第42話 楽園は闇の中



 寿門先輩に対する暗い考えを考えないようにする方法を模索しながらも、結局暗い事ばかり考えているうちに五時限目の授業が終わり、月曜日の六時限、選択授業の時間となった。


 急ぎ足で教室を出ていく大和やユキノブに負けじと、俺も筆記用具と魔法開発用のノートを持参して、足早に魔法学の教室へと向かう。


 体育館の横通りに差し掛かったところで、少し先を歩く真穂さんの背中に気づく。やはり歩の進みは速い。距離は縮まらぬまま、教室に到着した。


 急いで来たつもりだったが、すでに腰を落ち着けていた堀田先輩とアリス先輩に、三年生は校舎が運動場側だから早いのか、と不意に気づく。そして当たり前の様に、教室の角には箒に跨がり飛び跳ねる魔法中年がいた。もう一々突っ込む事は無い。


 真穂さんとアリス先輩のおしゃべりに俺と堀田先輩が耳を傾けているうちに、紫乃先輩が姿を現し、女子トークに参加する。そして始業間際に、いつもの暗い表情で寿門先輩が教室に入ってきた。そしていつも通り、俺や堀田先輩が声を掛けると、微かな笑みを浮かべる。うん、やっぱり考えすぎだ、と自分に言い聞かせた。


「じゃあ、始めようか」


 始業の鐘と共に、堀田先輩がいつものかけ声を口にする。そして各々が準備を始めた。紫乃先輩は立ち上がり、会話もそこそこにベランダへと向かう。アリス先輩と堀田先輩は、机の上に本を開いた。


 真穂さんは真穂さんで休みの間に色々と考えたのか、何かの本とノートを机の上に広げる。当たり前に、俺も休みの間に色々と考えていた。やっぱり今は、寿門先輩のやり方を真似したい。絵の才能は絶望的だと自覚したが、それでも魔法を絵に描く行為は、楽しかった。


 よし、やるぞっ、と俺が机にノートを広げたところで、真向かいに座る寿門先輩が不意に立ち上がった。俺がなんと無しに見つめてしまうと急に頬を赤く染めるもんだから、なんだかこっちまでヤキモキしてしまう。そして俺の所為でドキマギとしてしまった寿門先輩が、あ、あの、と口を開いた。


「ぼ、僕、今日は、や、闇の力を、体の中に、とと、取り込みたいから、そ、その」

 目線を泳がせながら、俺と堀田先輩を交互に見る。


「うん、了解」

 とすぐさまに、堀田先輩が答えた。何がですか? と表情だけで訴える俺を余所に、寿門先輩は小さく頷いて席を離れ、教室の後方へと向かう。そして、掃除用具入れに閉じこもった。俺は疑問を浮かべたまま、堀田先輩へ目線を向けた。


 どうしたの? という表情で首を傾げた堀田先輩と目が合う。すぐさまに、ああ、と分かり易い納得の表情を浮かべた。

「寿門君はね、たまに暗闇に閉じこもって、闇の力を体に吸収するんだよ。闇の魔法使いらしくて格好良いよね」

 と自慢げに話した。そして続ける。


「僕も挑戦したんだけど、僕は閉所恐怖症で暗所恐怖症だから、モノの一分も持たなかったな。あの掃除用具入れはね、隙間も全部塞いでるから、中に入ると本当に真っ暗なんだ。それが良いんだって寿門君は言うんだけど」


 得意げに話す堀田先輩の言葉に相づちを入れて、俺は再び掃除用具入れに目線を向けた。話し続ける堀田先輩の声が耳に届く。

「小さい頃から、暗いところが好きだったみたいなんだ。嫌な事があったり、疲れたりしたときは、家の押入に閉じこもってたんだって。誰にも邪魔されない自分だけの空間が、本当に落ち着くみたいだよ」


 嫌な事があったり、か。と頭の中をまた暗い考えが蔓延ろうとする。掃除用具入れから目線を外して振り払った。


「寿門君が言うにはね」

 と誇らしげな堀田先輩の話は続く。

「光を遮った暗闇は、別の世界に通じてるんだって。押入の中には、毛布にくるまった暗闇の中には、闇の世界が広がっていて、そこには魔獣とか、闇のモンスターとか、ドラゴンとかが住んでて、凄く楽しいって言ってたな」

