第48話 シュウヤ、普通の男の子になります
ゴールデンウィーク最終日、俺は履歴書を手に家を出た。これがダメなら、髪を黒く染める、とまるでグローブ(引退)を掛けて試合に臨むプロボクサーの様な決意(そんなに大層なモノじゃ無いし間違っている)を胸に抱いて。
今までいくつかのバイト面接を受けてきた。スーパーにお洒落なカフェ。そしてファーストフード的な何か。その全てに、おそらく縁が無かったのだろう。
なりふり構わず言い訳をさせて貰えれば、履歴書の書き方と面接での応対は完璧だったと思っている。志望動機はその店特有の良さを一言添えて、学歴は漏れなく丁寧に。
面接時の姿勢は背筋を伸ばし両手は膝の上辺り。受け答えは相手の目を見てハキハキと。ネットで調べ上げた全てを余すところ無くやり遂げたという自負はあった。しかし、結果は惨敗である。では、何がダメだったのか。
答えは、分かり切っている。それは毎朝毎夜鏡を見る度に俺を睨みつける、眉毛のつり上がった目つきの悪い金髪ヤンキーだ。完全に、そいつの所為だ。いつもいつも邪魔をする。
じゃあ髪を黒く染めろよ。と誰しもがそんな助言を俺に授けるだろう。でもしかし、この金髪は簡単に変えられるモノじゃない。と俺は助言を授けてくれた相手に、言い返す事は出来ないが、俯いてボソボソとそんな言い訳を繰り返すだろう。
だって、だってだ。だってこの金髪は俺にとって、今のところ唯一残っているアイデンティティー(気取って言えば自己同一性。つまり独自性。簡単に言えば個性。言葉を崩せばイタい高校生の捻り曲がった自己主張)だ。
つまりあの頃、アホなりにも悩んだ末にたどり着いた一つ答えだった訳だ。それをお金の為にすぐさま覆せるほど、その思いは三流推理小説に出てくる犯人の口の様に軽くは無い。つまり俺にとって金髪とは、一流推理小説に出てくる犯人の悲しげで複雑な殺人動機の様に、なによりも重い訳だ。
でもしかし、そんなはた迷惑な金髪なんかもう辞めろ、ともう一人の俺が心の中でずっと囁いている。そして近頃、囁きが呟きに変わった。日に日にその声が大きくなっている事にも気づいている。そして正直、邪魔な気がし始めている事は否定出来ない。
当たり前にバイトで落とされるのもそうだし、あの時真穂さんに勘違いされたのだって、金髪の所為だ。今では仲良くなったクラスメイトにも、最初の印象はヤバくてイタくてバカそうなヤツ、なんて思われていたらしい。ショックも受けたが、もし俺が逆の立場なら、絶対に同じ印象を抱いていたのは否めない。いや、バカそうは酷いと今も思っている。
ただそれでも、信じられないほど苦しかった時期に、俺を支えてくれたのも、金髪だ。部屋で一人、息が詰まるほど苦しくなっても、もうサッカーが出来ないという暗闇に目の前を覆われても、鏡に映る金髪ヤンキーの姿が、俺を落ち着かせてくれた。色んな思いを受け入れてさせてくれた。強がりも寂しさも憤りも全て、鏡に映る金髪ヤンキーのおかげで吐き出す事が出来た。だからこそ、簡単に別れを告げる事なんて出来ない。
でもっ、だ。もういい加減、バイトに落ちたくない。元々三番湯程の熱量しか持たなかったやる気が、すでに八番湯ほどの温度にまで下がっている。大家族の四男辺りがブツクサ文句を言いながら浸かる湯船の様な温度だ。もし五男が居れば、もうその湯船には浸からないだろう。逆に風邪を引く。
つまり俺は大家族の四男と五男はいつもはずれクジを引かされるなんて事を言いたい訳じゃ無く、このままバイトを落ち続けると、そのやる気は凍り付き、休日や学校終わりの貴重な時間を、怠惰という甘く心地よい魅惑に支配され兼ねないという事だ。
そんなモノ、あの頃と何も変わらない。俺はそんな日々を変えたくて、地元から離れた高校を受験し、両親に引っ越しまでさせた訳だから。
どっちが大事か、と鏡に映る金髪ヤンキーとも話し合った。バイトを落ちる度に何度も、金髪に対する思いと、放課後の孤独感と休日の怠惰、そして変わりたいという熱意を、天秤に掛けた。そして今に至る。
もし今日の面接で手応えを感じなければ、採用を見送られてしまったら、俺はちっぽけながらも金色に輝く誇りを、黒く染める。言わば、シュウヤ、普通の男の子になります。というアイドルの卒業表明みたいな感じで、満員の武道館でマイクをゆっくりと置く様な感じで、金髪を黒く染める。
黒髪のシュウヤを嫌いになっても、金髪ヤンキーのシュウヤは嫌いにならないで下さい。
なんて下らな過ぎる名文句を考えながら、俺は自宅と学校の中間的な位置にある、大通り沿いの小さなラーメン屋に向かっていた。
先週あからさまに無愛想にされたスーパーの面接帰りに見つけた、アルバイト募集の広告を店頭のドアに張り付けていたラーメン屋だ。そして俺はその前に、到着した。
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