごめんなさい。


「僕のつまらない話を、こんなに真剣に聞いてくれてありがとう」


 うぐっ、あぁ、罪悪で死んじゃうっ。違うんだ、違うんだ堀田先輩。すみません、すみません。マジで勉強してきます。雷の事。科学と魔法の融合。もう少し猶予をください。すみません、ごめんなさい。


「それにしてもまた僕は長々と」

 と堀田先輩が壁掛け時計に目を向けると同時に、終業の鐘が鳴り響き、鳴り止んだ。

「ああ、授業終わっちゃった。ごめんねシュウヤ君、僕の話に時間取らしちゃって」


「お、俺の方こそ」

 どうにか涙を耐える。やっぱり優しいって、凶器だ。暖か過ぎて、焼け死んでしまう。

「あ、ありがとうございました」


「こちらこそ、ありがとう。凄く嬉しかったよ。じゃあ、いこうか」

 と堀田先輩はいつも通り優しげな笑みを浮かべて立ち上がった。


 うぐっ、泣いてなるものか。それにしても魔法学めっ。何度も俺の心を、優しく心地よく、弄びやがって。ああもう、来るたんびに好きになる。


 俺は一人、叫び出したい大好きを、誰にも気づかれないように吐き出して、立ち上がった。 


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