 そこまで話して、はっ、と何かに気づいたように目を開いた。

「まったく。どうやら僕のおしゃべりは治らないらしい。気をつけてはいたんだけどな」

 困ったね、という笑みを浮かべて、堀田先輩は頭を掻く。その仕草は、なんだか少しだけ、俺を癒してくれた。


「そんな事無いですって。堀田先輩の話は、いつも聞いてて楽しいですよ」

 世辞も偽りもなく、俺は口にする。


「シュウヤ君は本当に――」

「優しいのは堀田先輩ですからね」


 目を見合わせて、同時に笑い合う。よし、じゃあ魔法頑張ろうか、と口にして、堀田先輩が本に目を落としたのをきっかけに、俺もノートに視線を移した。シャーペンを握り、白紙に想像を膨らましていく。


 しばらく色々と妄想に励んだが、ペンを走らせるには至らなかった。本当は、寿門先輩とキャッキャ言い合いながらお絵かきがしたかったな、となんと無しに掃除用具入れに目線を向けた。


 寿門先輩は今、何を考えているんだろう、と思ってしまう。昼休みに見た後ろ姿と、堀田先輩の言葉が頭を過ぎる。あぁ、嫌だな、この感じ。考えないようにしても、ふと考えている。寿門先輩に感じた、黒い点。


 そもそも、なんでそれが浮かぶのか、自分でも分からなかった。購買部での会話も、朧気ながらも楽しかった気がしてる。大きく膨らんだビニール袋だって、優しい寿門先輩が、ついでに友達の分を買っただけだ。そもそも俺だって、友達の買い出しだ。


 掃除用具入れに閉じこもるのだって、闇の魔法使いとして真っ当な理由がある。堀田先輩から聞いた「嫌な事があったり」っていう言葉だって、小さい頃の習慣なだけで、それだけを掻い摘んで取り上げるのは行き過ぎだ。ああもう、また考えてる。


「どうしたの?」


 堀田先輩の声に、ふと我に返った。自分の顔が険しくなっていたんだと気づく。

「ああ、いや、何でもないです。ちょっとどうしようか悩んでて」


「最初は難しいよね。僕もたくさん悩んだから。色々とやってくうちに絶対見つかると思うよ」

 堀田先輩の笑みにまた癒されて、気分を変えようと口を開く。


「堀田先輩って、科学の他にも色々やってるんですか?」


「僕? 僕は結構色々とやってる。寿門君みたいに絵を描いたり物を作る時もあるし、アリス君みたいに本を読む時もある。後は、そうだなぁ……あっ、雷の鳴る日なんかはね、ちょっと危ないんだけど、屋上でずっと杖を振ってるときもあるよ」


「屋上に行っても良いんですか?」


「うん。いや、本当はダメなのかな? 分かんないけど、ここの校舎は僕らしか使ってないし、たまに先生も屋上に行くから、大丈夫だと思う」


「ちょっと行ってきていいですかね?」

 口にしてから、理由を考える。ちょっとした冒険心ってのもあったけど、気分を変えたいってのが一番だと思った。


「うん、気分を変えるなら、屋上が一番だよね」

 

 その言葉に、なんだか、そんな事は無いんだろうけど、全部見抜かれている様な気がした。何かは気づいてないんだろうけど、だからこそ、声を掛けてくれたのかもしれない。気遣いの神。信仰してやろうかっ。


「じゃあ、ちょっと行ってきます」

 ありがとうございます、は飲み込んで(場違いな気がして)、俺は席を立ち教室の出入り口に向かった。あっ、シュウヤ君、と堀田先輩の声が背中に届き、振り返る。


「とりあえずだけど、二階から飛び降りたりしないでね。空を飛ぶときは、安全にね」


 堀田先輩の行き過ぎた気遣いに、俺は吹き出してしまう。

「飛ばないっすよっ」 

 ふと気づけば、アリス先輩も吹き出している。そしてまたふと気づけば、箒に跨がる魔法中年と目が合い、なにやら口を開いた。


「痛いぞ、飛び降りたら」


 その言葉に、堀田先輩とアリス先輩が笑い声を上げた。一間遅れて言葉の意味に気づき、俺も笑ってしまう。こいつ飛んだのかっ、である。真穂さんも、驚いた表情と共に笑っていた。


「絶対飛ばないっす!!」

 念を押すように言い放った言葉に、再び笑い声が上がる。そのあまりにも柔らかくて平穏な風景に背を向けて、じゃあ行ってきます、と俺は教室を出た。


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