第44話 シック(垢抜けた様)とカジュアル(気取らない様)って何ですか?
ゴールデンウィーク二日目の朝、俺はクローゼットから何着も服を取り出し、何度も着替え直していた。体調はバッチリだ。この日の為に昨日は二十二時には布団に入り、朝九時の目覚ましで起きたわけだから。
きっかけは大型連休前日の夜、大和から届いた一通のお誘いだった。「シュウヤ、ユキノブ、休み暇なら遊びにいこうぜ」。これだっ。飛び跳ねるほど嬉しかったのは言うまでもない。そもそも俺は飛び跳ねた。だって全く同じ内容の文面をいつ送ろうかとすでに一ヶ月ほどモジモジしていた訳だから。
「おお、良いぜ」と素っ気ない返事をしてしまったのが悔やまれるが、「ヒャッホー、マジ嬉しいっ!! シュウヤ汁プシャーっ!!」とは送れまい。ただ「ありがとう」の一つぐらいは打ち込むべきだったか。まぁ、今更後悔しても仕様が無い。それに、遊ぶ契約は結ばれた訳だから。ヒャッホーっ!! シュウヤ汁プシャーっ!!。
つまり
唯一の心配はお金だったが、母親に友達と服を買いに行くからお金を下さいとお願いすると、値上げ交渉も無しに一万円もくれた。中学の時ならあり得ない額だ。やはり宝くじに当たったのだろう。それならば心配無用だ。何でも御座れ。なんなら二人にカラオケでも奢ってやろうか。ハハハハっ。なんて事を考えながら、俺はすでに一時間ほど何を着ていこうかと服を選んでいる。早めに起きといて良かった。
半身鏡を部屋の角に置いて、服を着せ替えては全身のバランスを確かめる。下はほぼ一張羅のほっそりとしたデニムだ。選択肢が少ないってのは逆に助かる。
問題は上半身だった。あの時から、服を買った記憶がない。つまりほぼ一年間、俺は休日にお洒落をする機会が無かった訳だ。だから当たり前に、家にある服は中学のセンスで止まっている。何を着ても、幼稚な気がしてならなかった。
小さなドクロマークの散りばめられた長袖のTシャツはダメだろう。ワンポイントならこれで決まりだったのに。ニューヨークの路地裏に描かれた落書きの様なペイントが施された服はどうだろう? やっぱりダメだ。派手過ぎる。派手ということは幼稚だ。
理想はシック(あか抜けた
理想がどれだけ高かろうと、今あるモノで揃えなければならない。問題は上半身だ。質素を求めるなら、もう頭の中に出来上がっていた。でもしかし、それがシック(あか抜けた
そして結局質素だけを求めた、ほっそりとしたデニムに、英文が小さく書かれた白の長袖Tシャツを着て、やっぱり他のにしようかと迷いながらも時間に追われ、不満ながらも服装を決定した。財布の中にある大金を確認して、部屋を出る。
「行ってきます」
リビングに声を掛け、玄関でいつもの靴を履く。人間の欲望とは際限が無く、お出かけ用の靴が欲しくなったが、それはバイトして買おうと決意する。
「シュウ」
不意に声を掛けられ振り返れば、何かを隠したような無表情を顔に浮かべた父親が立っていた。
「何?」
「友達と洋服買いに行くんだってな。えぇ、あれだ、どうせなら良いの買ってきた方が良いだろう。高校生になったんだしな。ほら」
父親はなにやら財布を取り出し、一万円を俺に差し向けてきた。
「い、いいよ別に。母さんからお金貰ってるし」
あまりの気前の良さに、怯んでしまう。昨日までほぼ無一文だった俺に、二万円は重い。
「い、いいから。いくら持ってても困りはしないだろ。ほらっ」
今にも崩れそうな無表情をなんとか保つ父親に半ば強制的に一万円を押しつけられ、受け取るしかなかった。
「じゃあ、貰っとく(あ、ありがとう)」
「おうん、じゃあな。いってらっしゃい」
「うん」
家を出て、両親の異変はやっぱり宝くじだと確信に変わった。あまりにも気前が良すぎる。それにしても、大丈夫だろうか。宝くじで高額当選した家庭は、結構な確率で破滅の道に進むと何かで見た記憶がある。もし父親と母親がその道に進みそうになったら、俺がどうにかしよう。
そんな長男の自覚を芽生えさせながら、待ち合わせ場所である学校最寄りの、いつもの駅に向かう。集合時間の二十分前には着いて、大型連休で賑わう駅前広場で、ゲームアプリを楽しみながら二人を待っていた。
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